第五十二話
「あなた。何で私があなたを変えたのよ。」
「あなたと出会った時から、何だか特別な力を感じたの。権力とは全く違う力を。私は気になるものは全て解明するわ。」
「あらそうなの?」
照珊の言葉が分からなすぎて、とりあえず肯定する鈿音だった。
「さぁーいよいよ、シナリオが進む時が来ました。別れに次ぐ別れ。そしてこれから訪れるのは……別れだ。」
そう言うと、鈿音はいつのまにかプライベートジェットの内部に立っていた。しかし、何処かに席をつこうにも、満席になっている。
「鈿音さん。何で座らないんですか?」
「空席が無いのよ。」
「何言ってるの。沢山あるじゃない。」
鈿音は目を擦る。それでも乗客は消えない。
よく見れば、狐のヒゲのようなものが乗客に付いているのが見える。鈿音はこれが"キツネのハネムーン"だと理解した。
「快適な空の旅をご提供致します。」
キツネは、いつのまにか美琴と照珊、オッチョチョのシートベルトを締めて飛行機の離陸準備をしていた。
「何でこんなことになってるのよ。」
「あなたはここでお別れなんです。」
「どうして?」
「………。」
鈿音はキツネの指鳴らしで機体の外に出ていた。
機内で質問が起こる。
「この飛行機に何で乗せたの?」
「それはね、あなた達がニューヨークに行くからです。」
キツネはパーティーハットを被り、クラッカーを一気に5個も破裂させた。
「はいシートベルト、はい機内食、はい雑誌。」
キツネは雑に、そして高速で機内を往復すると、3人しかいない乗客に、必要不要に関わらずアメニティを渡していった。
確かに、あのプライベートジェットだ。窓は治っているし、CEOはいない。
「どうしてニューヨークに行くの?何故この3人なの?」
オッチョチョが当然の質問をした。
「それはニューヨークに着いてからね、説明します。」
キツネはまた手をパンと合わせると、飛行機ごと3人は消えた。
鈿音は置いてかれたショックで呆然としていた。あまりにも意味不明すぎる。
と思えば、キツネが後ろに立っていた。
「私、置いてかれたわよ。」
「おっしゃる通りで。」
「どうして?」
「あなたには使命があるからです。あなたは美琴さんと会うためなら、私の言うことを実行してくれるでしょう?」
キツネはヒゲをいじりながら、鈿音に詰め寄る。
「使命?」
「あなたの使命、それは『警察制度を崩壊させること』です。つまり、警察官かつ拉致された人を1人残らずこの世界から追い出すのです。」
「何故?」
「それが人間の辿る正しい歴史だからです。彼女たちは、国連世界会議の日本代表として飛び立ってもらった。それも、未来の歴史にある事件と関係があります。」
「私は、この世界を歴史通りに動かすために、あなたの言うことを聞くの?」
「じゃなきゃね、美琴さんには2度と逢えないでしょうね。彼女たちがいるのは要は"次のステージ"ですから。」
「……何なの。あんまりよ。絶対やらないわよ!」
鈿音はキツネの首に掴みかかろうとした。
キツネは"神経縛り"を使って鈿音の動きを止めた。
「いいえ。やるんです。やらなくてはいけない。あなただけにしか頼めない。歴史を正しい方向に修正する。その大役をあなたに託します。」
そう言い残すと、キツネは消えた。
正直、キツネの提案は魅力的だ。歴史を紡いできただけのカメラ。修正はその先の仕事だ。鈿音の現実での人生以上の冒険が待っている。しかし……。
鈿音たちは定食屋に戻っていた。脱出した人、消えた人はもう居なかった。
鈿音は今の話を自分なりにまとめようとしたが、無駄だった。この決断で全てが決まる。
鈿音のぷるウォが怪しく光る。
ぷるウォの名の通り、ぷるぷると振動し始めた。
『大切なものを探す旅へ進みますか。』
『はい』 『いいえ』
揺れる鈿音の心を体現するようにぷるウォも光る。
鈿音は自分の信条を思い返した。
"非現実なことが起こったときは、マンガや映画のキャラクターのように際どい行動をする。"
鈿音は、自分の信条に従えば、答えは出ている。出ていて尚、迷うのだ。
「キノちゃん。どうすればいいの。私は何をすればいいのか分からなくなった。」
「お主がやるべきは、面白くなりそうな方向に、オールベットしてオールを漕ぎ出すことじゃ。」
キノ婆は笑いながら鈿音の背中をさすった。
ぷるウォの『はい』の選択肢を押した。
ぷるウォは柔らかいゲル状の部分が変化していく。
そのまま、ぷるウォの画面を囲うように鳥居の形になって固まった。
「あなたも、そう思うのね。」
「おーい!花くん!」
「今、俺を名前で呼んでくれたのか!斧しか名前を覚えていないと思ってたぜ。」
カツ丼男が鈿音に寄る。
「脱出したいんでしょ。いいわよ。」
鈿音はカツ丼男とぷるウォを触れ合わせた。
「撃ちなさい。」
「嫌だ。斧の作戦も上手くいったのに、仲間同士で撃ち合いなんて。」
「いいえ。私は的よ。あんたを騙すつもりもない。」
実際、鞠雄が脱出した時に、拳銃も消えるので、鈿音は今の丸腰だった。
「チャンスじゃ。お前さんは戦える能力じゃなかろうて。」
キノ婆が協力してくれた。
「何だ。お前らおかしいぜ。」
そう言いながらも、躊躇なくカツ丼男は鈿音を撃った。
カツ丼男はこの世界を光に包まれて脱出した。
「じゃ俺も!」
ミニ四駆男が近寄ってきた。
「あんたはダメよ。野垂れ死になさい!」
ミニ四駆男は呆気に取られた表情で固まった。
「お主、何を始めるつもりじゃ?何に賭けた?」
「私は、私自身に賭けたわ。」
そう言って鈿音は定食屋を後にした。
「そうか。やっと、歩くのか。」
キノ婆は定食屋の入り口で笑顔で鈿音を見送った。
先刻、キノ婆が鞠雄と握手している写真を鈿音は撮った。
キャプテンと楢紅は手を繋いで、鈿音にお別れの挨拶をしに来た。
「僕たちを裏切った事実は消えません。でも、僕はあなたから学んだことは大事にしようと思います。」
「またな!鈿音は友達!」
2人はいい雰囲気で別れよとしていたので、鈿音はこの雰囲気をぶち壊してみたくなった。
楢紅とキャプテンのカップル写真をぷるウォで撮影する。
そして一言。
「言ってなかったけどね、楢紅"くん"は僕っ娘ではなくて、単純に男だから。じゃあね。」
キャプテンの顔がショックで点3つのようになった。
鈿音はその顔を写真で撮った。
笑いながら走った鈿音は2人が完全に見えなくなった後、スクランブル交差点の真ん中まで来ていた。
(私のこれからしようとしている事。私は私がやってみたいことを初めて見つけた。歴史の修正。なんて素敵な仕事。この世界で、戦いに怯えるだけだった私がようやく変わっていける。運命的だわ。)
鈿音は交差点をスキップで渡った。
渡りきったとき、鈿音の顔から笑顔が消える。
(そうよ。出来過ぎてるわ。私の関わるチーム全てに、警察官がいた。私は、引き寄せられたの?ハメられているの?単なる偶然なの?)
斧の言葉が答えるように脳内でこだましてきた。
『キツネの信奉者は怖い相手だ。関わり合いにならない方がいいだろう。だが、もっと怖いのはキツネの使者だ。コイツは情報が全くなく、何をするのか不明。不気味だ。』
キツネのために働く存在。
鈿音は、ふと自分の今の立場を思い返してみた。
明確な役割をキツネから言い渡されたこと。
無意識のうちに、キツネが倒されるチャンスを妨害したこと。
そして、もしかすれば、もしかすると、鈿音だけが、美琴と脳で繋がれたのも怪しい。
自分は美琴と通信を始めたキツネと敵対するAIを牽制する手段なのでは?
そして、この先では美琴自体も牽制しなくてはいけないのでは?
鈿音が美琴に尽くしたのは母性や恋慕ではなかった。
波乗 美琴が未来のAIからの詔を伝える役割を与えられたように、鈿音もまた、キツネの意思を世に伝える役割を与えられたのだ。
鈿音は立っていられない。
「ォォォウッ!ォォォエェェエ〜〜」
吐いてしまった。
ついさっき、確固として抱き始めたアイデンティティはもう崩壊した。
いや、最早自分の過去すらも怪しくなってきた。
自分のこれまでの人生は本当にあったのだろうか。
心臓の辺りにスーーッと冷たいものが走った。
(私こそが、キツネの使者なんだ。)




