301 合同訓練の幕開けと四属性の完成
カリナが月に一度の地獄から復帰した、その日の朝。
第一演習場に、カリナがいつものメイド服姿のルナフレアを伴い、さらにサティアが代行のジュネとエデン神聖術士軍を伴って到着すると、そこには既に、代行リーサの指揮の下、王国副騎士団長のライアンと近衛騎士団長のクラウスを筆頭にしたエデン王国騎士団と近衛騎士団、さらにはるばる魔導列車で到着したばかりの『アレキサンド騎士団』と『ルミナス聖騎士団』の面々が整列し、入念なウォーミングアップを行っているところだった。
見学席の近くには、『ルミナス神聖術士軍』の姿もあり、エデンの神聖術士軍と合流を果たしている。彼らは皆、それぞれの国において最強を誇る、選び抜かれた精鋭部隊である。
カリナ、リーサ、サティア、ジュネの四人が、静まり返った広大な演習場の中央、全軍の前に立つ。
「みんな、私事で一週間も休んで心配をかけてすまなかった。だがもう大丈夫だ」
カリナが、病み上がりとは思えないよく通る凛とした声で、各国の精鋭達に向かって語りかける。
「これからは、悪魔との来たるべき魔大陸での決戦において、各国の軍と合同の鍛錬を行っていくことになる。……エデンの騎士団の者達よ。お前達は既に、私やリーサの地獄のような過酷な鍛錬を経験してきているはずだ。他国の軍に決して遅れを取ることは許さんぞ!」
「はっ!!」
エデンの騎士達が、地鳴りのような力強い返事をする。
「カリナ様の言う通りです。今後は、各国の軍に世界最強たるエデンの真の力を証明し、背中で語る必要があります。……弱音など吐かずに、率先して各国の軍を引っ張って行くようにして下さい」
リーサが教官としての鋭い視線で、自国の騎士達に発破をかける。
「はっ!!」
再び、気合の入った返事が演習場に響き渡る。
続いて、サティアが一歩前に出て、透き通るような美しい声でルミナスの神聖術士軍に向かって語りかけた。
「ルミナスの神聖術士軍のみなさん、よくエデンへ来て下さいました。……私達神聖術士の任務は、騎士団や他の軍の鍛錬に常に同行し、怪我などをすぐに回復させ、部隊を最高の状態に維持することです。……しかし、エデン軍の鍛錬は、皆様が想像している以上にそれはもう過酷です。訓練でありながら、重傷者が出る時も多々あります」
サティアの言葉に、ルミナスの術士達が少しだけ緊張の面持ちになる。
「私達は基本的には見学席で待機し、すぐに対処できるよう魔力を循環させておきます。ですが……基礎の鍛錬、走り込みなどには、私達術士も等しく参加します」
「……えっ?」
ルミナスの術士達から、戸惑いの声が漏れる。
「神聖術士は、ただ後方で回復だけできればいいと言う訳ではありません。共に過酷な戦場に出て、場合によっては攻撃の術で敵を直接殲滅する場面もあります。その極限状態において、私達術士が前衛よりも先にバテてしまえば、兵士の傷を回復することもできず、部隊は全滅します。……基礎体力があることが、戦場に立つ者としては当然なのです。そのことを深く念頭に置いて、これから始まる過酷な鍛錬を共に駆け抜けましょう」
サティアが、聖女としての威厳と、特記戦力としての厳しさを込めて言い放つ。
「サティア様の言う通りです! 我等神聖術士軍は、軍の絶対の生命線です! 決して楽な仕事ではありません。覚悟してついて来て下さい!」
代行のジュネも、エデン軍の誇りを胸に力強く後押しする。
「「「はっ!!」」」
エデンとルミナスの神聖術士軍が、一斉に声を揃えて返事をした。すると、前衛の部隊から、体格の良い見覚えのある男が前に進み出てきた。
「カリナ様、お久しぶりです。騎士国での剣術大会以来ですね」
男は右手を左胸に当て、騎士の礼をとる。
「アレキサンド騎士団長の、ガレスです。此度は五大国合同訓練、気合を入れて参加させて頂きます!」
「おお、ガレスか。久しぶりだな。……あれから、私が教えた基礎の鍛錬は欠かさずやって来たのか?」
カリナが笑いながら問いかける。
「はい! カリナ様から教わった地獄のメニューを、あれから一日も欠かさずこなして来ました! 今日の訓練も、必ずついていきます!」
ガレスが自信満々に答える。続いて、ルミナスの聖騎士団の先頭から、白銀の鎧を纏った壮年の騎士が前に出た。
「カリナ様、三カ国連合の対魔連合戦線以来ですな。あのときはすぐさま激しい戦いになったので、ゆっくりと名乗ることができませんでしたが……私はルミナス聖騎士団団長、セオドアと申します。これから、共に鍛錬を積ませて頂きます!」
「ああ、あの時の指揮官か。よろしく頼むぞ、セオドア」
カリナが短く頷く。
さらに、ルミナス神聖術士軍の先頭から、法衣を纏った知的な雰囲気の女性が進み出て、サティアに向かって深く一礼した。
「私はルミナス神聖術士軍団長の、ウィンディと申します。聖女サティア様、ルミナスにいらっしゃる間から、私達は何度もお世話になっております。これからも、ご指導のほどよろしくお願い致します」
「ウィンディでしたか。立派な団長になりましたね。……でも、エデンの鍛錬は本当に過酷です。精一杯ついて来て下さい」
サティアが優しく、しかし確かな重みを持って言葉を返す。各国の代表の自己紹介が済んだ所で、カリナがパンッと手を叩いて空気を引き締めた。
「よし、挨拶はここまでだ! では行くぞ。……まずはウォーミングアップ代わりに、この広大な第一演習場を『百周』だ! いいか、絶対に脱落せずについて来い!」
「「「はっ!!」」」
カリナの号令と共に、地獄の合同訓練が幕を開けた。先頭を走るのは、小柄なカリナ、法衣姿のサティア、そして代行のリーサとジュネの四人。
その後ろを、王国副騎士団長のライアンと近衛騎士団長のクラウスがピタリと追走し、さらにその後方から、エデン、アレキサンド、ルミナスの三カ国の騎士団と、神聖術士軍の大集団が続く。
――そして。
その『ウォーミングアップ』が終わる頃には、演習場の光景は凄惨なものとなっていた。
「はぁっ……! はぁっ……! ぜぇっ……!」「き、きつ過ぎる……」
エデン軍以外の他国の軍の面々は、騎士も術士も関係なく、完全にバテバテになって膝に手をつき、あるいは砂まみれの地面に倒れ込んで、滝のような汗を流しながら荒い息を吐いていた。ガレスやセオドアといった団長クラスでさえ、肩で息をして必死に立ち続けているのがやっとの状態である。
しかし、先頭を走っていたカリナ、リーサ、サティア、ジュネの四人は、微塵も息一つ乱しておらず、涼しい顔で立ち並んでいる。ライアンとクラウスも、日々の地獄の鍛錬の一環であるため、少し汗をかいた程度で平然としていた。エデン軍の一般兵達は多少息が上がっている者はいるものの、誰一人として脱落者は出ていない。
「……最初は、まあこんなものだろうな」
カリナが、倒れ伏す他国の精鋭達を見下ろして苦笑する。
「次! 騎士団は鍛錬用の木剣と、刃を潰した剣を持て!」
カリナが容赦なく次の指示を飛ばす。
「ここからが本当に大変になります。神聖術士軍のみなさん、急いで見学席に移動して下さい!」
サティアが術士達を安全な場所へと素早く退避させる。
「これからの立ち合い稽古では、かなりの数の怪我人が確実に出ます。……すぐさま治療を行えるように、体内の魔力の循環を絶えず行って、いつでも術を発動できる準備をしておくこと!」
「はぁっ……はぁっ……。さ、さすが……今の世界で最強を誇るエデンの鍛錬……。ふ、普通ではありませんね……っ」
ルミナスの団長ウィンディが、荒い息を吐きながらサティアの指示に従い、見学席の椅子にへたり込む。
「ふふっ。まだまだ、これからですよ」
ジュネが余裕の笑みを浮かべてウィンディの肩を叩く。
演習場の中央。
「今日はまだ、私は病み上がりでサティアから直接の立ち合いは禁止されている……」
カリナが一歩下がり、リーサを前に出した。
「リーサ、お前は木剣を持て。まずはライアンとクラウス、そしてその後は、エデンの騎士団と各国の騎士団全員の相手をしてやれ」
「はい!」
リーサが真剣な表情で木剣を構える。対するライアンとクラウス、そして他国の騎士団は、刃を潰したずっしりと重い真剣を手にした。
「行くぞ、リーサ殿!」
ライアンとクラウスが左右から同時に斬りかかる。しかし、リーサは一切の剣技を使うことなく、純粋な剣の技量と流れるような体捌きのみで二人の連撃を躱すと、最小限の動きで死角に回り込み、あっという間に巨漢の二人を砂の上にのしてしまった。
「ぐっ……! さすがはリーサ殿だ……!」
「全く手も足も出ない……!」
「剣技すら使っていないというのに……」「なんという技量だ……!」
その後は、リーサ対『多数の騎士』という変則的な立ち合いが延々と続けられた。だが、結果は火を見るより明らかだった。アレキサンドやルミナスの精鋭騎士達が何人がかりで挑もうとも、誰一人としてリーサの着ているコートの裾にすら触れることができず、次々と木剣の一撃で急所を突かれ、叩きのめされていく。
「こ、これが……筆頭特記戦力であるカリナ様の、ただの『代行』の実力だというのか……!?」「信じられん……! まるで次元が違う……!」「動きが完全に読まれている……!」
ガレスとセオドアが、次々と宙を舞う自国の部下達を見て驚愕の声を上げる。
「次……。……アレキサンド騎士団団長、そしてルミナス聖騎士団団長。私がお相手をしましょう」
リーサが息一つ乱さずに木剣を正眼に構え、二人の団長を指名した。
「くっ……! 行くぞ、セオドア殿!」
「おおっ!」
歴戦の勇士であるガレスとセオドアが、渾身の力を込めて左右から同時にリーサへと襲い掛かる。しかし、リーサは全く動じない。ここでも剣技は一切使わず、相手の力を利用して体勢をずらす純粋な剣術の極意のみを用いて完璧なタイミングでいなし、二人の巨体をいとも容易く宙へと弾き飛ばした。
「ぐはぁっ!?」「がっ……!」
二人の団長は、砂まみれになって無様に地面を転がった。結局、二カ国の騎士団の精鋭達は、リーサただ一人に手も足も出ずに、全員が木剣で斬り伏せられ、演習場はうめき声を上げる者達で溢れ返った。
「ジュネ、ウィンディ! すぐに怪我人の治療を!」
見学席から戦況を見ていたサティアが、素早く神聖術士軍を指揮する。神聖術士達はすぐさま演習場へと駆け下り、骨折や打撲でうずくまる騎士達に次々と神聖術をかけ、治療を行っていく。
「はぁっ……はぁっ……。こ、これは確かに……息吐く暇もないですね……」
治療を終えて見学席に戻ってきたウィンディが、大量の魔力を消費し、再び荒い息を吐きながら項垂れる。
「大丈夫ですよ。すぐに慣れますから」
ジュネが朗らかに笑う。
これがエデン軍の鍛錬なのだ。まるで、常に死と隣り合わせの実戦そのものである。でも、この一切の妥協のない厳しい鍛錬こそが、今エデンを世界最強の軍を持つに至っているという何よりの証拠なのだとウィンディは自らの甘さを恥じ、強く唇を噛み締めた。
治療を受け、何とか立ち上がったガレスやセオドアもまた、同じ想いを抱いていた。
「カリナ様達は、これほどまでに過酷な鍛錬を、来る日も来る日も行っているとは……」
「我等の意識が、あまりにも甘かったようだな……」
他国の精鋭達が、本物の『強さ』を目の当たりにし、再び気合を入れ直す。
「よし、ライアン、クラウス! 続きのメニューは、お前達が指揮しろ!」
「「はっ!!」」
カリナの指示で、ライアンとクラウスが立ち上がり、再び過酷な立ち合いの鍛錬が延々と繰り返されていく。
「リーサ、こっちへ来てくれ」
カリナは多数の相手をして少しだけ汗をかいたリーサを、演習場の端へと呼んだ。
「はい、カリナ様」
「四属性の魔法剣技の調子はどうだ? 私が休んでいる間に、完全にモノにできたか?」
「はい、かなり明確な形になって来ました。カリナ様がご不調でお休みの間も、教わった感覚を忘れぬよう、一日も欠かさず一人で反復鍛錬してきましたからね」
リーサは自信に満ちた表情で、刃を潰した剣を強く握り直す。
「よし。……私は今日はまだ、サティアから直接の立ち合いは禁じられている。だから、お前の完成させた魔法剣技の型を、『見とり稽古』させてもらう。……見せてみろ」
「はいっ!」
リーサは白銀鉱の鎧を着せた分厚い案山子の前へと進み出た。そして深く息を吸い込み、剣に莫大な魔力を極限まで集中させる。
「『火』『水』『風』『土』……!」
リーサの刀身に四つの属性が宿り、螺旋状に交差する。
「『エレメンタル・ジェネシス・ブレード』!!」
振り下ろされた一撃から、四つの相反する属性の元素流が螺旋状に交差して放たれる。まず風属性が真空の刃を形成して標的を捉えて逃げ場を奪い、そこに水圧が重くのしかかって相手の動きを完全に封殺する。さらに土属性の絶対的な質量による岩砕衝撃が下から突き上げ、最後に極限まで圧縮された爆炎が引火し、全方位を跡形もなく破壊し尽くす。最高硬度の白銀鉱の装甲すらも一撃で大きくひしゃげさせる、凶悪な全方位破壊技だった。
リーサの動きは止まらない。流れるように次の型へと移行する。
「『ソーラー・サンダーストーム・ブレード』!」
高く跳躍したリーサの刀身を、神聖な光の刃と暴れ狂う雷、そして燃え盛る炎が包み込む。風属性の渦がそれらを一つの竜巻として収束させ、術者自身を弾丸のように加速させて空中から敵を貫く。光と雷が防御魔法を貫通し、炎と風が物理的な障壁を焼き尽くす、回避不能の空中型魔法剣奥義である。
「『グレイシャル・テンペスト・ブレイク』!」
着地と同時に剣を薙ぎ払う。水と氷の属性が周囲の水分を一瞬にして凍結させ、猛烈な吹雪となって視界と体温を奪う氷結嵐を引き起こす。そこに風属性が加わることで氷の刃が無数の散弾となって敵を襲い、さらに剣を大地に突き立てることで土属性による大地の裂断衝撃が走り、凍りついた敵の足場ごと完全に粉砕する極寒破壊技だ。
「『ヴォルカニック・ストーム・ブレイカー』!」
そして最後は、大地を巻き込む豪快な斬り上げ。土属性によって隆起した岩塊を火属性がマグマに変え、風属性がそれを巨大な嵐として巻き上げる。さらに雷属性が嵐の中に雷撃の網を張り巡らせ、大気そのものを震わせる巨大な衝撃波となって敵陣全体を吹き飛ばす。戦場を一振りで更地へと変える、絶大なる広域破壊剣である。
四つの相反する属性を見事に制御し、淀みなく大技へと繋いでいくリーサの演武に、カリナは感嘆の息を漏らした。
「うん……さすがだな、リーサ。やはりお前には、恐るべき剣才がある。……よし、私はお前の完璧な動きをトレースして、魔力制御の練習をさせてもらおう」
カリナも刃を潰した剣を手に取ると、リーサが見せた四属性魔法剣技の複雑な魔力操作と身体の動かし方を脳内で完全に再現し、白銀鉱の案山子に向けて、何度も何度も打ち込む鍛錬を始めた。
◆◆◆
地獄の午前の部が終わり、メイド隊が、栄養満点の大量の昼食を演習場へと運んで来た。
「さあ、みなさん。しっかり食べて、午後の鍛錬に備えて下さいね」
過酷な訓練を共に乗り越え、汗を流し、互いにボロボロになったことで、エデンの騎士団も、他国の騎士団も神聖術士軍も、国の垣根を完全に超えて親しく言葉を交わしながら、土の上で和やかに昼食の時間を過ごした。
しかし、その和やかな時間も束の間。午後も、午前中以上の激しい実戦形式の訓練が容赦なく行われ、最後にまた全員で、限界を超えるような地獄の長距離走り込みが課せられた。
「はぁっ……! はぁっ……!」「も、もう……一歩も、動けん……」「なんて訓練の強度なんだ……」
夕日が演習場を赤く染める頃。エデン軍以外の他国の者達は、完全に体力の限界を迎え、演習場の砂の上に大の字になって倒れ込み、息も絶え絶えといった様子になっていた。
「明日からは、私も直接立ち合いに参加する。……いい加減、お前達の誰かに、私から一本取って欲しいものだな」
カリナが、倒れ伏す他国の騎士達を見下ろし、不敵に笑う。
「これが、エデン軍の日常の訓練です。他国の軍の方々には、まだこの過酷さに慣れるまで時間がかかるでしょうが……これからの、恐ろしい悪魔との総力戦において、必ずこの地獄の鍛錬が皆様の命を救う役に立ちます。……明日からも、気合を入れて参加して下さいね」
サティアが、聖女としての慈愛と厳しさを込めて締めくくる。
「そういうことだ。……では、本日は解散!」
カリナの号令と共に、初日の合同訓練は終了した。他国の軍の面々は、生まれたての子鹿のようにフラフラになりながら、互いに肩を貸し合い、割り当てられた王城のゲストルームへと帰還していく。
「……初日にしては、少し絞り過ぎたかな?」
カリナが、遠ざかる他国の軍の背中を見ながら、サティアやリーサ、ジュネに向かって苦笑する。
「いえ! 最初は、我等エデン軍も全くあのような情けない感じでした! この地獄の鍛錬を歯を食いしばって乗り切れば、彼らもきっと、かつての五大国が誇ったような真の強軍になるでしょう!」
ライアンとクラウスが、かつての自分達の姿を重ね合わせながら快活に笑う。
「ははっ、お前らも、私やリーサからせめて一本取ってから、そういう偉そうな口を叩けよな」
カリナが二人の大きな背中をバンッと叩く。
「「ははははっ!」」
夕暮れの演習場に、特記戦力と代行、そして近衛騎士達の明るい笑い声が響き渡る。こうして、世界最強を誇るエデン軍と、他国の精鋭達との、血と汗に塗れた過酷な合同訓練は、熱気を帯びたまま幕を開けたのだった。




