322 優しき眠りと愛する者達の誓い
国王の執務室での話し合いの最中。連日の過酷な強化鍛錬による疲労が限界を超え、サティアの柔らかく温かい胸の谷間に顔を埋めたまま、カリナは完全に無防備な居眠りを始めてしまった。
「このまま、大事に抱っこで運びますね」
サティアは、カリナの安らかな寝顔を見て優しく微笑むと、その小柄な身体を起こさないように、そっと両腕でお姫様抱っこをして立ち上がった。そして、執務室に残ったカシュー達に見送られながら、サティア、カグラ、エヴリーヌの三人の女性陣は、カリナを自室のベッドで休ませるために静かに部屋を後にした。
眠ってしまったカリナをサティアがお姫様抱っこして歩く。その左右にはカグラとエヴリーヌがピタリと並んで、王城の広く美しい廊下を歩いていく。
「あっ……! これは、特記戦力の方々! ……ああっ、カリナ様に何かあったのですか!?」「サティア様、カリナ様は大丈夫なのですか!?」「カグラ様にエヴリーヌ様までご一緒に……!」「もしかして、カリナ様はどこかお体でも悪くされたのですか!?」
すれ違う城仕えの文官達や、掃除をしていたメイド隊の少女達が、ぐったりと眠っているカリナの姿を見て、血相を変えて次々と心配そうな声を掛けて来る。
「大丈夫ですよ。病気や怪我ではありません。恐らく、連日の厳しい鍛錬の指導で疲れが出て、ただ深く眠っているだけですから」
サティアが、皆を安心させるように柔らかな笑顔で答える。
「そうなのよ、……でも一応心配だから、私達でカリナちゃんの自室まで運んであげているところなの」
カグラも、優雅に扇子を口元に当てながら周囲の不安を解く。
「ん、大丈夫。……カリナは、いつも誰よりも頑張り屋さんだから、その疲れが少しだけ出ただけ」
エヴリーヌも、カリナの寝顔を見つめながら静かに答える。
「ああっ、そうでしたか……! 本当に良かったです。カリナ様が元気でいらっしゃらなければ、お城全体、いや、エデン全体の雰囲気が暗くなってしまいますからね……」「病気や怪我ではないのですね。どうか、カリナ様をゆっくりと休ませてあげて下さい」
城の者達は、カリナが無事であることを知って心底安堵したように胸を撫で下ろし、深々と頭を下げて道を開けた。
「ふふっ、カリナさんは、本当に王城の方々や城下の人々にも、深く愛されていますね」
サティアが、腕の中でスゥスゥと規則正しい寝息を立てているカリナの赤い髪を撫でながら、誇らしげに言う。
「そうね。……こんなに小さな少女が、エデン最強の特記戦力なんていう途方もない重責を背負ってるんだから。PCである私達は、この世界ではもうこれ以上肉体の成長はないけど……彼らNPCにとっては、これから成長していくと思ってるカリナちゃんは、未来のエデンの輝かしい希望そのものなんでしょうね」
カグラが、本当の姉のような慈愛に満ちた眼差しで、カリナの寝顔を見つめて言う。
「ん、カリナがいなかったら、私達は未だに、バラバラになったままこのエデンにはいなかった。……散り散りになった特記戦力達を全て見つけ出し、救い出してこのエデンに呼び戻すことができたのは、カリナの絶対に諦めない真っ直ぐな心がないと無理だった。……カリナの功績は、誰よりも大きい」
エヴリーヌが、カリナの寝顔を愛おしく見つめながら、ポツリと本音をこぼす。
やがて三人は城内の特記戦力居住区に着き、カリナの自室のスペアのカードキーをカグラが懐から取り出し開ける。
ドアの音を聞きつけ、奥の部屋からすぐに側付きのルナフレアが小走りで駆け寄って来た。
「おかえりなさいませ、カリナ様! ……って、これはサティア様にカグラ様、エヴリーヌ様まで」
ルナフレアはその顔ぶれに驚いて居住まいを正す。そして、すぐさまサティアに大事にお姫様抱っこされてぐっすりと眠っているカリナの姿を見て、ハッと息を呑んだ。
「ああっ……! カリナ様に、何かあったのですかっ!?」
ルナフレアが、血の気を引かせて心配そうに駆け寄る。
「いえ、落ち着いて下さい、ルナフレアさん。執務室でこれからのことを話している間に、恐らくここ数カ月の合同訓練での指導の疲れが出たのかもしれません。いつの間にか、私の膝の上で眠ってしまいまして」
サティアが、ルナフレアを安心させるように優しく微笑む。
「体力もスタミナも、私達とは比べ物にならないくらい異常にあるんだけどね……。あの『精神侵食』の症状のせいで、目に見えないような疲れが溜まりやすくなっているのは、相変わらず変わらないみたいね。ルナフレア、すぐに奥のベッドに寝かしてあげて」
カグラが、心配そうに眉をひそめて頼む。
「ん、カリナは、いつも誰かのために一生懸命。……でも、この幼い身体には、きっと私達が想像する以上に負担が大きいんだと思う。早く、柔らかいベッドに横にしてあげないといけない」
エヴリーヌが、急かすように言う。
「畏まりました。……皆様、カリナ様をここまで大事に運んで下さって、本当にありがとうございます。私が受け取りますね」
ルナフレアは深く頭を下げると、サティアの腕から、壊れ物を扱うようにそっと慎重にカリナをお姫様抱っこで受け取った。
「皆様も、どうか中へお入り下さい」
ルナフレアの案内に従い、三人も静かに部屋の中へと入る。
ルナフレアはカリナを広い寝室へと運び、ベッドの上にそっと下ろした。そして、カリナの足元のブーツを脱がせ、羽織っていたコートを丁寧に脱がし、剣を佩いているベルトを外して、カリナを純白の柔らかいベッドカバーの上に優しく寝かせた。
サティア、カグラ、エヴリーヌの三人も寝室に入り、カリナが眠るキングサイズのベッドの縁に、囲むようにして静かに腰掛けた。
「今、皆様に温かいお茶と、甘いお菓子をご用意致しますね」
ルナフレアが気を利かせてキッチンへと向かう。
「今は寝息も安定して落ち着いていますけど……見えない疲労は、身体の奥深くにかなり溜まっているんでしょうね。……今のうちに、私が完全に回復させます」
サティアはそう言うと、自身のブーツを脱いでベッドに上がり、眠るカリナの隣にそっと横になった。そして、カリナの小さな身体を自身の豊かな胸に優しく抱き締め、静かに、しかし強力な祈りを込めて究極の回復術を詠唱した。
「『レクイエム・エンブレイス』」
それは、死にかけた者であっても、術者が直接抱き締めることで強引に魂を呼び戻すほどの、聖女にしか扱えない最上級の奇跡の回復術である。対象のあらゆる傷を瞬時に完治させ、体力・疲労を完全に回復させる規格外の力を持っている。
サティアの身体から溢れ出した温かく神聖な金色の光が、カリナの身体を優しく包み込む。その光がカリナの体内に浸透していくと、彼女の顔から微かな疲労の色が完全に消え去り、より一層安らかで、健康的な深い寝息へと変わった。
「ふぅ……。今後は、少しでもカリナさんに疲労が見受けられたら、私がこの術で、毎日完全に回復させるように致します」
サティアが、額の汗を拭いながらカリナの頭を撫でて言う。
「そうね。少しでも肉体的、精神的な疲労が溜まるだけで、あの恐ろしい症状が出易くなるものね。……私の陰陽の術だと、一時的な精神の安定をもたらすのが限界だし。サティアのこういう規格外の聖女の術は、本当に頼りになるわ」
カグラが、サティアの献身的な治癒能力に心から感心して言う。
「ん、確かにそう。……伊達に『エロ聖女』ではない」
エヴリーヌがポツリと余計な一言をこぼす。
スパーンッ!!
「アンタねえ! 自分の身体を張って、あんなに高度な術を行使してくれたサティアに向かって、何てこと言うのよ!」
カグラが、容赦なく扇子でエヴリーヌの頭をひっぱたいて叱りつける。
「ふふっ、構いませんよ、カグラさん。……エヴリーヌさんには、一生逆立ちしても絶対にできないことですから」
サティアが、聖女らしからぬ勝ち誇った余裕の微笑みを見せて、チクリと反撃する。
「あははっ! サティアも、いい加減にエヴリーヌのあの理不尽な毒舌に慣れて来たみたいね」
カグラが、二人のやり取りを見て面白そうに笑う。
「ん、確かに私には、あんな奇跡みたいな回復の術は使えない。……でも、私にはいざという時の『母乳係』という、誰にも代われない絶対の大役がある」
エヴリーヌが、カグラやサティアの圧倒的な巨乳に比べて小ぶりながらも、非常に形の良い自身の美乳をツンと張って対抗する。
「ふふっ、母乳なら私達みんなが出せるようになっているんですよ? ……エヴリーヌさんにしかできないことって、一体何ですかね?」
サティアが、さらに追い打ちをかけるように妖艶に微笑む。
「ほら見なさい。アンタがいつも意地悪なことばかり言うから、ついにサティアが慣れて来て、的確に反撃しだしたわよ」
カグラが、呆れたようにエヴリーヌの肩を突く。
「ん、それは……私が、誰よりも一番カリナが好きだから」
エヴリーヌが、少し焦ったように苦しい言い訳をする。
「はあ……。ここにいるみんな、カリナちゃんのことが大好きなのよ。一番も二番もないでしょうが」
カグラが、深々と溜め息を吐く。
「ん、これが、自業自得に因果応報……。私が間違っていた……」
エヴリーヌが、完全に言い負かされてシュンと項垂れる。
「エヴリーヌさん。……カリナさんのケアは、私達みんなで絶対に協力しなければいけない、エデンや世界の命運を握る最重要事項です」
サティアが、ベッドから起き上がり、真剣な顔でエヴリーヌに向き直る。
「エヴリーヌさんがカリナさんを独占したい気持ちは、同じ女として、とてもよくわかります。ですが、ルナフレアさんも含めて、みんなで一丸となって取り組まないといけないんです」
サティアの言葉に、カグラも静かに頷く。
「カグラさんの術がなければ、根本的な精神の安定はもたらせないですし、私の術でなければ、日々の疲労を完全に回復し、精神侵食の影響を遅らせることはできません。……そして、ルナフレアさんの献身的な日常のサポートがなければ、カリナさんの普段の心の安寧や、完璧な栄養バランスは保てないんです」
サティアが、全員の役割の重要性を説く。
「誰一人として……私達が一人でも欠けたら、カリナさんの精神浸食は絶対に防げないんです」
サティアの切実な言葉に、寝室に静寂が落ちる。
「ん、わかった。じゃあ、私の本当の役割は何?」
エヴリーヌが、反省したようにポツリと尋ねる。
「それこそ、みんなと同じ『深い愛情』でしょ? いい? 私達で張り合っても仕方ないのよ。みんなで全力で支えないと、カリナちゃんは危ういの。……そうでしょ、母乳係?」
カグラが、シュンとしているエヴリーヌのエメラルドグリーンの綺麗な髪の毛を、姉のように優しく撫でる。
「ん、わかった。……母乳係として、全身全霊でカリナを支える」
エヴリーヌが、決意を込めてぐっと両手を強く握り締める。
「そうですね。私達全員で、何があってもカリナさんを支えましょう。……ですが、もしまたカリナさんのあの恐ろしい症状が出た時は、一番近くにいる人が、遠慮せずにすぐに母乳を与えましょう。恥じらいよりも、症状をいち早く鎮めるのが何よりも最優先ですからね」
サティアが、緊急時の具体的なルールを提案する。
「ん、わかった。……これからは、ちゃんとみんなと協力する。だって、一番苦しい思いをしているのは、私達じゃなくて、間違いなくカリナだしね」
エヴリーヌが、ようやく素直に頷く。カグラとサティアは、そんなエヴリーヌを見てホッと安堵の微笑みを浮かべた。
「皆様お待たせ致しました。温かい紅茶が入りましたよ。甘いお菓子も準備致しましたので、どうかリビングの方へどうぞ」
ルナフレアがキッチンから戻って来て、三人に声を掛ける。
「ありがとう、ルナフレア。じゃあ、少し休ませてもらいましょうか」
カグラの言葉で、三人は寝室を出て、すぐ側にある広々としたリビングのふかふかのソファーに腰掛けた。ルナフレアが丁寧に淹れてくれた最高級の紅茶を飲み、美味しいお菓子を楽しみながら、四人は静かに和やかな時間を過ごす。
寝室の重厚な扉は少しだけ開けておき、中で眠るカリナに何か異変があれば、全員がすぐに対応できるように万全の準備をしている。
それからしばらくの間、カリナはスゥスゥと規則正しい寝息を立てていたが、サティアの最上級回復術で疲労が回復した御陰で、パッチリと目を覚ました。
「ん……ここは……私の部屋か?」
カリナが、ベッドの上で身体を起こし、ぐいっと両腕を伸ばして大きく伸びをする。
「カリナっ!」
その声を聞きつけたエヴリーヌが、誰よりも早くブーツを脱いでベッドの上に飛び乗り、カリナの下へと駆け付けた。
「カリナ、もう大丈夫? どこか苦しくない?」
エヴリーヌが、心配そうにカリナの顔を覗き込む。
「ああ、すっかり身体が軽いよ。……さっきまで執務室のソファーにいたはずなのに、いつの間にか寝てたのか。悪いな、重かっただろ。ここまで運んでくれたのか、ありがとう」
カリナが、申し訳なさそうに笑う。
「ん、サティアが、ここまで大事に運んでくれて、疲労回復のすごい術をかけてくれた。私には、そういう高度なことはできないから……カリナに母乳をあげることしかできない」
エヴリーヌの瞳から、ポロリと大粒の涙が溢れ落ちた。
「なのに私……カリナを自分一人で独占しようとして、みんなにわがままなことを言った。……本当に、ごめんなさい」
エヴリーヌが、涙ながらに深く頭を下げる。
「……バカだな」
カリナが、優しく微笑んでエヴリーヌの頭をポンと撫でる。
「お前達みんなが、こうして全力で私を支えてくれているから、私はまだ自我を保っていられるんだ。……エヴリーヌが、いつも一生懸命に私のあの辛い症状を真っ正面から受け止めてくれているのは、私が一番よくわかってるからな。だから、そんな風に泣くな」
カリナが、エヴリーヌの涙を指ですくう。
「みんなが仲良くしていないと、私は苦しくなる。エヴリーヌが本当は優しいのに悪戯好きなのも、つい口が滑って毒舌になっちゃうのも、全部知ってる。……だから、これからもみんなと仲良くしてくれ。お前達が側にいないと、私はもうとっくに自我が消滅しているかもしれないんだからな」
カリナが、エヴリーヌを安心させるように、そのエメラルドグリーンの髪を優しく撫で続ける。
「うぅ……っ。カリナは、本当に優しい。……みんなのことも、私のことも、絶望から救ってくれた。だから、カリナのあの苦しい気持ちや、恐ろしい症状を、私が全部代わってあげたい。……でも、できない。それが苦しい。……カリナのことがこんなに大好きなのに、痛みを代わってあげられないのが、本当に苦しい……っ」
エヴリーヌはたまらずカリナの胸に抱き着き、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
「バカだな。……こんな得体の知れない恐ろしい症状を、お前達に背負わせられるわけがないだろう」
カリナが、エヴリーヌの細い背中を強く抱き締め返す。
「これは私自身の身体の問題なんだ。お前達の誰にも、絶対に同じ思いをさせたくない。……だから、お前達はいつも通り私の前で笑っていてくれ。それが、私にとって一番の救いなんだ」
カリナが、優しく、そして力強く語りかける。リビングからその様子を見ていたカグラ、サティア、ルナフレアの三人も、たまらず寝室へと入ってきて、ベッドの上の二人を優しく抱きしめた。
「カリナちゃんは……本当に優しすぎるわ。だからこそ、みんながカリナちゃんのことが大好きなのよ」
カグラが、涙ぐみながらカリナの肩を抱く。
「はい……。カリナさんのその尊い優しさと心は、何があっても私達が全力で守り抜きます」
サティアも、カリナの手を強く握り締めて誓う。
「私にできることは少ないですが……カリナ様を誰よりも大切に思っています。みなさんも、全く同じ気持ちです。ですから、どうかお一人で全てを抱え込まないで……お辛い時はいつでも私達を頼って下さい」
ルナフレアも、カリナの背中に顔を押し当てて涙声で言う。
「ああ……ありがとうみんな。お前達の御陰で、私はこれからも最前線で戦える。……必ず悪魔をこの世界から駆逐してやろう」
カリナが、自分を囲む四人の大切な女性陣の温もりを感じながら、力強く誓う。
四人は、カリナの小さな身体をみんなで抱き締めながら、これからもずっと、何があってもカリナの心と身体を支え続けることを、互いの心に深く誓うのだった。




