第二十三話
鈿音が映画を観ていると、さっきの男が罪悪感に苛まれている様子でしきりに話しかけてくる。
男は誰もこの映画を真剣に観ていないとふんでいるらしい。鈿音にとっては悪手も悪手だ。乙女ゲームでの出会いとしてみればルートが解放されることもないだろう。
「後にして!」
鈿音の言葉に男は衝撃を受けたようだった。
トボトボと離れて素良、楢紅、美琴の3人と話し始めた。
「さっきは許してもらえた風だったのに?」
「僕はあなたの能力を鈿音さんに明かすべきだと思います。」
「知られて困るようなことはできないさ、俺が彼女の能力を把握しているからな。」
「でも…知らせても厄介なことになりません?能力的にも…私が説得します。」
美琴が立ち上がりかけて、肘かけを手で掴んだところを男は静止させる。
「ここは、正直に能力を伝える。ここで躊躇して君に任せたらどんどん君に頼ることになる。僕は君にはキツネを倒すことだけ心配してもらいたい。大丈夫だよ。」
また鈿音の方へ戻ってきて後ろに手を組み胸を張って立つ。
「僕はあなたに正直でいたいです。これから大切な仲間になるはずで……」
「もう!スクリーンの前に立たないでよ!ハブが酒樽に入る良いシーンが台無しだわ!」
「そのポーズ!ハブを酒樽に突っ込む前のイリオモテヤマネコにそっくりだな!」
キャプテンは感心するように声をかけて、男を鈿音の前からまた3人の方へ引っ張っていった。
「これじゃ情報交換も何もできない!」
「じゃあしょうがない。俺はこのままぷるウォのSNSを探る。」
「私は一般に使われているSNSを」
「僕は今までのことをあなたに伝えます。」
「それはそうだ。その格好についてぜひ知りたい。」
「『新婚さんいらっしゃい』みたいだな!気が早いか!」
映画が終わると、鈿音はどっと疲れて寝てしまった。遊園地で一日中過ごしたあとのような感触だ。本来なら疲れを感じない体だが、カートゥーンを観たときの楽しい疲れは別のようだ。
「何でこんなことになってる?起きろ。」
「しょうがない。映画館のスタッフがぷるウォ持ちかも知れない。僕たちで運ぶのが1番安全だ。」
素良と男の2人で鈿音の腕と脚を掴んでスクリーンをでた。周りの視線に対して、少し焦る素良と男。1番の原因である鈿音だけが心地よい寝顔を作っていた。
次の劇場が始まり、人気のない作品のスクリーンで今度は輪を描くように座った。
恋愛映画のようで、参考にしたいのかキャプテンは食い入るように観ていた。他の全員がこの状況は余計なチャチャが入らず理想だと思い、早速話し合う。
「これを。昨日に比べて、現時点でもう20人が脱出した。まずいと思う。このまま不安を煽り続けられたらますます戦いが激化する。」
キャプテンのぷるウォを眺めながら素良は報告を続ける。
「キツネとコンタクトを取ろうとしている者達が結構いた。ほとんどがクレームや殺害予告や狂信的な発言だったが、その中で1人、キツネのデザインをどこで手に入れたのか質問している奴が気になった。」
素良が美琴の方へと視線をやった。美琴もすぐに気づいて小さく頷く。
「この建物や建物周辺で何か起こったか調べました。どこの店もネオンサインの明かりがついたままらしいです。それも明るい内から。ぷるウォの能力だと考えるべきだと思います。」
「よし!鈿音さんに改めて自己紹介をしようと思う。僕は、根戸 鞠雄 {ねと まりお}という。警察官だ。年は25才。」
「僕の趣味はゲームだ。アイコンは"P1"要はプレイヤー1を示している。能力は
〈無意識下で自分にとって理想的な行動をする〉
というものだ。気を悪くして欲しくないが、あなたを突き飛ばしたのも無意識のうちだった。この能力かあなたに反応していたんだ。」
「……ずるいわ。すごく強いじゃないの。」
「あくまで僕個人の身体的に可能なことしかできない。それに、たまにミスすることもあるんだ。無意識のうちに勝手にミスされるから困る。さっきのあなたへの行動もミスだと考えている。」
「…本題に入りましょう。キツネをどうやって倒すの?」
「まだ情報が足りない。明確に。だから確信を持てたら伝える。これは、素良さん、楢紅くんにも分かって欲しい。」
素良と楢紅は頷く。鈿音はキャプテンの方をチラッと見た。キャプテンの頬をつたる涙の線が、映画の光ではっきりと見えた。もはや鈿音たちに比べて圧倒的に世界に入り込んでいる。鈿音は安心した。
『いとこはドライよ』
親戚の集まりのたびにドライな対応をしてくる従姉妹。
好きだから態度が変わるというわけでもなく、全員にドライだった。
しかし、主人公は従姉妹に色々な共同作業を持ちかける。
最初はほとんど主人公が1人で作業をこなすも、段々と従姉妹も協力するようになりその関係を深めていく。
互いの学校で、街で少しずつ変化していく人間関係。
2人は『ケーキ入刀の共同作業も一緒にやりたい』という主人公のプロポーズにくっつくことになるが、今度は親戚全員からドライな対応を受けるのだった。
「俺!絶対に!どんな反対があろうとも!君を幸せにする!」
上映終了と同時にスクリーン全体が明るくなる。キャプテンが輪を描く5人に近づいてきていた。涙と鼻水の透明な線が、歩いてきたときの空気抵抗で後ろにそれていた。
それを見て鈿音は笑いそうになる。
「これで拭いてください。」
楢紅がポケットティッシュを手渡す。涙の線は、楢紅が拭いた。一連の行動がなかなか様になっていたのが可笑しくて鈿音が吹いた。
スクリーンを出ると、ちょっとした騒ぎが起きていた。そのはずだ。チケットを購入するロビーは床もその他の場所もポップコーンだらけになっていた。
「このフロアから逃げよう。みんなケガをしたフリをして階段に向かうんだ。ぷるウォ持ちだと怪しまれてはいけない。」
鞠雄が片目を抑えた。素良は肩をさすり、美琴は足を引きずりながらも急いでいるふうに歩く。
キャプテンと楢紅は肩を組んで二人三脚をしていた。
鈿音は近くにいた『なんくるなくもないさー』のシャツを着た子供を盾にしながら歩く。
ぷるウォをつけていたのは赤と白の縦縞模様のシャツを着た縁起の良さそうな男とノートパソコンを開いている男だ。戦いの最中らしい。
鈿音が盾にしていた子供の首には、ポップコーンの入れ物の容器がぶら下がっていた。『なんくるなくもないさー』のマングースの頭型だ。マングースの頭がピクピクと動くのを鈿音は見た。
鈿音の嫌な予感は的中した。入れ物の容器ごとポップコーンが破裂して子供は吹っ飛び、その脇腹をしっかり掴んでいて鈿音も同じく吹っ飛ばされた。
鈿音が電光掲示板にぶつかるも、無事だったところを戦っている2人ははっきりと見たのだった。
普通の人間なら割れた電光掲示板の剥き出しの回路に感電するはずだからだ。
「あの女もぷるウォを持ってそうだな。一応ぷるウォのカメラで写真撮っとくか。」
縁起の良さそうな男が鈿音に向かってぷるウォを向けようとした。しかし、腕が上手く上がらない。
振り向くと、ポップコーンの中から自分の腕を掴む者がいた。
鞠雄のぷるウォが触れ合っていたのだった。




