21話:盗賊残党
夜。
街の外縁を包む闇は、不気味なほどに静まり返っていた。
新しく増設された第五防壁の街灯が、規則正しく地面を照らしている。だが、その光の届かない境界線の向こう側には、濃密な殺意が霧のように立ち込めていた。
「……おかしいな。虫の音ひとつ聞こえん。風の向きも、妙に重たい」
見張り台の上、リーヴが手すりに手をかけ、暗闇を凝視しながら呟いた。
彼女の戦士としての直感が、かつてない規模の「異変」を察知していた。
オルシェは無言で隣に立ち、意識を研ぎ澄ませた。
《鑑定スキル:広域索敵モード起動》
・解析範囲:半径5キロメートル
・スキャン中……完了。
視界が青白く反転し、闇の中に隠された熱源が、おぞましい数の「点」となって浮かび上がった。
それは、地平線を埋め尽くすほどの密度だった。
「……多いな。今までの小競り合いとは次元が違う」
《反応数:1082》
《分類:人間/武装集団》
《装備:鉄器、火炎瓶、簡易梯子》
《意図:殺戮、および組織的略奪》
沈黙が二人の間に流れる。
「……来たか。セレスが言っていた、外からのハイエナ共だ」
「数が違うぞ、オルシェ。千を超えている。これはもう『野盗の群れ』じゃない」
リーヴの声に、微かな緊張が走る。
かつて五体の狼に怯えていた村は、今や数千の民を抱える街になった。守るべきものの重さが、彼女の肩にのしかかっている。
「盗賊の連合軍、といったところか。周辺の村を焼き尽くし、食い詰めた残党どもが、噂を聞きつけてひとつの『軍』になりやがった」
オルシェは断言した。
《軍勢分析》
・統率:複数の小規模集団を統合する、単一の指揮系統を確認。
・布陣:包囲殲滅陣形。
・傾向:残虐性は高いが、個々の練度は低い。
「残党じゃねぇ。……これは、奪うことでしか生きられねぇ獣たちの、最後の大博打だ」
その時。
遠く、森の入り口付近で一本の矢が火を噴き、夜空へ放たれた。
「……合図か」
刹那、静寂は切り裂かれた。
地平線を埋め尽くす闇の中から、松明の火が次々と灯り、どす黒い怒号が街の防壁を揺らした。
人。人。人。
数百ではない。千を超える人間の濁流が、狂気を孕んで押し寄せてくる。
「……見つけたぞォ!! あの壁の向こうが、噂の“金の街”だ!!」
「女も、酒も、金も、全部そこにあるんだろォ!?」
「奪え!! 逆らう奴は全員殺せッ!!」
狂った笑い声が夜風に乗って届く。彼らの瞳にあるのは、自分たちで築くことを諦めた者たちが抱く、繁栄への剥き出しの憎悪だった。
その濁流の中心。
ひときわ大きな馬に跨り、血に汚れた大斧を担いだ巨漢が、下卑た笑いを浮かべていた。
《鑑定:敵首領を解析》
・個体名:ガルド
・異名:鉄喰い
・役割:盗賊連合総帥
・戦闘能力:高。身体強化(粗悪品)の形跡あり。
「……あれが頭か。図体だけは立派なもんだ」
リーヴが目を細める。ガルドは大剣を掲げ、防壁の上に立つオルシェを見据えて叫んだ。
「聞いたぜぇ……! ガキが魔術ごっこでままごとをしてる街だってなぁ!」
周囲の盗賊たちから下品な嘲笑が上がる。
「いい壁だ、だがそれだけだ! 俺たちが千人で取り囲めば、アリの這い出る隙間もねぇ! 楽に奪えそうで助かるぜ、坊主!」
「……舐められてるな、俺たち」
オルシェが低く呟いた。その声に怒りはなく、ただ冷徹なまでの「事務処理」の響きがあった。
「どうする、オルシェ。正面から受けて立つか、それとも――」
リーヴが問う。オルシェは静かに、深く、肺の空気をすべて吐き出し、街の心臓へと声を届けた。
「やることは、最初から変わらねぇ」
一歩、防壁の淵へと踏み出す。
「守る。……それだけだ」
その瞬間、街の至るところに設置された魔導拡声器を通じて、オルシェの覇気が全住民へと伝播した。
「全員、配置につけ!! 臆するな、訓練の成果を見せる時が来たぞ!」
動く。一斉に。
半年間の「教育」と「実戦」が、市民たちの身体に刻み込まれていた。
「弓部隊、上層へ! 狙いは指揮個体と火炎瓶持ちだ!」
冒険者たちと、新たに訓練された弓兵たちが弦を引く。
「前衛、門の内側に展開! 盾を重ねろ、一歩も引くな!」
ダンを筆頭とした屈強な建築班と重装歩兵が、地面に根を張るように踏ん張る。
「中衛、バレット術式、チャージ開始。……合図で全弾解放しろ」
セレスが、冷静な手つきで魔導計算機を弾き、最適な火力を算出する。
「後衛、治癒魔法のサークルを展開。魔力循環を最大にしろ」
サラ率いる医療班が、温かな光をその手に灯す。
「……いいわね。迷いがないわ」
いつの間にか執務室から出てきたセレスが、眼鏡を押し上げながら呟いた。
「訓練通りだ。……それ以上の動きすら見せているわね」
門が閉まり、防壁の各所に設置された魔導砲座が不気味な光を帯びる。
外では、死を恐れぬ千の悪鬼が、津波となって壁に激突しようとしていた。
「壊せぇえええ!! 門をブチ破れッ!!」
ガルドの咆哮とともに、盗賊たちが一斉に突進を開始する。
大地を震わせる足音。降り注ぐ火炎瓶。
だが――オルシェは、揺るがなかった。
「……ちょうどいい」
「何がだ?」
リーヴが剣を抜き放ち、オルシェに問いかける。
オルシェは、攻め寄せる千の暴徒を冷ややかに見下ろし、不敵な笑みを浮かべた。
「試しだ。……俺がこの数ヶ月、寝る間も惜しんで作り上げたこの街が、ゴミ拾いの集団相手にどこまで圧倒できるかのな」
オルシェは右手を高く掲げた。
その指先には、周囲の魔力をすべて吸い尽くすかのような、黒く歪んだ極小の重力球が形成されていた。
「教育してやるよ。……『奪う』側が、実は一番『奪われる』側に近いってことをな」
次の瞬間、オルシェの手が振り下ろされた。
「――全軍、迎撃。一匹も逃がすな」
闇を切り裂く魔弾の光。
街の防衛戦、その幕が、圧倒的な暴力の応酬とともに切って落とされた。




