第32話 与六③
「あやつは面白いやつだな。目が全く離せぬ」
びしょ濡れで眠りについている虎を乳母に連れて行かせ、謙信は与六のそばに立って笑う。
「まるでこの城の全てを把握しようとしている。だが、それもよい。あやつはいずれ上杉家の当主として家中を引っ張らねばならぬ。来る時が来れば戦に出なければならぬ。その際にこの経験はいずい生かされるであろう」
そういい、酒を煽る謙信。自分の娘である虎が生まれてからというものの毎日退屈にならない。彼女は日々見る度に成長して、先日戦から帰ってきた時には乳母に抱えられていた頃が嘘のように歩き回りよく喋った。彼女は好奇心旺盛でよく色んなことを聞いては面白そうにしていた。その様子を見た謙信は部屋に留めておくだけでは惜しいと与六を護衛(実際は他にも何人か護衛をつけているが)として城内であれば動き回ることを許可。そして、やはりだが謙信の予想通り毎日のように城を駆け回っていた。夕方頃には虎が疲れ果てて与六に抱えられ眠っている姿をよく見かける。時々、そんな虎の行動に興味を持って着いて言ったことがあるが、興味深い。普通の人間なら気にしないような床の構造や軒下を見て回ったりしていた。
「されど、困ります。またあのようなことがあれば……目が十あっても足りませぬ」
「ならば、お主が目を十に増やせば良いであろう」
「無茶を仰る」
「ははっ。それができるのが与六であろう」
謙信だって、ただ無策に虎のもとに与六を置いたのでは無い。それも見越しての事だ。




