初めての喧嘩とあいつらと
コリスの死がショックすぎて、私は数日寝込んでしまった。
「騒動に巻き込まれて疲れたんだろう。ゆっくりしておいき」
宿のおばさんはそう言って滞在を許してくれた。ありがとうございます……衣食住的な意味で。そして部屋で横になっている間はレトの献身的な介抱を受けて、私は元気を取り戻していった。
そして二日くらい家の中にいたら外に出たくてしょうがない。最初の一日は死ぬほど落ち込んだのに、今はもうケイトを探しに行きたくて仕方ないのだ。
異世界に来て私も鍛えられたんだろうか。ドライになったというか、薄情になったというか……。まあ、そんなの気にしてたら異世界で生きてくなんて無理だと割り切る。
「もう、大丈夫?」
「うん、ありがとうレト。それでね、次行く所なんだけど」
二日目の夜には旅の予定を話すまでになった。今まで私に引きずられるように落ち込んでいたレトも、今は元気そうだ。
「新聞には、ディケドラルトはまだドヴィスにいるってあったね。でも向こうは空路だから油断できないし、もっと東に行って完全に撒きたいな」
「行き先はどこでも、チサの言うままに。でも……あのさ……」
急に難しい顔をしたレト。何か言いたげに見えるけど、何だろうか。何にしろ、奥歯に物が挟まったようなもどかしいのは好きではない。言いにくいなら促して聞いてみよう。
「どうしたの? 何か問題でも?」
「……うん。チサ、実は僕、どうしてもチサに言いたいことがあって」
え、何だろう。レトが私に意見って珍しい。
「チサ……この先はもう危険に首を突っ込むのをやめてほしい」
「え?」
「え、じゃないよ! もう! 全くチサときたら、最初に会った時も僕を探して危険だと忠告したのに崖から降りようとするし! 僕が石になっていた時も、危うく二人の男に手篭めにされそうになってたよね! あのタイミングで呪いが解けなかったらどうなっていたか……。ドヴィスの時だってそうだった! 怪しい男にホイホイ着いて行って下層の娼婦のようなことしてたし、苛められてる男なんて放っておけばいいのに、自分に助けられる力もないくせに突っ込んで行った。吸血鬼騒動の時は言わずもがなだ! 守るこっちの身にもなってよ!」
レトが思わぬ反抗をしたのに驚きを隠せないでいる。だって、今まで文句らしい文句も言わなかったし、頼めば大抵のことは通ったし。あれ、嫌々だったの? マジで? と考えている自分を省みて、あれ? 私、実はレトのこと都合のいい道具だと思ってたんじゃ、と気づきダブルショック。
いや、レトは大事だよ。それ以上にケイトが大事なんだけどさ。でもそれにしたって
「それって……もう守ってくれないってこと?」
「守るよ、チサが危険な目にあえば守る。でも、吸血鬼事件で思い知ったんだ。僕にも限界がある。だからチサには、出来る事ならこれからは大人しくというか、まず僕の許可を取ってから動いてほしいんだ」
何その亭主関白な台詞。そんなのまともに聞いてたらケイトの手がかりつかめないじゃない。ケイトに関することはトップシークレットなこの世界、危険を避けてたら辿り着けないに決まってる。旅の主導権は私にないと困る。……大体、レトだって私が来たから人間に戻れた上にチート能力が得られたようなものなのに……。
「私の目的は知ってるでしょう? なのにそんなこと言うの?」
「理解してる。でも勇気と無謀は違うんだ」
「何それ、私が考えなしみたいに言うのね」
「実際そうじゃないか……夢中になると一つのことしか考えられなくなってさ。それで解決方法は全部他人任せなんだろう?」
「もういい! ばかぁ!!」
図星というか、痛いところを突かれて言い返せずに逆上した私は、異世界にて真夜中の家出を決行したのだった。
「うう――。ケイトならあんなこと言わないもん、ケイトなら……」
泣きべそをかいて夜の小道をとぼとぼと歩く。みっともない姿だった。
「はぁ。あ、月が綺麗……」
ふと空を見上げると、四つ浮かぶ月のうち、右から二番目の月が煌々と照っていた。日によってどの月が一番明るいか変わるみたいだけど、この異世界の宇宙ってどうなってるんだろ?
神秘的な異世界の月をずっと見ていると、段々と心が落ち着いてくる。
やっぱり戻ろう。レトに謝ろう。異世界補正で普通の人より少し強い力はあるけど、戦闘に役に立つほどでもない。体格差は覆せない。私は、所詮お荷物なのだ。レトの全面的な協力のお陰で、旅が出来ている。レトがいなければ、今頃第二の勇人くんになっていた。
レトは現状に文句を言っても、旅をやめろとは言わなかった、それが答えだ。
「よし、行こう」
「どこに?」
急に後ろから声がかかる。慌てて振り返るが、月が雲に隠れて闇が濃くなったため、それが誰か判別できない。
「誰? レト?」
「……そう。まだそいつと一緒にいるんだ」
血の気が引いた。それは聞き覚えのある声だった。酷い別れ方した人に酷似した声。あれは、学園都市で……。
「まさか。まさか!」
「久しぶりだね……チサ」
距離をとる。しかし人の顔も分からないほどの暗さで足元の石に気づかず、間抜けにもその場で転んでしまう。それを見逃す相手ではない。のしかかられて地面に押さえつけられる。
「離して!!!」
「そうしたらまた逃げるんだろう? イルースの屋敷の時みたいに」
「それで屋敷の続きでもしようっていうの? マイスルさん……」
精一杯の、虚勢だった。何で、何でこの人がこんなところに……。月がまた顔を出して、至近距離の相手の顔が分かる程度の明るさになる。地面に私を縫いとめるのは、私が学園都市にいた頃、この異世界の知識を得るために利用し、恋心を煽るだけ煽った挙句、他の男と逃亡して捨てていったあのマイスルさんだった。
「マイスルさん、どうしてここに……」
「あのドラゴンが家を破壊した時は死ぬかと思ったよ。でも一命はとりとめた。そして病院で休んでいたら、ロスという男が来たんだ」
――取引しようか――
「あの男は確かにそう言った。チサ、君もディケドラルトに居たと聞く。君のことだから、どうせ誑かしたんだろう。君はそうせずにはいられない女だ」
確かに異世界に来てからモテ期だけど。でもロスのは違うような。彼のは多分復讐でしょ?
「それで、ロスの空飛ぶ戦艦に乗って、ここへ? あれでもまだドヴィスって」
「途中までは。今ドヴィスにいる戦艦は囮だよ。チサもまさか徒歩で追いついてくるとは思わなかっただろう?」
全くです。というか思わないよ! 正直死んだと思ってたし、まさかロスの仲間になって追ってくるとか想像もつかないよ! そうまでして私を追ってくるってことは、目的は。
「復讐、ですか?」
「誰が、誰に」
「貴方が。マイスルさんが、私に」
「冗談。僕は君を愛している」
ごめんまったくときめかない。私、ヤンデレは無理。涙目になっているのをどうとったのか、マイスルさんは恍惚とした表情でさらにのしかかってきた。
「やっと、会えたね……」
ひいいいい。勘弁してよ! いわゆる喪女だった時は、ダメンズにモテるくらいならモテないほうがマシとかいう意見に、余裕見せやがって! って思ったの反省するよ! コップに大きさ以上の水を注げば零れるよね。人にも受け入れる限界というのがあるんだよね! 今の私はケイトでいっぱいいっぱいなんです!!
「あ、あの、マイスルさん……」
「チサ、ここで君を手に入れるのも魅力的だけど。僕は兄も、あのロスも撒きたい。もちろんあの化け物野朗も」
「それ、どういう」
「行こう」
マイスルは私を掴んで立ち上がらせ、周りを気にしながら走り出した。勿論、私の腕はしっかりと握り締めたまま。
「え、ちょ、何」
掴まれている腕が痛い。容赦のない力だ、腕に痕が残りそう。
「あの男にも、訳の分からない集団のボスにも、兄にも。誰にも君は渡さない。逃げるんだ」
好意を寄せられること自体は嬉しい。無条件で言う事を聞かせられると気づいてからは、特にいいものだと思える。しかしだ。
「待って。ちょっと言わせて。マイスルさん、私にはやりたい事があるの。それを成し遂げるのが私のするべき事なの」
「ケイトとか言う女の事だろ? 忘れなよ。きっと僕の方が、チサを深く想っている。友情なんて愛情に劣る、君は僕と来るべきなんだ」
ヤンデレでもいい。話を聞いてくれる人ならね。けどこれはアウト。
「……どりゃあ――――――!!!」
前を歩く男をひっつかんでぶん投げる。大人しく拘束させられてたのは確認のため。地面に落ちたのを見てもと来た道をダッシュで……。
「相変わらず土壇場に強い女だな」
後ろを向いたら道を塞がれていた。もしかしなくても、この声は。
「イルース……」
後ろからマイスルさんの声。ああやっぱり、兄のイルース。利用して手酷く捨てた男2。暗くて読み取る事は困難だが、その顔はけしていい表情ではないのは、雰囲気で分かる。
「聞いてたぞ。何一人占めしようとしてるんだ」
「……いつまでも兄面するな。先に会ったのは僕じゃないか!」
「順番なんて色事じゃ通用しないぜ。それにチサは俺にもお前にも対等の扱いだっただろ」
「だからってチサをやれるもんか! チサは僕のだ! 大体お前は何でついて来た、学園都市に戻れよ! 僕と違って女に不自由してないだろ!」
「それを言うならお前こそ戻れよ。チサは普通の女じゃないんだ。異性どころか同性とも上手くやれないようなやつがチサを扱えるか」
前門の虎、後門の狼。詰んだ! 私詰んだ! しかもこいつら私の意志無視して勝手に争ってるし! どっちかまず私の様子を気にする人はいないのかよ! 対立がヒートアップして二人で盛り上がってるし。あ、今のうちに逃げればいいのか。
「これだからお前らには任せられないんだよ」
その声を聞いても誰だっけ? としかならなかった。暗がりでも分かる、兄弟と比べて背が高く、髪の毛が逆立ってる、ワイルドな感じの……。…………え?
「久しぶりだな、チサ」
「ロス? まさか、ロスなの? 戦艦はドヴィスにあるんじゃないの、何でここに!?」
空賊ディケドラルトの親玉、ロス。崩壊する城に置き去りにした後の事は知らないけど、とりあえず生きてたのね。で、何でここにいるの。
「お前を迎えに来たんだよ」
「……あの事を根に持ってるの? 言っとくけど、いきなり攻撃してきたのはそっちだし、人質にとって牢屋にいれられてレトまでいいように操って、いくら私だって逃げるから! 復讐するにしても残念ね、私一銭も持ってないし、レトとは喧嘩中だから人質の価値もないからね!」
①私は被害者だ ②責任は全部そっちにある ③身代金なら期待するな ④ドラゴン無双が出来るレトを利用しようとしても無駄
とは言ってみても、嫌いなやつどうにかするのにそいつ現状とか関係ないよね。でもせめて、私がどうなろうともレトは巻き込みたくない。さっきの今で早速手間かけさせるとか笑えない。
「……ああ、誤解があるようだな。チサ、あの件に関して俺はお前を恨んではいない。人を陥れる生業なんだ、陥れられる覚悟も出来ている」
じゃあ何でこんなとこまで追ってくる。折角逃げようとしてたのに、兄弟は今や争いをやめてこっちを注視してるし……逃げられたのに!
「しばらく会わない間に、お前の価値も上がったな。新種の生命体か……異世界人とか凄いもんだ」
売り飛ばす気じゃないよね。ララリアみたいな例もあるし。
「心配しなくても丁重に扱わせてもらうさ。やってほしいこともある。だが今は……」
その台詞の後に沈黙が流れる。それを破ったのはイルースだった。
「チサ、俺はこの世で中古というものが許せない」
「?」
えーっと、ここ笑うとこ? いきなり何いってるのこの人。
「誰も触れた事のないものを手にし、一から十まで俺の意のままにする。それこそが至高」
「リサイクルショップ全否定? 中古だって綺麗なものがあると思うけど」
地球の日本にいた時は学生の身分だったし、フリマとかよく利用してたけどね。ああでも、イルースは貴族の屋敷にいたんだっけ。贅沢者め。そんな風に考えていると、ロスが苦笑しながら訂正してきた。
「ちょっと違うな。平たく言うとあれだ、お前が疵物だったら万死に値するって言いたいんだよイルースは」
「え? それって………………………………………………!!!! こ、このっっっ!!!! あんたら最低!!!!!!!」
「それでも弟とならやむをえないと妥協していたものを……」
「まだ言うか! 黙ってよもう!! というか、イルースはマイスルさんに近い女の人横取りしてきたみたいなこと……」
「そういうものだと割り切れば付き合えない事もない。それにあいつらは結局俺に近づくために弟を利用しただけで、マイスルには手を握らせることもなかったしな。それはそうと、お前はどうなんだ、あのレトとかいう男とその、ずっと二人で旅をしていたらしいが……」
「それってつまり、私の……ううっ」
突然現れた知り合いに複数人の前で貞操を疑われるとか何という恥辱。言っておくけど私は潔白だ! それにしても何だってこいつらこんな事……。
「この兄弟、そういうのにトラウマでもあるんじゃないのか? まあ俺はどうでもいいが」
楽しそうに言うロス。……そういえば二人のお母さんってか出生は……罪悪感がわくから考えるのはやめとこう。
「まあ、そういうのに凝り固まるのもどうかと思うがね。まあそんな俺もできれば初物がいい派だが」
こんなにも人を殴りたいと思ったのは初めてです。大人の意見……と見せかけてそれかよ!
「……結局、どうなの? チサは。あいつと、そういう関係なの?」
事態を見ていたマイスルさんの言葉。……どうしよう。『私は他の人のものなのよ、放っておいて!』 逆切れが怖い。こんなとこまで追ってくる連中だし。『何もない』 一応事実だけど……でもそうだとして、そんなもの普通証明できないよね。
「まあ、こんな質問にすらすら答えるほうが不自然だな。でも答えなくとも、判別する方法は他にもある」
黙りこくっていた私にロスが助け舟? を出した。いや助け舟どころかこれって。
「心配するな。身体に聞くとか無粋な真似はしない。近くにユニコーンの保護区がある。そこにいけば分かるだろう。船も直に到着するしな」
それはファンタジーな判別方法ですね。
とか言うと思ったか! 何で私がそんな晒し上げにあわなくちゃいけないの!?