■七月七日 拉太の処遇
オレ、喇叭拉太っていうんだ。
ちょっとばかり、オレの話しを聞いて欲しい。
うちの家族が住んでたのは、カストリ皇國のまんなかへんにあるリリアン市ってとこの下町だ。
小さな軍需工場が集まっていて、貧しい平民ばかりが、肩を寄せ合って暮らしている。
そんなところだから、うちの學区から出るロール持ちは少ない。
うちの白鼠学区には、毎年、百五十人くらいの新入生がいる。
その中で、ロールが与えられるのは僅か1~2名で、他はみんな『モブ』判定だ。
オレには、辣人っていう、一歳年上のアニキがいる。
アニキが小學校に入ったとき、ロールを与えられたのは、アニキ一人だけだった。
アニキのロールは『乱波』。
敵方に忍び入って夜討ちをかけたりする義賊系のロールだ。
うちの學区の神使は、白鼠様。
前世は人間で、義賊の鼠小僧として、勇名を馳せていた。
だから、うちの學区から出るロール持ちは、義賊系ばかりらしい。
アニキがロール持ちになったことに驚いていたら、翌年に入學したオレまでロールを貰った。
やっぱり、義賊系で、『海賊』っていうロールだった。
みんな、『おめでとう』って、祝ってくれる。
だけど、誰一人、それが本当の意味で『おめでたい』ことだなんて思っちゃいない。
だって、このまま、トラウマイニシエーションを経て、鹿鳴館學園に入學したら、ほぼ間違いなく生きて帰って来れないからだ。
うちの場合、男二人兄弟で、その二人が揃って、ロール持ちなんかになっちまった。
父ちゃんや母ちゃんが年老いたときに、面倒みる者も、いないってことだ。
そんなことを気にしていたら……オレのロール判定があった日の夜、父ちゃんと母ちゃんが、アニキとオレに向かって、極秘だと言いきかせたうえで、とんでもないことを話し始めた。
カストリ皇國の東には海があり、八つの海賊団がそこを根城に活動してきた。
海賊にも色々あって、皇國の海軍にあたるような義賊団から、無頼の徒が集まる盗賊団まである。
うちの家は、海賊の中でも最も高潔な、『金平水軍』の郎党なのだそうだ。
それも、『喇叭吹き』だという。
戦場の号令係を指す言葉で、軍隊でいえば、軍師にあたる。
オレが生まれた翌年、『鉤の鉤爪』っていう大物語があった。
前皇帝から現皇帝への政権移譲の中で、行き場を失った平民たちの怒りを、時の義賊や海賊たちが代弁する形で、大規模な反乱が起こし、破れた。
その際、『金平水軍』は、反乱を率いた義賊の英雄鉤船長から、『鉤の鉤爪』と呼ばれる神器を託された。
「やがて来る義賊復興の時に備えて、こころざしある者たちを各地に雌伏させ、その新たな指導者に、この『鉤の鉤爪』を渡して欲しい」と――。
『金平水軍』は、郎党を二分し、義賊復興の時に備える者たちが各地に散った。
そして、我が喇叭家は、『金平水軍』の雌伏組を任された。
父ちゃんは、そう言って、家の床下に隠していた『鉤の鉤爪』を、アニキとオレに見せてくれた。
アニキとオレが、二人揃ってロールを得たことには、必ず意味がある。
時が来るまで、研鑽に励むようにと、母ちゃんから命じられた。
父ちゃんは、リリアン市の市民プールで、古式泳法の指導員をしていた。
甲冑泳法、水中格闘術、立泳射撃、そして操船術まで、教えていた。
アニキとオレは、そこに通って、身体を鍛え、技術を学んだ。
二年前、事件が起こった。
アヤトリ市の破軍岬にある『金平水軍』本家の海城が、『河童水軍』の奴らに襲われたんだ。
『河童水軍』の夜襲で、金平本家の方々は、拷問のうえ惨殺された。
確かな情報ではないが、ただ一人、オレと同学年の金平糖菓姫様だけが生き残って、身を隠しているという情報が伝わってきた。
再度、家族会議が持たれた。
母ちゃんは、「お前たち二人のロールが消えてない以上、姫様は生きておられる」と断言した。
姫様が、ロールの導きにより鹿鳴館學園に入学して来られるという前提で、父ちゃんが今後の方針を決定した。
『乱波』ロールの辣人アニキが、『鉤の鉤爪』を隠し持って、學園に入學する。
そして、アニキの一年後輩として入學されるであろう姫様と接触を図る。
『海賊』ロールのオレは、事故死を偽装する。
そして、アヤトリ市に向かい、宿敵の『河童水軍』に潜入する。
☆
辣人アニキは、糖菓姫様を発見し、『鉤の鉤爪』を渡すことに成功したそうだ。
ただ、アニキは、ロールを、義賊系の『乱波』から、魔族四天王の一人である『黙示禄の喇叭吹き』に書換えられてしまった。
オレは、『河童水軍』への潜入し、情報を得ることに成功した。
そして、この六月、姫様は、オレの手引きにより、宿敵である『河童水軍』を討ち倒し、亡くなられたご家族と、一族郎党の仇を取られた。
オレが驚いたことが、いくつかあった。
まず、糖菓姫様のロールが、義賊系ではなく、『スクール水着魔女っ子』だったこと。
姫様自身は、本当は『海賊』になりたくて、そのロールが得られなかったことを恥じておられる。
本来、民衆の味方であるべき怪盗義賊系のロールが、為政者たちにより不当に悪役に貶められていることに憤慨しておられる。
そして、今後、怪盗や義賊の復権に取り組むと、決意してくださっている。
次に、糖菓姫様が、オレの同級生と親友になっていたこと。
さっき、うちの白鼠学区には、毎年百五十人くらいの新入生がいるけれど、ロールを得るのは1~2名しかいないって説明したよな。
実は、オレと同学年には、ロール持ちが三人も出た。
オレ――喇叭拉太――が『海賊』。
転貂手鞠さんって女の子が、『くノ一』。
そして、儚内薄荷っていうのがいて、こいつ男のくせに、『魔法少女』なんてロールを貰った。
この薄荷がだよ……『セーラー服魔法少女』なんてものになってやがった。
オレの一推しは、断固として糖菓姫様だ。
これは揺るがない。
だけど、薄荷のやつ、男のくせに、なんでこんなにカワイイんだよ。
んなこたぁ、どうでもいい。
ここで、言いたいのは、糖菓姫様と薄荷が、オレの助命嘆願を、懸命に働きかけてくれたってことだ。
なんで『助命』かって?
鹿鳴館學園への入學って、ロールを得て、トラウマイニシエーションを経た、カストリ皇國民の義務なんだ。
もし、入學条件を満たしていながら、何らかの方法でこれを逃れたら、それは兵役逃れと同じ扱いになる。
つまり、極刑だ。
オレは、『河童水軍』を打ち倒した後、拘留され、大陸横断鉄道で皇都トリスへ連行された。
オレとしては、課せられた使命を果たせたことに満足していた。
どうせ、學園に行ったって、まず生き残れやしない。
だから、大人しく覚悟を決めて、刑の執行を待っていた。
ところが、その間に、糖菓姫様と薄荷が、鹿鳴館學園の學園長や、皇國軍の参謀に、オレの助命を、懸命に働きかけてくれていたんだ。
糖菓姫様と薄荷は、八月一日に開催されるイベントへの協力と引き換えに、それを勝ち取った。
その取引の結果、『オレは、実は、ちゃんと鹿鳴館學園に入學していて、四月からずっと學園に通っていた』ということになった。
☆
今日、糖菓姫様と薄荷が、勝ち取った、オレの赤紙と制服と生徒徽章を持って、わざわざ皇都トリスまで迎えに来てくれた。
薄荷なんて、オレのために、科學戦隊の訓練を、一日休んでくれたらしい。
二人から、これから一緒に學園に向かうから、先に制服を着るようにと言われた。
――ちょっと待て。
この制服オカシイぞ。
上は普通に男子生徒用の詰め襟學生服だけど、下がなんでスカートなんだよ。
普通の女生徒用スカートで、上着と同じ紺色で、ちゃんと膝下丈。
って、そんな問題じゃないよな。
言っておくが、オレは、海賊暮らしにより、全身真っ黒に日焼けしている。
タッパも、肩幅もあり、肉体労働により、ガッチリ引き締まった身体だ。
角張った男顔に、刈りあげた短髪で、喉仏もある。
間違っても、スカートが似合ったりしない。
これじゃ、どこから、どう見ても、ただの変○者にしか見えない。
生徒徽章に手を翳してみた。
皇立鹿鳴館學園 魔法少女育成科 一年
喇叭拉太 男
ロール:魔女見習い ← 海賊
注記①:懲罰として、制服スカート着用のこと。
②:スクール水着魔女っ子の保護責任下に置く。
「魔女見習いって、なんだよ、これ……」
糖菓姫様に不満をぶつけたら、「えへへ」と、力なく笑われた。
「死刑にならずに済むんだから、そこは諦めて。この制服は、罪を明確にし、逃げ隠れできないようにするためなんやて。それから、拉太が學園から逃げ出したりしたら、うちが代わりに極刑なんやて。」
姫様に、そんなこと言われたら、もうなにも言えない。
薄荷からは、「ぷぷっ、くふくふ。やっと、仲間ができた」と、楽しそうに笑われた。
薄荷は、オレなんかより、もっとずっと恥ずかしい恰好をさせられているから、やっぱりなにも言えない。
それに、オレは、下着の指定なんてないし、平民男子寮で、男子トイレ、男子風呂の指定だからまだましだ。
薄荷なんて、下着まで女物に決められていて、平民女子寮で、女子トイレ、女子風呂の指定だから大変だ。
ただ、薄荷は、トイレと風呂については、勝ち取った職員用部屋のものしか使ってないそうだ。
ちなみに、オレの下着は、ガキの頃から赤褌だ。
フェロモン諸島の海賊はみんなこれだ。
海に入るときだって、赤褌一丁だ。
薄荷から、「これ、返しとくね」と渡されたものがある。
アニキに預けておいた、オレの木刀だ。
ガキの頃からのお気に入りだ。
柄に、拙い文字で、『らっぱらった』と書かれている。
子供の頃のオレは、腕白小僧で、海賊船に見立てたジャンルジムのてっぺんに登っては、この木刀を振りかざし、「海賊皇にオレはなる」と宣言していた。
あの頃は、長刀だと思い込んでいたが、実際は、短刀並みの長さしかない。
オレは、その木刀を受け取って、鞘の飾りを押しながら、ブンと振る。
すると、木刀の中に仕込まれていた白刃が、ギシッと飛び出した。
薄荷が、「えっ!」と驚いている。
オレは、呆れた。
「なんだ、ずっと預かってたくせに、気がつかなかったのか? おおかた、子供用のおもちゃとでも思ってたんだろ。これ、ちゃんとした護身用だぜ」
オレは、木刀の柄についている飾り紐を、赤褌に結び、スカートの中に隠した。
☆
スカートで、街中を歩く。
蔑むような視線が、オレに集まってくる。
ただし、オレがギロリと睨み返すので、イチャモンつけてくるようなヤツはいない。
それに、蔑むような視線は、オレだけじゃなく、糖菓姫様や、薄荷にも向かっている。
糖菓姫様はスクール水着にバスタオルポンチョだし、薄荷はピンクのミニスカ・セーラー服だから、当然そうなる。
ただ、二人は、そんな視線を浴びることに慣れっこのようで、平然と歩いてる。
『二人とも、強いな』って思った。
オレは、この二人を護ると決めている。
だから、オレも、この恰好で、胸を張って歩こうと思う。
オレたちは、皇都トリス駅から、東へ向かう大陸横断鉄道に乗り込む。
オレと糖菓姫様は、すぐ次の鹿鳴館學園駅で降りる。
薄荷は、このまま科學戦隊基地駅に向かい、訓練に戻るそうだ。
『服飾に呪われた魔法少女』は、糖菓姫様と薄荷以外に三人いる。
その三人は、近々、所属している部活の、夏合宿に行ってしまうらしい。
糖菓姫様は、その間に、成し遂げたいことがあるそうだ。
學園内を一緒に歩きながら、糖菓姫様は、現状と、これからのことを、オレに話してくれた。
まず、辣人アニキは、ロールを、義賊系の『乱波』から、魔族四天王の一人である『黙示禄の喇叭吹き』に書換えられてしまった。
他に数人いた、水泳部の生き残り、つまり『金平水軍』の残党たちも、アニキの配下として、ロールが書換えられてしまった。
そして、その全員が、怪盗義賊育成科から魔王魔族育成科に学科を変え、姿をくらましている。
一方、敵対していた水球部の生き残り、つまり『河童水軍』の残党たちも、藪睨謀に率いられて姿をくらませている。
こちらは、怪盗義賊育成科に籍を置いたまま、怪盗義賊育成科の中で悪事に手を染めた連中をかき集めて仲間を増やそうとしている。
姫様は。學園長の承認を得て、オレに手伝わせて、部員数ゼロとなった、學園水泳部の再建を図るという。
姫様が部長、つまりキャプテンで、オレが副キャプテンだ。
「うち、創部以来初めての『泳げない水泳部キャプテン』なんよ」と、姫様が胸を張る。
「うちは、この新水泳部から、怪盗義賊の復権を果すんよ。拉太、聞いて。學園では、兼部が認められているん。そして、新水泳部には、泳げなくとも入部できるんよ。うちと、拉太で、これから、民衆の味方である、心正しき義賊や怪盗であらんとする者を、新水泳部に集めるんよ」
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■七月八日 温泉お色気仲居修行 起 撮影
科學戦隊レオタン隊員五名への、教育と訓練が始まった。
カストリ皇國軍から、科学戦隊の『お色気ピンク』となることを命じられた、ボク。
教育は何とか熟せるけど、訓練はダメダメだよ。
体力や運動神経のなさも問題だけど、ボクとしては、自分に『お色気』が決定的に欠けているからじゃないかって、思い悩んでる。
だから、ボク、とある行動に出ることにした。