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第十四話 和装メイドさん(♂)のご奉仕で飲まされる俺

 俺と同じように、夏向も一人暮らしをする身としてバイトをしているようだ。

 ただ、そのバイト先はなかなかにユニークなところらしく……。


「新太~。どうかな、この衣装?」

「念の為聞くけど、それ本当にバイト先の衣装なんだよな?」

「そうだよ?」

「いかがわしくない? その格好で接客するんだろ?」

「注文聞いたり料理運ぶだけで、普通のカフェと一緒だよ」


 夏向は今、俺の部屋でバイト先の新衣装とやらを披露していた。


 大雑把に言えばメイド服なのだろうが、どことなく和のテイストがあって、袖は振り袖で、スカートは短いし、眩しい白い肌が目立つ絶対領域が目に毒だった。


「毎月のように色んなコンセプトのイベントを開催してる居酒屋なんだ。その一つがこういうコスプレね。色んな格好ができて楽しいよ」


 なるほどな。

 でも俺には、気になることがあって。


「お前のところのオーナーは何故お前に……女装を?」


 夏向は、「は? 何言ってんの?」って顔をするのだが、俺の気のせいかと思えるほど一瞬だったから、どういう意図の表情なのか確信が持てない。


「似合うからじゃない? ぼくって可愛いからさ。それより、きみは嬉しくないの?」

「中身を知ってるとな」


 これが正真正銘女子として登場したのなら、ドキドキしすぎたあまり口から虹色のキラキラを吐いてたかもしれない。


「つれない態度だなー」


 夏向は残念そうにしながらもその場でくるっとターンをして見せる。

 おい、遠心力でスカートが役目を果たさなくなりかけたぞ……?

 ていうかそれ、まさか下着も女物を着用しているんじゃないだろうな?


「せっかく店長に許可取って持ち帰ってきたのに」


 夏向は、部屋の隅にある姿見の前であれこれポーズを試し始める。

 やっぱりそのスカート短いって。

 腰を曲げる姿勢になると尻のところが危うくなるんだもん。


「そうだ、新太」

「な、なんだ?」


 いきなり振り返るものだから、スカートに視線が向かっていたことがバレないか心配になった。


「これ借りようとしたとき、『その特注メイド服、使ってもいいけど汚すなよー、ガハハ!』って店長に言われちゃった。汚すような使い方ってなんだろうね。この格好で走り回って汗だくになっちゃうとかかな?」


 ぼくわかんなーいって純真無垢な態度を取っているつもりの夏向だが、顔に張り付いたニヤニヤのせいでこいつの脳内ではちっとも純真じゃない光景が繰り広げられていることがわかってしまう。


「ちなみにそのとき、『同棲中の恋人に見せたいんです!』って正直に言ったんだよねー」

「なにが正直だ。思いっきりウソついてるじゃねえか」

「まーたそういうこと言うんだから。もとはといえば、新太のために恋人ムーブをしてあげてるのに。新太ったらずーっと普段通りなんだもん」


 くそっ、そういう言われ方をすると強く出られない。


「ほらほら、責任はぼくが取るし、万が一があったら弁償代だってぼく持ちだから」


 和装メイドスタイルのまま、俺にぴったりくっついてくる夏向。


「汚れるようなこと、してくれちゃっていいんだよ?」

「やかましいわ」

「あたっ」


 俺の渾身のチョップが、夏向の脳天に炸裂する。


「もう! 新太ってば変なところで恋人っぽいことするんだから! ふふふ、DVなんて」

「顔を赤らめて言うな」

「暴力を通してぼくへの愛情を表現してくれたんだよね?」

「愛情の解釈歪みすぎだろ」


 どうも夏向は本気で言ってるっぽくて、ついつい将来が心配になってしまう。


「でもほら、『恋人』の忌憚ない意見が聞きたかったのは本当なんだよ。ぼくのバイト先には男性客も来るからねー。男性の意見が欲しかったんだ」


 それは自分で鏡見ればわかるだろ? お前も男子なんだし。

 そう思ったのだが、接客側の夏向からすれば、まっさらなお客側の意見は貴重なのかもしれない。


「もし新太がうちの店にお客としてきて、こんな子に接客されたら、どう思うかな? 嬉しい?」


 夏向は俺の服の裾を掴み、真摯な意見を求めるように上目遣いをする。

 いちいちこいつは人をきゅんきゅんさせるようなムーブをしてくるな……。


「いやまあ、悪い気はしないんじゃないか? そういうのが好きな人もいるだろうし」


 俺は夏向の正体を知っているから、別に接客されたところでなんとも感じないに決まっているんだけど。


「違うよ。一般客じゃなくて、新太がどう思うか聞きたいの!」


 俺の服をぐいぐい引っ張ってくる夏向。

 伸びるから、やめろ。


「新太がお客として来て、ぼくにきゅんきゅんしたり、可愛いって思ってくれたりしたら合格っていうか」

「それなら聞く相手を間違ってる。俺はお前のことを知ってるから、いざ女装をされても何も知らない他の客みたいな見方はできないぞ?」

「うっそだぁ。さっきからぼくの脚をちらちら見てるのに?」

「なっ!? み、見てるわけないだろ!?」

「いいんだよ、隠さなくて。新太に見てもらえるようにスカートとソックスの長さを調節してるところあるからね」


 こいつ……狙ってやってやがったのか。

 なんて、あざといんだ。


「でもこうなったら、意地でも『可愛い』って言わせたくなっちゃった」


 変なところで負けず嫌いを出してくるんだよな、こいつ。


「新太がしてほしいって思ってることしてあげる」

「えっ?」

「とりあえず、そこのソファに座って?」


 夏向が俺を問答無用でグイグイ押すものだから、なし崩し的に俺はソファに腰掛けることになってしまった。

 ソファに座った俺の隣に、夏向はおもむろに腰掛けてきた。


「ふふふ、新太、久しぶり~。指名してくれてありがとね」


 猫なで声を出して俺にすり寄ってくる和装メイド女装男子。


「おい、それは雰囲気的にお酒を注ぐタイプのお店でやるやつじゃない?」

「違うんだよ、これはぼくが働いてるお店とは別。新太のためだけのサービスだから。新太をおもてなしするためだけにやってるの」

「それどこから持ってきた?」

「普通に冷蔵庫からだよ? グラスも借りちゃうね」


 いつの間にか、夏向の手にはグラスとビールがあった。


「ほらほら、これ持って」


 押し付けられるように手にしたグラスにビールを注いでいく夏向。


「とりあえず新太には酔っていい気分になってもらわないと」

「酔い潰してどうするつもりだよ」


 注がれてしまったものは仕方がないので、俺は手元のグラスに口をつけることにする。


「酔ったら素直になってくれるかなと思って」

「俺からどんな言葉を引き出したいっていうの?」

「好きなら好きってハッキリ言ってほしいんだよね」


 口の中のビールを吹き出しそうになったものの、どうにか耐えて飲み込んだ。


「ど、どうして俺が?」

「『恋人』としては、そろそろ新太から好きって言葉を聞きたいから?」

「言わないぞ、俺は」

「ぼくにすら言えないことを、他の女の子には言えるのかな~」

「それは……」

「サッカーやってた新太なら、練習でできないことは本番でもできないってわかってるでしょ? じゃあ今も同じじゃない?」


 マズい。

 言い返せなくなってきた。


「だからまずはぼく! ぼく相手に好きって言えるようになるところから始めようか! ほらほら、お酒の力に頼ったっていいから! 飲んで飲んで」


 反論できない俺は、夏向に促されるままに飲むしかなかった。


「ふふふ、新太ったらハイペースで飲むねぇ。安心して、今回飲んだお酒代は、ぼくがちゃんと払うから」


 無駄遣いをしないために、できるだけアルコールの購入を控えている俺にとっては夢のような提案だ。

 アルコールが回り始め、次第に体が熱を持ってきた。


「どう? どう? ぼくのこと好きって言う気になった?」


 すぐ隣ではしゃいでいるはずの夏向の声が遠くなっていく。


「ああ、好きだよ」

「やった!」

「これだけビールを飲ませてくれるんだからな」

「もう! ぼく自身をどう思ってるか聞きたいんだよ」

「好きだよ。大事な元サッカー仲間として」

「今はそういう友情寄りなこと聞きたいんじゃないの! LOVEな意味で好きって言ってみて!」

「好き……だよ」


 どうも俺は、酔うと眠くなるタイプらしい。

 首と背中がふにゃふにゃになった感じがして、まっすぐ座っていられなくなってしまった。


「わっ! あ、新太!?」

「夏向……ありがとな。抱き枕を用意してくれて」

「抱き枕じゃなくてぼくだよ! 嬉しいけど、身動き取れないからちょっとどいて」

「眠い……」

「それならぼくの膝を枕にしてくれたらよかったのに。こんなに抱きつかれたら……」

「なんだ、迷惑か? そうだよな……」

「そ、そんな見捨てられたような顔しちゃダメだよー! 甘やかしたくなっちゃう!」


 夏向の声があまり耳に入らなくなっている俺は、無意識状態で寝心地が良さそうなスポットを探してしまう。


「おっ……ここいいじゃん」


 ふにふにふかふかしていながらも、深く触れると程よい硬さがあるその場所に頬を押し付ける俺。


「そこ、ぼくのお腹なんだけど!?」

「ああ、腹だったの。じゃあいいか……」

「良くないよ! お腹鳴ったら恥ずかしいし! せめて膝にして! 一回立ち上がるから」


 夏向が俺の頭を抱えたまま急に立ち上がろうとしたせいで、三半規管に乱れが生じたのか、胃の中からすっぱいものが込み上げてきた。


「……やば。吐きたい」

「えっ?」

「ゲロ出そう」

「ま、待って! そういう汚され方は想定していないから! トイレ行こ、トイレ! 間違ってもぼくの衣装にゲロしちゃダメだよ!」

「もう無理だ……保たん」

「わぁぁぁぁぁ!」


 そこで意識を失った俺は、その後どうなったのか知らない。


 けれど翌日、普段はやたらと俺にくっついてつきまとう夏向が塩対応を連発したあたり、よほど迷惑を掛けてしまったということだろう。


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