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軍神の娘  作者: 雨宮玲音
第弐章 上洛
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第11話 石鹸作り①

「お豆、台所、貸してくれてありがとうね」


「いえ。姫様のお役に立てるのならこれくらいのこと構いません」


「早速だけどお鍋を用意してくれる?」


「かしこまりました」


 わたし自身理系では無いが、昔に本で石鹸の作り方を見たことがある。それによると石鹸に必要なのは主に2つ。


 1つは油だ。これは香油などで代用できるので問題は無いだろ。


 もう1つは強アルカリ性の成分。この時代にアルカリ性なんてあるわけが無いので(というかよく知らない)代わりを使うしかない。確か灰?灰汁だったはずだ。確か海藻でも代用できたはずだが、ここら辺は詳しくないので赤い紙を用意させた。赤い紙を用意させたのはもちろんリトマス紙のつもり。


 材料は揃ったが、作り方は知らない。というか、そもそも石鹸を作るには苛性ソーダを使うのが普通だが、これは免許が必要な薬品。文系人間であるわたしは当然だが、持っているわけが無いし、この時代にあるわけでもない。


 だから、その代わりに灰を使う。いや、灰が使えるかどうか知らないが、アルカリ性のならば確かに使えたと昔本で読んだ。要は実験する他ない。


「沸騰した後と前ならどっち先に入れたらいいかな? 」


「どっちも試してはいかがですか?」


「わかった」


 今回の石鹸作りは与六たちには新商品開発のための実験と伝えているが、これに何故か強く興味を示したのは与六だ。本来今頃景勝のところにいなければならないが、わたしが暇な時間に何かをしてる度にやってくる。暇か?いや、そんなことはない。与六だって暇では無いはずだ。景勝とわたしの身の回りの世話に千代丸への教育など多岐にわたる。それでも、与六自身がよいというのだからその言葉に従うしか無かった。


◇◇


 グツグツと沸騰してくるお湯に、小皿一杯に乗せた灰を入れる。灰が解けるまでかき混ぜて、解け切ったら同じ量の灰を増やしていく。


「虎姫様! これぐらいですか?」


「うん、大丈夫だよ! 与六。千代丸は灰を入れた回数をしっかり記録しておいてね」


「かしこまりました」


 5歳のわたしが鍋をかき混ぜるのは危険すぎるので、それは与六が、千代丸には入れた回数を記録してもらっている。そう。わたしは作り方を知らなければ材料の正確な量も時間も知らないのだ。だから、記録こそが頼りになる。


「灰汁ってどれくらいで出来るのかな?」


「少なくとも休憩時間中には難しいと思いますね……」


「そうだよね……。かといって、誰かに今からずっと見張れは酷だろうし……」


 この場合の見張れとは時間制限がない。すなわち一晩どころかそれ以上かかる可能性もある。


「とりあえず今はこのまま火を止めてここに保管してもらいますか?」


「それなら蓋をした方がいいかも。あと触るなって張り紙も書いておかないと……」


 灰汁は強アルカリ性で触れたらすぐ洗い流せばいいが、そのまま放置すると火傷してしまう。それが冷めていても火傷するのは化学火傷と言うらしいが、そんな理屈を化学など知らぬと言わんばかりのこの時代の人が通じるわけもないので『触れるな。虎姫』とでも書けば誰も触れられないだろう。


◇◇


 翌日。今日もわたしは石鹸作りに取り組んでいた。今日のメンバーは千代丸、信綱。与六は景勝にどうしてもという用事で連れていかれてしまった。名残惜しそうにわたしの方を見て可哀想だったけれど、見て見ぬふりをしてここにやってきた。


「虎姫様は"セッケン"とやらを作っていらっしゃるのですね?」


「うん。昨日いなかった信綱には悪いんだけど、やり方は教えるから与六と同じことをして欲しいんだ。お願いしてもいい?」


「承知しました」


 台所へやって来るとお豆に頼んで灰の入った鍋を取り出してきてもらった。


 蓋を開け、中を見てみると中身が澱んでいた。


「これは……」


「何かが浮きでていますね……」


「う〜ん……」


 何が浮きでているのだろうか……。ここはあれを使うほかない。


「千代丸、赤い紙を持ってきて!」


「赤い紙……? は。かしこまりました」


 千代丸はきょとんとしながら赤い紙を持ってきた。何に使うか分からないって感じだな。これ。アルカリ性なんて言葉、この世界にないでしょうね。


 千代丸に持ってきてもらった赤い紙を軽く鍋の中の水に浸すと紫がかった青色になった。これならば問題なさそうだ。


「赤い紙が青色に……?」


「凄いですね! これ」


「ふふ。凄いでしょ? わたしも理屈はよく分からないけど、やり方だけは知ってたからね」


 こういう時にリトマス紙を開発してくれた人、誰か知らんけどほんと助かる。


「とりあえず上澄みと沈殿の部分をわけよっか。信綱も手伝って!」


「はい!」


◇◇


 信綱は鍋の持ち手を慎重に持ち上げ、わたしの合図で僅かに鍋を傾ける。わたしはお玉をそっと鍋の中へ差し入れ、下層の沈殿物が混ざらないように、上澄みの液体をすくいだす。


 お玉からぽたぽたと雫が垂れる。お玉の中身を全て千代丸が持っている容器に入れていく。


「この上澄みの部分が虎姫様の作りたかったものですか?」


 信綱が、わたしの横で静かに尋ねた。いつも通りの落ち着いた声音だけれど、その目は興味津々そうだ。


「う〜ん……多分そうかな?」


「たぶん、でございますか?」


「ここら辺は、ちょっと手探りだから……」


 容器を支えて持っている千代丸は慎重そうにゆっくりと机に置いた。


「千代丸、ありがとう。助かったよ」


「はっ。お気遣い、痛み入ります」


 少し疲れた様子だった彼だったが、なんだか誇らしげで楽しそうだ。


 この上澄みの部分だけなのか沈殿物だけなのか、それともその両方を使うのか。どれが正解なのかわからないが、実験してみる他無い。


 お豆に用意してもらった3つの升。それぞれ異なる配合で混ぜてみることにした。1つ目は上澄みの部分だけを入れ、そこに香油を増やす。2つ目は沈殿物と香油。3つ目は上澄みと沈殿物と香油のすべて。


 比率も順序もすべて手探りだけれど、なんだかんだ言って楽しかったような気がする。


「それじゃあ、これは風通しの良い日の当たらないところに置いておこっか。お疲れ様。2人とも」


 わたしが信綱と千代丸の二人を労うと嬉しそうに誇らしげにしていた。

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