表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鑑定スキルで全てを最適化したら、最弱の村が国家になりました  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/36

4話:悲鳴の村

――重い。

 全身の細胞が「もう動きたくない」と抗議の声を上げている。

「はぁ……っ、くそ……!」

 オルシェは奥歯を噛み締め、フォレストウルフの太い後脚を両手で掴み、一歩ずつ地面を這うように進んでいた。引きずられた巨体が草原に深い轍を残していく。


身体強化アクセル。

 さっき自分の手で組み上げた、魔力を筋肉の爆発的な出力に変換するスキルだ。

 これを使えば、常人には不可能な怪力を一時的に得られる。

 だが――

「燃費、悪すぎだろ……!」

 数歩動くごとに、肺が焼け付くような感覚に襲われる。吸い込む空気が足りない。

 魔力の消費が激しすぎるのだ。まるで穴の開いたバケツに水を注ぎ込んでいるような感覚。一瞬の爆発力は凄まじいが、持続性が致命的に欠けていた。


それでも、オルシェは歩みを止めない。

 視線の先には、残りのウルフの死体が転がっている。

 この世界の価値基準はまだ分からないが、これだけの巨獣だ。食料としての肉、防具になる皮、武器に転用できる牙や骨。すべてがこの見知らぬ世界を生き抜くための「資源」に他ならない。

 丸腰で放り出された自分にとって、これらを捨てることは、己の命を投げ出すのと同義だった。


「……村でも、あればな」

 ぽつりと、乾いた唇から独り言が漏れる。

 運ぶ先がない。腰を下ろして休める場所も、水一杯を分かち合える相手もいない。

 何より、自分が今どこにいて、どこへ向かえばいいのかという情報が欠落していた。

 ――孤独。

 その重苦しい現実が、身体的な疲労以上にオルシェの精神をじわじわと削り取っていく。


その時だった。

《――異常反応を検知》

 脳内に無機質なアラートが響いた。

「……は?」

 視界の端に、今までの「対象を直接見る」鑑定とは明らかに異なる表示が浮かび上がる。

 それは点ではなく、面。自分を中心とした全方位的な「レーダー」のような機能だった。


《範囲拡張解析:試験起動》

《半径:約3.2km内をスキャン中……完了》

「そんなこともできんのかよ……」

 驚きに目を見開く。自分の思考や欲望に呼応するように、鑑定スキルそのものが進化、あるいは隠された機能を解放しているようだった。

 だが、感心している時間はなかった。

 展開されたホログラムのようなマップが、突如として鮮血のような「赤」に染まった。


《危険度:高》

《人間反応:複数確認》

《敵対反応:武装集団》

《状況:交戦状態に移行中》

「……村か?」

 確信に近い予感とともに、さらなる詳細情報がオルシェの脳内へ直接流し込まれる。

 粗末な木柵で囲まれた小さな集落。

 逃げ惑う人々の熱源反応。

 それを冷酷に追い詰め、命を刈り取ろうとする動的な「悪意」の塊。


《敵:盗賊集団(推定12名)》

《武装:鉄剣・弓・火炎瓶》

《対象:北西方向の小規模集落》

《被害予測:防衛ライン崩壊につき、壊滅まで約18分以内》


「――ふざけんな」

 思考を介するより先に、低い怒りの声が喉をついて出た。

 18分。

 それは、全力で駆け抜ければ、ギリギリで間に合うかもしれない時間。

 救えるかもしれない命が、そこにあるという事実。


だが、オルシェは思わず自分の手を見つめた。

 泥と返り血に汚れ、疲労で小さく震えている手だ。

 自分はまだ、五体の狼を倒したばかりの「ただの人間」に過ぎない。

 魔力は底をつきかけ、身体は悲鳴を上げている。

 相手は人間だ。狼のような本能だけの獣じゃない。武器を持ち、連携し、殺しに慣れた十二人の徒党。


「……勝てるのか、今の俺で」

《勝率計算中……》

《単独突入時における全滅達成率:9%》

「……低すぎるな。笑えねぇよ」

 苦い溜息が漏れる。

 だが、オルシェの視線はマップの一点に吸い寄せられた。


《別個体:高エネルギー反応を検知》

「……なんだこれ」

 表示のひとつだけが、周囲の盗賊たちとは明らかに一線を画す輝きを放っていた。

 人間。

 だが、生命力の密度も、魔力の波形も、他を圧倒している。

《個体分析》

・推定戦闘能力:高

・状態:深刻な疲労および多重負傷

・状況:包囲網の中心にて孤立


鑑定の視界がズームし、その場の情景が脳裏に焼き付く。

 砂塵が舞い、家屋が燃える村の広場。

 そこに、一人の女が立っていた。

 女剣士。

 長くしなやかな髪は乱れ、肌は返り血と泥に塗れている。

 それでも彼女の振るう剣閃は鋭く、群がる盗賊たちを容易に近づけさせない。

 凛としたその立ち姿には、死を目前にしながらも折れない「誇り」が宿っていた。


「……一人で、あれだけ相手にしてんのか」

 畏敬に近い念が胸を去来する。

 強い。美しく、そしてあまりにも危うい強さだ。

《生存予測:防衛限界。生命維持停止まで残り約6分》

「……チッ」

 激しい舌打ちとともに、オルシェは顔を上げた。

 時間が、砂時計からこぼれ落ちる砂のように消えていく。

 迷っている間に、あの輝きは消えてなくなる。


「やるか、やらないか……そんなの、決まってんだろ」

 選択は、最初からひとつしかなかった。

 オルシェは目を閉じ、一度だけ深く深呼吸した。

 さっきの戦いを思い出せ。

 鑑定の情報があれば、不可能を可能に書き換えられる。

 勝率が9%?

 なら、戦場に着くまでの間に、それを100%にするための「策」を練ればいいだけだ。


「……0じゃないなら、十分だ」

 目を開いたその瞳から、迷いが消える。

 オルシェは、これまで必死に守り、運んできたフォレストウルフの死体から手を離した。

 今は、死んだ肉よりも、生きている命だ。

「待ってろ、人助けなんて趣味じゃねぇが……」


《目的地:集落中心部。ルート最適化開始》

《通常走行時:到達まで11分》

《『アクセル』最大出力使用時:到達まで5分40秒》

「間に合うな……!」


身体強化アクセル。

 未完成。不完全。暴走のリスク。

 そんな言葉を、オルシェは思考の隅に追いやった。

「……身体がバラバラになっても知らねぇぞ!」


足の筋肉、神経、骨の髄まで魔力を叩き込む。

 針で刺されるような激痛が走るが、それを意志の力でねじ伏せた。

「行くぞ!」

 地面が爆発したかのような勢いで、オルシェの身体が弾け飛んだ。


――景色が、線になって流れる。

 叩きつけるような風が顔を打ち、鼓膜を震わせる。

 身体が、内側から燃えるように熱い。

 それでもオルシェは足を止めない。加速し続ける。


その先に待つのは、血煙に巻かれた地獄か、あるいは新たな運命か。

 死の淵で戦い続ける、あの女剣士の姿が脳裏に浮かぶ。

「……勝手に死ぬなよ。俺が行くまで」

 

 誰に向けたものかも分からぬ願いを、風の中に置き去りにして。

 オルシェは光に似た速度で、悲鳴の上がる村へと突っ込んでいった。

 戦場が、すぐそこに迫っていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ