第34話 景勝②
景勝の顔がうまく見れない。
部屋に入ってまず最初に感じたのはそんなことだった。何を話せばいいのかわからないし、何を話せば景勝は反応してくれるのかよくわからない。けれども、それでもわたしは頑張って口を開いた。
「景勝、その……」
まず、景勝とわたしの関係が何となく決まずくなったのはこの間のあれで間違いないだろう。あれをまずは謝って、それから__
「すまなかった」
「へ?」
これから話すべき内容を素早く思案していると目の前の彼の口から出てきた言葉だ。景勝はいわゆる土下座をしていて本当に許してほしい。そんな誠意を感じる姿。いや、そもそもなぜ彼が謝っているのだ。本来なら、わたしが謝るべきなのに。
「あ、謝らないでよ! 本来ならわたしが謝るべきなの! わたしが悪かったのよ。だから、謝らないで!」
「いや、だが……ぼくは虎の気持ちに気が付いてやれなかった。これは許嫁として失敗だ」
「そ、そんなわけないよ! それに景勝は何か考えがあるんでしょ? だったら、わたしがそこに口出しする権利なんてないよ!」
この時代、女は政治の道具でしかない。未来を生きていたわたしがそれに従う気はあまりない。それに上杉家の跡取りとして育てられている以上普通の女のように奥に引っ込むだけなんて真似は許されない。この時代に生まれ変わってしまったからにはそれくらいの責任は取ってみせる。でも、余計なことには口出しをしない。それがおそらく上杉家のためになるのだから。
「……虎、そのことなんだが……」
「へ?」
そのことというのは先日、三の丸で義兄上に話したことのことなのは間違いないだろう。
「なんとなく考えてみたんだ。おまえにならば話してもいいかもしれない。だが、これを話すことで虎に大変な危害を与えるかもしれない。個人的な感情では度し難いが、やはり虎は政略上とても重要な駒だ。そんなお前を傷をつけるわけにはいかない」
景勝の口から出てくる自問自答。いや、彼なりの葛藤や悩み。ちゃんと私のことを考えていたんだ。
景勝から出てくる言葉を一つ一つ拾って考える。景勝の考えていることは詳しくはわからない。しかし、危害が及ぶというなら相当な覚悟をかみしめて聞く必要がある。その後のわたしの政略上の駒としての重要性。これは十二分に理解しているつもりだ。わたしは上杉家現当主・上杉謙信の一人娘で跡取りとして育てられている。わたしの動き次第ではもしかしたら上杉家の運命を左右しかねない。仮にわたしがここで死んでしまえば上杉家の運命はどうなるか分からない。だからこそ、ちゃんと許嫁である上杉景勝と話そうと考えた。




