第10話 上杉商会
あれから一月の時が経った。
近畿情勢で変わったことといえば今年4月から始まった『第1次信長包囲網』が終わりかけているというところ。近畿情勢は未だ静観しているが、予定通りならば来月には終わるだろう。なお、第一次に続いて第二次も勃発しており、これには武田家も賛成している。やがてこの第二次包囲網が後の織田・徳川連合軍と武田勝頼によるあの有名な戦い、長篠の戦いへと至る。
できることなら、あの戦を少しでも良い方向に持っていければと思う。けれど、長篠の戦いは三年後、わたしが数えで八つの年のこと。今できるのは、せいぜい父上に援軍を願い出るくらいだが――父上とて、他国、それも代替わりしたとはいえ仇敵である武田家に援軍を送るなど、現実的ではない。ここは勝頼に頑張ってもらうしかないだろう。
もっとも、武田家が滅んだ原因は長篠の戦いそのものではない。一時的な衰退はあれど、その後は躍進し、武田家はむしろ最盛期を迎える。敗北を経てこそ、将は強くなる。そんなことを朝倉宗滴も言っていたっけ。いずれにせよ、今後の上杉家のためにも、武田家には存続していてもらいたいところだ。いずれ味方するにせよ、敵対するにせよ、今ではない。
ところでわたしは未来を知っている。でも、その未来を知っていてもまるでどうしたらいいか分からない。いや、正確にはわかる。けれど、本当にそれが何かをしてあげられるのだろうか?もしも間違えてでもいたりしたらどうすればいいんだ。わたしは……。
それはさておき、先月豪商共との繋がりができたおかげで順調に量産しつつある。その分の利益も少しづつだが、伸びている。新たに『上杉商会』という組織も立ち上がった。最初この名前は『虎商会』になる予定だったけどさすがに恥ずかしさから却下。それに、まだできる限り表に出たくないので景勝にお願いして彼の名前を通して事業を開始した。
この『上杉商会』はいわゆる会社だ。ごめんね。坂本龍馬に亀山社中。日本初の会社奪っちゃって。いや、世界初か?
もちろん社長というか代理取締役がいる。わたしは忙しい上にまだ年5つの子供なので高頻度に赴くことは出来ないので、この前、わたしの事業に興味を持ってくれた中井三郎というひとだ。中井家の商業は元々ものづくり中心だったのでちょうど良かった上に商人ならば物事の価値観に鋭いし、彼は嫡男では無いので借りることも出来たのだ。嫡男ではなくても多少の物事の価値観とかは学んでいるでしょう。上杉商会で出た利益は中井三郎に管理してもらうことなった。功績を出したら彼にはいつか偏諱を与えようと考えている。
余談だが、1口に「会社」といっても、現代人が想像するような建物も社員もそこまでだ。社屋はこじんまりしていて平屋で、社員はたった5人。今のところ、利益は細々としたものにとどまっている。この会社にはスポンサーは着いているがこれが効果を出すのはもう少しあとの話。
……そういえば、会社の設立とは別の話だけれど、景勝との関係もまあまあ順調だと思う。たとえば先日、豪商との会合の帰り、わたしは彼の膝の上で眠ってしまっていたらしい。……よりによって、あんな場所で、あの人の膝の上で眠ってたなんて……どうして記憶がないの……!? わたし!? 恥ずかしすぎるでしょ……!
その後たまたまその場面に遭遇した伯母上に「仲睦まじいことは良きことですね」と言われた。
彼女にその時のことを詳しく聞くとなんとわたしの髪の毛を景勝がき、きキスをしてたらしい。
え?髪の毛にキス?本当にどういう意味?なぜ?いやいや、あの人に限ってそんな特別な意味はないでしょ!だってあの人もう15とか16あたり。わたしは5歳。妹みたいなものでしょ!でも、あれ……まさか……。いやいやないないない!
12年。結婚まで、あと12年だ。なんだよそれ。いくらなんでもながすぎない?あ〜!もう、顔から火が出そう!うう……。長い、長すぎるよ……!早く、早く成長して……わたし。
「虎姫様、灰と油と赤い紙を持ってきました。次のご指示を」
「……」
「……? 虎姫様?」
「虎姫様、聞いておられますか?」
「あ、与六に千代丸……ごめんなさい。考え事をしてたんだ。それで、ええっと……ああ、集めてきたんだ。お疲れ様。とりあえずお豆に頼んで台所を借りたから、そこに移動しよっか」
上杉商会の社長は名目上上杉景勝で代理取締役は中井三郎とはいえ、具体的な内容はわたしがやることとなっている。今わたしがやるべき事は石鹸作りからだ。




