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鑑定スキルで全てを最適化したら、最弱の村が国家になりました  作者: 慈架太子


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38話:ヒロイン覚醒

早朝の訓練場には、冷え切った空気を切り裂くような、硬く乾いた金属音が幾重にも重なって響いていた。

昇り始めた太陽が、土煙の舞う練兵場を白く照らし出す。そこに並ぶ兵士たちの動きは、一分の隙もなく、美しく整えられていた。


剣を振り下ろす角度、足の踏み込み、隣の者との間隔。

それは長年の修練と、徹底された軍紀によって叩き込まれた「型」そのものだった。無駄を削ぎ落とし、教本通りに完成されたその旋回は、一見すれば精鋭無比な軍隊の証明に見える。


だが――。


「違う!」


野太い怒声が、訓練場全体の空気を震わせた。

その一喝で、それまで機械のように正確に動いていた数百の兵たちの動きが、ピタリと止まる。


リーヴが、苛立ちを隠そうともせずに歩き出した。

砂を蹴立てる軍靴の音が、静まり返った場に重く響く。彼女は兵たちの間を縫うように歩き、その鋭い眼光で一人一人の構えを射抜いていった。


「綺麗すぎるんだよ、お前らの動きは」


立ち止まり、目の前にいた一人の兵士の剣を、自らの鞘に収まったままの剣で無造作に弾き飛ばす。金属の弾ける高い音が響き、兵士の手から剣が滑り落ちた。


「型にハマりすぎだ。行儀良く、教えられた通りに、教科書通りの間合いで振っているだけだ。そんなもん――」


リーヴは目を細め、言葉を吐き捨てる。


「ヴェイルの野郎には、最初から最後まで全部読まれるぞ!」


兵士たちの間に、言葉にできない圧迫感が広がった。

彼らは誇りを持ってこの「型」を磨いてきた。それが軍における正解であり、強さの象徴だと信じて疑わなかったからだ。しかし、目の前の男――戦場という名の地獄を誰よりも知るリーヴの言葉には、反論を許さない圧倒的な事実が含まれていた。


「お前ら、一体何を見て剣を振ってる。ああん?」


沈黙が支配する。リーヴはさらに畳み掛ける。


「手元の教本か? それとも、隣に並んでる仲間の動きか? 周りと合わせることに必死になって、肝心なことを見失ってんじゃねえのか」


彼女は一歩、深く踏み込んだ。その動作一つで、周囲の兵士たちが気圧されて後ずさる。


「違うだろ。お前らが戦場で見るべきなのは、隣の味方でも、頭の中の教本でもねえ。目の前で、お前らの命を獲りにくる“相手”そのものだ」


リーヴは手近な練習用の木剣を拾い上げると、軽く一振りした。風を切る鋭い音が、兵士たちの鼓膜を叩く。


「崩せ! 綺麗に戦おうなんて思うな。泥を啜ってでも、無様に見えてでも、相手の裏をかけ! 自分で考えろ、自分の感覚を信じろ! この世のどこにも、戦場の正解なんて転がっちゃいねえんだ!」


声が落ちる。その言葉の重みに、兵士たちの呼吸が乱れ始めた。

彼らは必死に理解しようとしていた。今まで「正しい」と信じてきたものを捨て、未知の領域へ踏み出すことの恐怖と戦っていた。だが、長年染み付いた規律が、彼らの体を縛り付けている。


まだ、足りない。何かがきっかけが。


その時だった。


隊列の端にいた一人の少女兵が、唐突に動いた。

彼女はまだ幼さの残る顔立ちをしていたが、その瞳には切実な光が宿っていた。


彼女が繰り出したのは、教えられたどの型にも当てはまらない、奇妙な動きだった。

半歩、斜め後ろに引くと見せかけて、重心を低く保ったまま強引に前へと突っ込む。それは防御を完全に捨てた、文字通りの捨身の一撃。


「……ッ!」


対峙していたベテランの兵士が、反射的に教本通りの盾受けを行おうとした。だが、少女の剣は予想された軌道を通らなかった。彼女は振り下ろす直前、手首を強引に返して剣先を跳ね上げたのだ。


鈍い音が響く。

少女の剣先が、相手の籠手の隙間を捉え、その体勢を大きく崩させた。


訓練場に、一瞬の静寂が訪れる。


「……今の」


リーヴの目が細くなった。彼女はゆっくりと、少女の方へ歩み寄る。

少女は自分のしでかしたことに怯えるように、肩を上下させて激しい息をついていた。握りしめた剣が、微かに震えている。


「……怖かったです」


少女の声は、今にも消え入りそうに震えていた。


「でも、今の動きなら……当たる気がしたんです。型通りじゃ届かないって、体が勝手に……」


彼女は恐る恐る顔を上げた。そこには、規律を破ったことへの謝罪ではなく、戦う者の本能が宿っていた。


一瞬の沈黙の後、リーヴが短く、そして力強く笑った。


「それでいい」


彼女は満足げに頷き、周囲を見渡した。


「それが“戦場”だ。教科書を捨てて、自分の命が叫ぶ方へ動け。それが不確定要素となり、敵を、ヴェイルを、絶望へ叩き落とす唯一の刃になるんだ」


その瞬間、訓練場の空気が一変した。

重苦しく、停滞していた空気が、まるで堰を切ったように流れ出す。


一人の覚醒が、伝染していく。

あちこちで、型がほどけていった。

兵士たちは、互いの目を見始めた。相手を観察し、隙を探し、自分だけの「答え」を導き出そうと、がむしゃらに剣を振るい始める。

それは整然とした訓練風景ではなかった。無様で、バラバラで、混沌とした、泥臭い殺し合いの予行演習。

だが、そこには先ほどまで欠けていた「生きた熱量」が渦巻いていた。


その様子を、訓練場の隅から一人の男が静かに見つめていた。

オルシェだ。彼は腕を組み、変わりゆく兵たちの背中を見つめていた。


彼はゆっくりと、リーヴの背後に歩み寄る。


「……ありがとう」


オルシェの呟きは、喧騒の中にかき消されそうなほど小さかった。


「これは、俺にはできなかったことだ。俺が教えられるのは、あくまで理屈と戦術だ。命のやり取りの土壇場にある熱を伝えることは、俺にはできない」


リーヴは振り返りもせず、肩をすくめた。


「当たり前だろ」


彼女は剣を肩に担ぎ、満足そうに戦場を見つめる。


「お前は盤面を作る側だ。私は、その盤面をぶち壊す“戦場”側の人間だ。餅は餅屋ってな」


乾いた風が、二人の間を吹き抜けていく。


訓練は、なおも続く。

しかし、そこにあるのはもう、死んだ石像のような兵士たちではなかった。

整った動きは完全に崩れ去り、代わりに、戦場という極限状態においてのみ輝く、野生の如き「生きた動き」が生まれていた。


次の戦場で、ヴェイルが目にするのは、計算不可能なカオスの具現。

その不確定要素の渦が、冷徹な軍神の喉元を食い破る準備を、静かに整えつつあった。






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