第28話 幼少期⑥
その報せが届いたのは翌朝のことだった。わたしはまだ赤ちゃんで、起きる時間も平均的には遅く、定義的には恐らく昼頃だろう。
「たた、どうしたの?」
朝ごはんを食べ終え、満足し、昼寝を済ませたら散歩にでもようかと考えていたところ、伯母がやってきた。
「トラ、今いいかしら?」
「うん」
伯母がわたしを抱えて膝の上に乗せた。真剣そうな眼差しで見てきていた。これはただ事ではないとぐっ、と息を飲んだ。
「トラ、あなたは本当に賢くていい子ね」
伯母がわたしの腰をやさしくとんとんと叩き、わしゃわしゃと撫で回す。ああ、こんなことされるとほんと眠くなる。伯母の話を聞く前に寝てしまいそうだ。
「トラ、大事なお話があるわ」
「お話?」
最近、多少ならば歩き回れることをいいことに色んな場所に行き、色んなことを聞いて回った。
まず、父親のこと。彼は与六曰く毘沙門天の生まれ変わりで、名前は上杉輝虎というらしい。そして、今私の目の前にいる伯母は周りの侍女たちの会話から仙洞院という名前だということも知った。上杉謙信の娘だという情報は本当のことなのだろう。
仮に本当にわたしが上杉謙信の娘だったとしてどうするべきか?それはもちろんあの悲劇、御館の乱を止めるべきだろう。未来を知っていて止められる歴史ならば止めるべきだし、命は無駄に散らすものでは無いと思う。さてと、それを踏まえてこの伯母━━仙洞院の話とは一体なんだろうか。こんな意思疎通も怪しい(わたしらの場合はできているが)くらいの年齢のに話せる内容とは一体何んだろうか。
「トラ、あなたに許嫁ができたわ」
「許嫁……?」
許嫁ってあの許嫁だよね?この歳にして婚約者ができたの?
「許嫁って言葉はまだあなたにはまだ早かったわね。許嫁っていうのは将来共に過ごす方の事よ」
かなり噛み砕いた言い方をしてくれるが、やはり夫のことなのだ。とはいえ、わたしまだ産まれたばっかりなのにこんなに早くに婚約者できるとは……。これも戦国の世の習いなのだろうけど、まだこの時代に順応しきれていないから、不思議な感覚になる。
「あなたはまだ産まれたばかりの赤子……。こんな早くからあなたにそんな役目を負わせたくはなかったわ。けれども、これはあなたとととのためでもあるのよ?」
現状、上杉輝虎の子供はわたしただ1人だけだ。母親は知らないが、今後彼は結婚して子供を作る気などあるのだろうか?でも、現状、跡継ぎは長尾顕景としている以上、作るつもりは無いのだろう。なんだか、虚しいような。仙洞院もまだ歯も生え揃えていないような歳の自分の娘のように育てている姪が政治の道具として扱われるのはとても心苦しいことなのだろう。けれど、どんなに足掻いたところで女が政治の道具である事実は覆らない。仙洞院を安心させるために頬を撫でた。
「ととみたいな人?」
「ふふ……。そうね。相手のことは言ってなかったわね。相手はあなたの従兄の顕景よ」
その名前を聞いてなんとなくこの政略の意義を察した。父・輝虎は本格的に顕景を跡継ぎとするつもりなのなのだろう。その地位磐石のためにわたしと顕景を婚約させたのだろうと。




