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第十二話 夏向は女の子!(※そんなはずはない!)

「ああ、そうなんだ。その日なら俺の講義も夕方までだし、途中で合流できるかも」


 その日俺は、部屋で拓弥と通話をしていた。

 すると背後から、玄関の扉が開く音が聞こえる。


「新太~♡ さっきねー、ぼくねー」


 やたら上機嫌で、とてとてと俺のそばに寄ってくる夏向だけど、すぐに俺がスマホを手にしていることに気づいたのだろう。


 騒ぐことなく、ソファに座る俺の横にちょこんと腰掛けた。

 夏向が突然やってくるのはいつものことだ。


 ちょっと待ってろ、と手で夏向に合図をして、通話を再開する。


「はいはい、サークルの連中も一緒か? ああ? いや、俺は全然いいけど」


 その間も、俺の方をじっと見てくる夏向。

 大人しくしているのはありがたいのだが、逆にここまで大人しいと不安になるな。


 だんだん夏向の方が気になり始めてきた。


「えっと、それで――」


 退屈を持て余したのだろう。

 それまで大人しくしていたはずの夏向が、俺の腿を膝枕にし始める。


 その上、夏向の頭が俺の脚の付け根付近……つまり股間に近い位置にあるので、不覚にも俺は動揺させられてしまった。


 夏向は知ってか知らずか、俺の腿を制圧したことがよほど嬉しいみたいで、寝転がったままこちらに謎のドヤ顔を向けてくる。


 夏向に気を取られたせいで、電話の向こうの拓弥の会話すらロクに聞き取れなかった。


「い、いや、なんでもない。こっちの話で……えっと、子猫がちょっと俺の足にじゃれついてきて……ああ、えっと、別に飼ってはいないんだけど一時的に預かっててさ……」


 やたらと俺の脚にぐりぐりと頬を押し付けてくる夏向。

 夏向の柔らかい頬の感触を腿から感じていると、特に何か卑猥なことなんてしていないっていうのに、気まずい感じになるから不思議だ。


「あ、ぼくのことは気にしないでいいから」


 よろしく頼むわ、みたいな感じで片手を挙げる夏向。

 いや、気にするわ。

 何考えてんだ……。


「ぼくは新太に触れてるだけで満足だし」


 なおもスリスリを続けてきて、今度は俺の腹に指を伸ばしてくる。


「おっ、割れてんじゃーん」


 腹筋をツンツンするな。

 あとで好きなだけ触らせてやるから、と言っても夏向の暴走は止まりそうにない雰囲気だ。


 どういうつもりか知らないが、このまま夏向のペースに飲み込まれたら、拓弥に変な風に思われてしまうかもしれない。


「わ、悪い! ちょっと今、緊急の用事が入ったから、またあとで掛け直すわ!」


 俺は慌てて通話を切る。

 拓弥にはあとで改めて謝っておこう……。


「あ、よかった。電話終わった?」

「終わったけどさ、やめてくれよ。変なふうに邪魔するの」

「ごめんごめん。ぼくがそばにいるのに、電話に夢中なのが寂しくて」

「そんなうるうるした目で見てきてもダメだ。電話が終わればいくらでも相手してやるっていうのに」

「だってー、新太の友達が女の子の可能性も微妙にあるわけじゃん?」

「そんなわけあるか。相手はちゃんと男だ」

「ほんとにぃ?」

「ウソついてどうするんだよ。だいたい、俺が女子苦手なの知ってるだろうが。異性だったらあんな冷静に話せるかよ」

「でも電話越しだったら平気とかありえるでしょ?」

「……確かに、電話越しで話したときは比較的平常心を保っていられるな」

「なにそれ経験談……?」

「なんて顔してるんだよ。そんなショック受けることないだろ。俺だってほら、こんなポンコツでも幸いサッカー部のレギュラーってことでちやほやされてたときもあるから、今になるまで一切女子とのエピソードがないってわけじゃないぞ?」

「そんな……『恋人』のぼくの前で堂々浮気宣言するなんて」

「いや浮気になんかならんだろ。それに高校時代の話だし」


 ため息をつく俺。


「電話ならわりと普通に話せるってだけで、特に気の利いたことも面白いことも言えなかったからな。今後女子と通話する機会があったとしても、浮気になんか発展しようもないぞ」

「言ったね? 証拠抑えちゃうんだから」


 夏向はスマホを出してくると、俺の声を録音しようとした。


「心配しなくても、俺が話せるのは、お前だけだよ」

「ぼくだけなの?」


 俺のすぐ隣で、床にペタンとお尻をつけて座るいわゆる女の子座りをして、首を傾げる夏向。


「ああ。だから今度は余計なちょっかいはしなくていいからな」

「そっかぁ、ぼくだけかぁ」


 今度は逆方向に首を傾げてご機嫌な夏向。

 やっぱり夏向といえど、特別扱いは嬉しいものなのだろうか。


「まあ、お前は男子だから、まともに話せる女子かといえば違うんだが」

「ふんっ」

「おい、どうして俺をつねる?」

「返して、ご機嫌になったぼくを返して!」

「なっ、なんでだよ。俺、機嫌を損ねるようなこと言ったか?」

「ぼくはきみの『恋人』なんだから、男子じゃなくて女子としてカウントするべきでしょ!?」

「そこで怒ってるのかよ……」

「ぼくは女の子だよね!?」

「うーん、まあ……」


 いや、女の子役はしてくれてるけどさ……。


「ぼくが今、他のどの女の子よりもちゃんと話せる女の子だよね!?」

「そうなのかなぁ」

「じゃあ今、一番好きなのはぼくだよね!?」

「それは飛躍しすぎじゃね……?」

「新太の苦手克服に付き合ってあげてるんだから、そこは乗っても良くない?」

「わかったよ……」

「じゃあぼくに続いて復唱してよ。ぼくは、女の子!」

「夏向は女の子……」

「声が小さいよ! ぼくは女の子!」

「夏向は女の子!」


 結局その後、何度やっても納得が行かない様子の夏向に徹底的に復唱させられるのだった。

 夏向が女性を演じようとするのも、ここまで来ると熱の入れすぎにも思えてくるな。


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