第六十一話
下水道の中はぷるウォの体のせいかきつい匂いも感じない。周りには藻や苔が水を滴らせ、ネオンサインの光を自身の持てる最大の艶で反射させていた。
ネズミが通る。楽しさのカケラも感じさせない無気力さを感じさせるアーチが続く。
何かを見つけるまでここの探索は続くのだが、あの2人と別れたことは幸運かもしれないと思える程、若い者の飽き性に影響を与える単調な時間が過ぎた。
下水道を道なりに進む。
ふと横には作業用のドアが。鈿音は入る気になれなかった。
自分から入ったくせに、既にここから出ることしか考えていない。
「…出ましょう。無駄足だったわ。」
不意に頬に感じる風に鈿音は鳥肌がたつ。
進めば何かがいることの証明となる。もちろん今までの経験上、能力か何かだと考えた。
鈿音は風のきた方向に進んだ。
風を感じたのは換気扇のようだ。ネオンサインが先行して店の看板につく。
“bar”
残ったyとoとaとiは「aoiλ」となって鈿音の隣に着いてきた。
暗さで気が付かなかったが、扉から壁まで全てがダンボールで出来ている。しかし、ダンボールの建物の素材としてのみっともなさを感じさせない。
滑らかな曲線のフチのテープで出来た窓に屋根の瓦までこだわっており、学園祭では出せないクオリティだ。
鈿音はドアノブを持つ。ダンボールで出来ていたにも関わらず、ちゃんと捻らないと開かないようにしているらしい。
中に入れば、ダンボールの甘い香りが濃く、内装も全てダンボールで出来ていた。BARに求められる清潔感が不思議と備わっていた。
カウンターの奥にはあらゆる種類の油がが並べられていた。
音一つないこのBARで、シンボルのようにカウンターの天井部にぶら下がるのは、ダンボールで出来たマシンガンだ。
店の護身用らしいが、西部劇の観点から言わせてもらえば、ショットガンが望ましいと鈿音は思った。
矢印のネオンサインが動き出すとカウンターの真ん中の座席をピンのように指した。
鈿音が座ると、残りのネオンサインは隣のカウンターテーブルの上で、バーテンが文字を読み取れる姿勢をとった。
「アンタ。ここのことを知っているのよね。案内してきたけど、どういう場所なの?」
ネオンサインはその明かりを最大限に放った。
カンカンカンと乾いた音が響いてくる。この店に誰かが近づいてくることは明白だった。
その誰かはダンボールで見事に作られていたドアを突き破って店内に入ってきた。
その目の発光しているところから人間ではない様がはっきりしていた。
「……こんにちわ?」
入ってきて目の光る誰かはあいさつしてきた。どうやら向こうからは鈿音のことを認識できるらしい。
「アナタはそこで挨拶だけはしちゃ駄目よ。そのせいで私がツッコミ出来る容量を超えたわ。」
「今、明かりをつけます。」
そう言うと、カシャガシャと音を立てた後に、目の光る誰かが天井に向けて火を放つ。
天井全体が燃えて、その火の明かりが店内を包んだ。
「私はエージェントの名前です。」
「名前が名前なの?」
「いえ。未設定であるためこのように。」
「あっそう。雑に名前つける?」
「結構です。」
「じゃ丁寧に名前つけるわね。」
「結構です。」
映画で見るような明らかなサイボーグが立っていた。腕は火炎放射器から元に戻るところを見れた。ラッキーだね。
ネオンサインが飛んでエージェントの目の前に文字を見せつけた。
エージェントは下水道に落ちているガラス瓶を火炎放射器で加工して、スプリットを作り、目で光らせた。
「どうですか。光が青色にも別れていますよ。」
ネオンサインはスプリットをaに引っ掛けて壊した。
エージェントは理解出来ない様子で止まってしまった。
「エトね、ほら!このネオンサインは青色になりたいんじゃない?」
「青色になるよう加工します。」
ネオンサインのガラス管を割り、同じように加工すると、アルゴンを注入して電極を取り付け形を1つに統一した。
ネオンサインは違う形にされて、光る頭がそこにはあった。
「ふぅ。随分明るいな。」
「アンタ喋った?」
「いいえ。」
「俺だよ。ネオンサインが喋ってるぜ。」
「急にどうしたの?」
「ネオンだと、他のネオンサインを操れる。今のアルゴンだと、喋ることができる。簡単だろう?」
「話せるなら、聞きたいことがあり過ぎるわ。」
「ここはBARだぜ。ゆっくり話そう。」
頭はそのままテーブルに乗っかる。鈿音も元の席に座った。違う側にはエージェントが当然のように座った。
ダンボールの屋根が順調に黒焦げになっていった燃えた天井に穴があき、屋根裏にあったミラーボールが転がり落ちてエージェントの隣のイスに落ちた。
もう一度暗くなった店内は今度は光の水玉模様で明かりを取り戻した。
今度は外から木琴のような軽い音のメロディが聞こえてきた。筐体に乗っているのはバーテンの格好をして、ダンボールを頭に被っていた。
といってもダンボールは加工されてキャップになっている。ダンボールの丸メガネをかけて突き破られたドアを耳のデカい象の筐体に乗ったまま入り込み、無言でネオンサインの隣の席に座った。
(アンタも客かい。)
「じゃ話そうか。何でも聞いてくれ。」
ネオンサインが周りを落ち着かせる青色を放つお陰で、鈿音はこのカオスの中を辛うじて質問を始めようとした。
「いっけなぁーい。遅刻!遅刻!」
明らかなロボットが走ってきたと思えばカウンターの空いているスペースをハードル走のように乗り越えた。
バーテンが到着して、店が完成した。
鈿音は質問する気概を失った。鈿音がツッコミ出来る容量を超えていた。




