最終話 つれないメイドは騎士団長
「……父上、兄上、本当にこれで大丈夫なのでしょうか?」
メイドたちに寄ってたかって着せられたのは……フリフリの……メイド服? 正直言って理解不能だ。
たしかにメイドたちは可愛いと大騒ぎしていたけれども。
「おお……これは……想像以上だ」
「可愛い、可愛いぞアリシア。これならどんな男でもイチコロだな」
ああ……そうだった。父も兄もメイド服が大好きだったな。わざわざオーダーメイドの特注品を発注するほどに。
「あの……それは父上と兄上だからではないのですか?」
「馬鹿を言うな、メイド服は男の夢!! ロマンと言っても良い」
「そうだぞアリシア。メイド服が嫌いな男など存在しない」
「そ、そうなのですか?」
二人のすさまじい迫力に圧倒される。なるほど……殿方はメイド服が好きなのだな。
だがオスカー殿のメイドといえば、あのビアンカだ。美人で魔法の使い手で料理も出来る。それに比べて私は……魔法もたいして使えないし、料理など食べる専門だ。メイド服を着たくらいで勝てる気がしないんだが……
「うむ、だが相手はあのアイスマンだ。メイド服だけでは弱いかもしれない。そこで秘策を用意した。入りなさいエリサ」
「はあ……今忙しいのですが……」
文句を言いながら部屋に入ってきたのは兄上のメイド。
「くっ、相変わらずキレのあるつれなさがたまらないな」
「うむ、我々をゴミのようにしか見ていないあの蔑んだ目がなんとも……」
……あの? これは一体……?
「いいか、アリシア、最強にして最高の存在、それが『つれないメイド』だ。もちろん現実にはまずいない架空の存在ではあるが、たとえ演技だとしてもその素晴らしさは色褪せることは無い」
……また兄上が意味の分からないことを話している。
「アルフレッドさま、演技ではなく本音ですが」
「くうっ!! 最高だエリサ」
悶絶する兄上。私は何を見せられているのだ……
「とにかくアリシア、エリサに指導を受けて、一人前のつれないメイドになれ」
兄上……私はメイドではないんですが?
◇◇◇
「き……来てしまった」
あれからエリサの指導を受けてみたものの、まったく自信は無い。
エリサも途中から諦めたようで、適性が無いから軌道修正をすると言っていたが、あれはどういう意味だったのか。
いきなりメイド服で押しかけたりしたら、不審に思われたりしないだろうか……? 優しいオスカー殿のことだから、表には出さないかもしれないが、嫌われたりしたら……
考えるのはやめよう。今となっては、父上と兄上、エリサを信じるしかない。
意を決して呼び鈴を鳴らす。
「はい、どちらさま……って、うわっ!? あ、アリシアさま!? ど、どうしたんですか、それにその格好……」
ふふふ、オスカー殿の視線が釘付けではないか。やはり殿方はメイド服を好むのだな。
よし、ここでエリサから伝授された台詞だ。
「ど、どうしてもっていうからお掃除しに来てあげたんですからね!!」
「ふえっ!? あ、あの……?」
くくく、あの冷静沈着なオスカー殿が激しく動揺して真っ赤ではないか!! か、可愛い、可愛いぞオスカー殿。
よし、次々行くぞ。
「は、早く中に入れなさいよ、馬鹿」
「へ? あ、ああ、これは大変失礼いたしました。どうぞアリシアさま」
とりあえず自然に中へ入ることが出来たな。そうか……これがメイド服の力なのか。
「あの……アリシアさま、本当に掃除をなさるおつもりなんですか?」
「掃除をするのはあくまで御礼なんだから、か、勘違いしないでよね!!」
「は、はあ……ありがとうございます」
ふふ、好きな殿方のために掃除をするというのも悪くはないな。だんだん楽しくなってきたぞ。
「アリシアさま、ビアンカが美味しいお菓子を焼きましたので、休憩しませんか?」
夢中で掃除を続けていると、オスカー殿から魅力的なお誘いが。
ビアンカの焼き菓子……だと!? 絶対に美味しいだろう。
「はあ……今忙しいんですが仕方ないですね」
よし、エリサから教わって唯一身に付けたつれないセリフも完璧だ。
「はは、それは良かったです」
「うむ、やはりビアンカ殿の料理とお茶は最高だな!!」
「……ただの焼き菓子とお茶ですが」
相変わらずビアンカは謙虚だな。いや待て、もしやこれが本物のつれないメイド……なのか? 実に勉強になるな。
「いや、まさかアリシアさまが来てくださるなんて。嬉しいですよ」
くっ、オスカー殿の笑顔が眩しい。勘違いしてしまいそうになるがまだだ。
「め、迷惑ではなかったか?」
「迷惑だなんてありえませんよ。それに素晴らしいものを見せていただきました」
「父や兄に殿方はメイド服が好きだと聞いてな。それで……その……どう……だ?」
「ええとても似合ってらっしゃいます。ですが、アリシアさまは何を着ていても素敵ですよ」
ぐぬぬ……これはどういう意味だ? 社交辞令なのかすらわからん。
仕方がない。使いたくはなかったが、とっておきの決め台詞を……
「そ、そこまで言うなら、御主人さま専属のメイドになってあげてもいいわよ!!」
「えっ!? それはどういう意味……?」
「じ、自分で考えなさいよ、馬鹿ああああ!!」
◇◇◇
「綺麗ですよアリシア」
「ありがとうオスカー」
一年後、オスカーは辺境伯に任じられ私たちは結婚することになった。
オスカーは相変わらず王都と辺境を往ったり来たり。
私はといえば騎士団は辞めていない。
一年の内半分は訓練の名目で騎士団を連れて辺境へゆく。
私たちがずっと一緒に居られるように、父上が法を変えたらしい。まったく困った人だ。
そして家の中ではメイド服。これが当家の夫婦円満の秘訣。
オスカーいわく騎士団長とつれないメイド、そのギャップがたまらないらしい。
もっとも、私の場合、つれないではなく、ツンデレらしいがな。