第30話 与六①
「ていうわけで、わたしは、景勝の婚約者になった辺りから景勝のことをちゃんと見るようにしたわけ」
中身未来人うんぬんかんぬんはすっ飛ばして生誕から景勝との婚約までの話を語った。普通の子がその年から真っ当な意思で動けるかどうかは知らないので、そこもすっ飛ばして言葉が喋れるようになった段階で意思が出てきた設定にした。
「ふむ……やはりその頃から虎姫様は聡明なのですね」
信綱が真面目そうにそういう。真面目な顔で聡明なんて言わないでほしい。そもそもわたしはそんなことを話したくてしている訳でもないし。
「聡明って……まあ、普通の子よりは少し変かもしれないけど……」
「いいじゃないですか。遠く唐の国では昔、奇貨居くべしと言うそうじゃないですか」
「奇貨って、そんなわたしの言動おかしい?」
そんなにおかしいかな?だって、話したり歩いたりするのが平均よりも少し早いだけだし……。千代丸も変なことはいいことみたいなことを言ってるけど。
「ええ。おかしいというよりも珍しいですね」
「それ、似たような意味じゃない?」
「いえ、そんなことはありません」
珍しいことは悪いことでは無いのかもしれない。この乱世の時代珍しければ珍しいほど生き残りやすい。しかし、珍しすぎるのもまた問題だ。出る杭は打たれる。だからって控えめに動こうとは考えたりはしない。わたしはこの時代にしかできないことをしたい。
「与六が前に言ってましたよ。虎姫様が生まれてすぐの頃のことを」
「与六が? うそ。あの子、変なこと言ってないよね?」
「ええ。虎姫様がとても聡明であるということを聞かされただけですから」
それを変なことだというのだけれど、千代丸と信綱はあまり気にしてないみたい。別にそんなすごい訳でもないんだけどなあ。わたし。未来の記憶を頑張ってしぼりだしているだけですごいのはわたしではなく、未来で頑張った人たちだ。
「どういう話されたの?」
「聞きたいですか?」
千代丸の目が何となく輝いて見える。なにこれ。そんなにいい話だったのかな?
「信綱も聞いたの? そんな話」
「ええ。聞きましたよ」
「聞いてないのわたしだけ? というかそこまで言われるとますます何言われたのか気になるんだけど」
「虎姫様がとても聡明だという話はされましたよ?」
「そういうのは聞いてない。具体的な話をしてよ。なにしたらそんな評価になるわけ」
信綱と千代丸はまるで与六の言葉を聖書の一節みたいにありがたがってるけど、なにそれ。そういえば、千代丸や信綱がわたしの小姓になったとき、彼らの教育係は与六に任せた。
武芸や軍学は年長で経験もある信綱に任せているけど、生活や作法、文事などはほとんど与六の担当だった。
与六は、小姓三人の中でも最も聡明で、信綱ですら舌を巻くほどだった。
だから、わたしが他の用で不在のとき、与六が2人にあれこれ教える中で、ついでにわたしの話もしたのかもしれない。
千代丸が仕え始めたのは、わたしが2歳のころ。信綱もそれに近い時期だ。……あの頃に、なにかあったんだろうか?
「構いませんよ。では、与六から聞かされた話をしますね」
信綱がそう言って、隣にいる千代丸もなんだか嬉しそうにした。
なにか予感がしてわたしは思わず姿勢を正した。




