第四話 言語の違和感
学園の案内を頼まれた私は、近くから回ることにした。
既に、アルヴァ様は学園中で噂になっているようで、行く先々でアルヴァ様の噂話が耳に入ってくる。
「あれが、噂の留学生か……なんか、髪色もあってか、雪みたいな奴だな」
「あの凛とした佇まい、素敵ですわ~」
「ところで、あの案内をしている女子って誰なんだ??」
「知りませんの? 二年生の……えっと、名前は……」
「見たことはあるけど、全然目立たない感じだよな? 前から知り合いだったとか……」
多くの噂話を適当に聞き流していると、急にアルヴァ様が足を止めた。
「私のせいで、悪目立ちをしているようだな。すまない、フィーア」
「お気になさらず。周りのことなど、関係ありませんわ。それに、またあなたの隣にいられるだけで、とても嬉しいです」
「フィーア……ああ、私もだ」
表情に乏しいアルヴァ様が、初めて目を細めたのを見て、胸がわずかに高鳴った。
「どうした?」
「い、いえ……さあ、次が一番案内したかった場所ですわ」
熱くなっている顔を見られないように、顔を背けながら向かった先は、学園が誇る、大図書館だ。
いくつもある、見上げるほど高い本棚には、ぎっしりと本が詰め込まれている。
「ほう、こんな古い本があるのか……これは、有名なファンタジー小説の初版だと? 当時は人気が無くて、ほとんど生産されなかったと聞いていたが……それに、こっちは……」
きっと喜んでくれるとは思っていたが、私の想像以上の食いつきっぷりね。
「気に入ってくださって、何よりですわ」
「ああ、ここはとても良い……っと、私としたことが……フィーア、なにか君のオススメの本はあるだろうか?」
「でしたら、これとかいかがでしょう?」
私は、数ある本棚の中から、迷わずに一冊の本を取ってきた。
「太古の昔……私達が住んでいるこの大陸は、三つの国で構成されていたのは、ご存じですか?」
「もちろんだ。アズリア、バルドリア、クロムウェルだな。元は一つの国だったが、歴史の中で三つに分かれた。そして、既にどの国も滅びている」
「はい。この本には、その三国の歴史について書かれているものですわ」
「そんな貴重な本が、この学園にあるとはな」
「複製品ですけどね。内容は同じなので、問題はありません」
私は、手にした本を、パラパラとめくってみせる。
「これには、かつて三国が使っていた、古代の言語で書かれております」
「この言語については学んだことがあるが、その難易度に面食らった。君は、これが読めるのか?」
「まさか! 私は、そんな大層な人間ではありませんわ。ただ……この本、少し違和感のある箇所がありまして」
私は、該当のページを開き、ページの真ん中あたりを指差した。
「三国は、かつて戦争をしていたのは、ご存知ですか?」
「もちろん。その戦争がきっかけで、三国の衣食住や文化、言語が別れ、独自に発展していったと記憶している」
「さすがですわ。その戦争について書かれているのですが……アズリアの文法で読むと、“アズリアが戦争を始めた”になるのですが……バルドリアの文法で読むと、“クロムウェルが仕掛けた”になるんです」
私の解釈を話すと、周囲がざわめき始めた。
「そんなこと、ありえるのか……?」
「ただの学生に、そんなことがわかりますの?」
「なるほど。同一言語が分化した影響か。それが、そのまま歴史認識の差を生み出してるのか」
「確証はありません。私の知識なんて、しょせんは十年ちょっと勉強しただけのものにすぎませんから」
「それでも、十分すぎる洞察だ」
「……そう、でしょうか? あっ……申し訳ありません。私だけ、べらべらと……」
「気にすることはない。フィーアに出会えただけで、この国に来た価値があった」
「そ、そんな……大げさですわ。でも……」
素直に褒めてもらえたことが、嬉しかった。胸の奥が、ふわりと温かくなるのを感じる。
この気持ちを伝えたい――そう思い、私は一呼吸おいてから、口を開いた。
『嬉しいです。ありがとうございます』
「っ……! ああ、とても上手だ」
「ふふっ、もっと練習して、あなたと流暢に会話できるようになってみせますわ」
アルヴァ様と、ヴァルトベルクの古代言語で会話出来たら、きっと楽しいだろう――そんなことを考えながら、残りの施設の案内をする。
案内を終える頃には、日が傾き、学生もまばらになる時間だった。
「先程の講堂で以上です。長時間お付き合いいただき、ありがとうございました」
「こちらこそ、丁寧に説明してくれてありがとう。おかげで、この学園のことがよくわかった」
「それはなによりですわ」
案内が終わったということは、このまま解散という流れになるだろう。
――でも、まだ帰りたくなかった。
「フィーア、もう少し時間はあるか?」
「えっ? は、はい」
「それなら、案内のお礼に、カフェテラスで何かご馳走をさせてほしい」
「そんな、お気になさらないでください」
「君がよくても、私がよくない。何かしてくれた者に礼をするのは、人間として当然だ」
アルヴァ様は、やや強引に話をまとめると、私の手を取って、カフェテラスへと連れていってくれた。
「好きなものを注文するといい」
「えっと……では、紅茶を」
「それだけでいいのか?」
「はい。あまり、お腹は空いていませんので」
「わかった。では、私が買ってくるから、好きな席で待っててくれ」
アルヴァ様に言われた通りに、私は席を探しに行くと、すぐに良い場所を見つけた。
「日当たりもいいし……ここにしましょう」
アルヴァ様は……まだ戻ってこなさそうね。その間、読書でもして待っていよう。
「――アルヴァ様、遅いわね」
時計を見ると、既に十分は経過している。
混雑している時間ならともかく、空席が目立つ今、注文が遅れているのは考えにくい。
「もしかして、なにかあったのかしら」
急いでアルヴァ様の様子を見に行くと、すぐに見つけることが出来た。
しかし、アルヴァ様は一人ではなかった。私も知っている、侯爵家の三年生が、アルヴァ様に話しかけていた。
「――何度もお断りしているだろう」
「どうしてボクの誘いを断るんだい? このボクが、君と友人になっても良いと言っているのだよ? 光栄なことじゃないか」
……どうやら、面倒な絡まれ方をしているようだ。
アルヴァ様のことだから、大丈夫だとは思うけど、見て見ぬふりは出来ないわね。
「お前、ボクが誰だかわかっているのかい? うちは侯爵家だよ? つまり、偉いのさ。なのに、ボクの誘いを断るということは……どうなると思う?」
「申し訳ないが、ご教示を願えるかな? 偉い侯爵子息様?」
「はぁ!? バカにしてるのか!? 人が下手に出ていれば、調子に乗りやがって! あんな根暗でつまらない女と一緒にいるよりも、ボクと一緒の方が有益だと、教えてやってるんだぞ!」
化けの皮が剥がれた上級生は、途端に怒号をあたりに響かせる。
「有益? そんなことを考えて、彼女と一緒にいるわけではない。私がいたいから、彼女といるんだ。貴殿に、決められることではない」
「っ……!」
「貴殿のような失礼極まりない人間など、彼女の足元にも及ばない。わかったら、二度と私の前に現れるな」
「この、言わせておけば……!」
「おやめください! 喧嘩はいけませんわ!」
一触即発の空気の中、私は二人の間に割って入った。
「おや、本の虫のご令嬢様。君からも、お願いしてくれないかな? 私のような低能な人間よりも、彼と過ごす時間の方が素敵ですよってね」
「私が未熟なのは、承知しております。ですが……アルヴァ様が望まれていないことを、私が勧めることはできません」
「ちっ……どいつもこいつも、生意気な……!」
「おや、随分と楽しそうな話をしているじゃないか」
聞き慣れた声に反応して振り返ると、そこには、場違いなほど楽しそうに笑う、ルーカス様がいた。
――昔の私なら、その笑顔を見られるだけで、心がときめいていた。
でも、今の私には、その笑顔が酷く不快に映った。




