■七月六日 温泉合宿大作戦 起 撮影
♥♥♥服飾に呪われた魔法少女テレビシリーズ
♥♥♥第六話 温泉合宿大作戦 起
オレの名前は、菖蒲綾女。
『運動部衣装魔法少女』だせ。
オレたち『服飾に呪われた魔法少女』は、『科學戦隊レオタン』とともに、皇立鹿鳴館學園の生徒でありながら、皇国軍に徴兵されたんだ。
学業と並行して、六月から八月までの間に予定されている四回の巡業活動をこなせば、除隊できると聞いてるぜ。
六月二八日、東のフェロモン諸島における撮影がクランクアップ。
七月一日、アヤトリ市駅を國軍の軍用車両天罰号で出立。
そして、七月五日、天罰号は、科學戦隊基地駅に到着した。
貨車に積み込んでいる戦闘車両のメンテナンスが必要なため、天罰号はここまでだ。
メンテナンスと併せて戦闘車両の運用訓練も予定されているため、『科學戦隊レオタン』の隊員も、この基地に残る。
『セーラー服魔法少女』の儚内薄荷ちゃんについても、科學戦隊の『お色気ピンク』を兼任しているため、居残りだぜ。
薄荷ちゃん以外の『服飾に呪われた魔法少女』については、一旦學園に戻って、学業に勤しめとのことだ。
なので、オレと、『スクール水着魔女っ子』の金平糖菓ちゃん、『文化部衣装魔法少女』のスイレンレンゲさん、そして、『舞踏衣装魔法少女』の宝生明星様の四人は、その日まで、天罰号で車中泊し、翌朝、學園への帰途についたぜ。
大陸横断鉄道の国営列車である煩悩号に乗り換えて、鹿鳴館學園駅で下車。
駅前で乗合木炭バスに乗車し、やっとこさっとこ、學園の學生寮へ。
オレとレンゲさんと明星様は、貴族女子棟住まいで、糖菓ちゃんは平民女子棟住まい。
本当は、寮の敷地に入ったところで分かれても良かったのだが、貴族三人で平民女子棟の居室まで糖菓ちゃんを送って行った。
糖菓ちゃんは、小柄で体力もない。
そのうえ、今回の撮影は、出ずっぱりだったから、見るからに疲労困憊していた。
半分眠りながら、ふらふら歩いている。
自分の荷物も持てない様子だったので、オレが運んでやったぜ。
あの様子では、これから数日は、まともに動けないんじゃないかと思う。
☆
三人で、貴族女子棟のエントランスに入る。
約束通り、白金鍍金第二皇子と、その許嫁である芍薬牡丹様が、待っていたぜ。
実は、昨日、科學戦隊基地に、オレを指名して、鍍金皇子から電話があったんだぜ。
その電話内容は、明星様とレンゲさんに、改めて、自分たち二人を、紹介して欲しいというものだった。
これまでの経緯で、『服飾に呪われた魔法少女』は全員、鍍金皇子とは、とっくに面識がある。
だけど、牡丹様とは面識がないし、明星様とレンゲさんへ、お願いしたいことがあるので、きちんと場を設けて欲しいとのことだ。
鍍金皇子は、庭球部のキャプテンで、牡丹様もオレも、庭球部員だ。
だから、オレは、鍍金皇子とも、牡丹様とも、仲良くしてもらっている。
牡丹様って、つり目がちで、気位が高く、庭球部での後輩指導は厳しい。
だけど、周囲への気遣いができ、話してみると優しい方だと分る。
誤解を受けやすいタイプだ。
貴族女子棟のレストランに予約しておいた個室で、向かい合う。
初対面となる、牡丹様を、オレが、紹介してから、話しが始まった。
口を開いたのは、牡丹様だった。
☆
牡丹様は、『令嬢の転生』物語において、薄荷ちゃんこそが、ヒロインの『転生令嬢』だと見做されており、自身がこれに対立する『悪役令嬢』である、ということから話し始めたぜ。
この役どころにより、牡丹様は、相対すれば、薄荷ちゃんを敵視してしまう。
実際、薄荷ちゃんが、目の前にいれば、意地悪を言い、虐めてしまう。
だけど、物語に悪役を強要させられることは、自分の本意ではないし、到底納得できないという。
これまでの経緯で、召喚勇者、神殿教皇、そして騎士団は、『服飾に呪われた魔法少女』を、はっきり敵だと見定めた。
ことに、『服飾に呪われた魔法少女』の中でも、薄荷ちゃんは、『転生勇者』のロールを得ていることから危険視されている。
だから、彼らは、物語上の必然性があるタイミングで、薄荷ちゃんを亡き者にしたいと考えている。
特に、教皇は、薄荷ちゃんを毛嫌いしている。
『男の娘』という在り方を、天津神の摂理に反するものと考えているみたい。
逆に、『服飾に呪われた魔法少女』を擁護する立場にあるのが、御社と、皇國軍。
だけど、足並みは揃っていない。
御社は、白鹿様をはじめとする神使様の意思が絶対だと考えている。
つまり、神々の意思で展開する物語に、介入するつもりがない。
一方、皇國軍は、薄荷ちゃんを救ため、『令嬢の転生』物語に係わらないよう、介入すべきだと考えている。
皇宮は、薄荷ちゃんの敵の巣窟なのだから――。
「わたくしの父、芍薬矍鑠元帥は、薄荷さんを學園の前期末舞踏会に、行かせてはならないと、考えています。行けば、薄荷さんは確実に殺されると――」
「でも、わたくし、父である矍鑠のこの判断には、私情が入っていると感じています。父は、わたくしを鍍金皇子の正室とし、鍍金皇子を次代の皇帝とすることで、自分の娘を皇后にしたいのです」
「ですが、わたくしの考えは、父とは異なります。わたくし、父である矍鑠が何をしようと、物語の根幹を変えることは不可能だと考えています。そして、わたくし、ヒロインいじめの結果として、追放エンドや、処刑エンドになるのは、いやなのです。ですから、わたくしが鍍金皇子の側室にさえなれるのであれば、正室の座は薄荷さんにお譲りして構わないのです」
「薄荷さんを鍍金皇子の正室に据えることだけが、薄荷さんを生き延びさせる道です。そして、それだけが、カストリ皇國を混乱に陥れることのない唯一の道です」
思いも寄らなかった、牡丹様からの発言に、明星様とレンゲさんも、目を丸くしていたぜ。
レンゲさんは、混乱している。
「お考えを拝聴シテ、正直驚いたデス。ワタシ、牡丹様は、ロール通りの、根っからのワルモノだと思い込んでいたデス」
明星様は、思わず訊き返していたぜ。
「それに、牡丹様、本気ですか? 仰るようなことをされたら、口さがない者たちは、公爵令嬢ともあろう方が、平民の、しかも、女ですらない者に負けたと、嘲笑うことでしょう」
牡丹様は、にっこりと笑ってみせた。
「それが、どうしたと言うのです。薄荷さんが王妃になったとしても、子は産めないのです。この皇國の皇子となり、そのまた次の皇帝となるのは、側室であるわたくしの子なのです。その時、この國の実権は、わたくしの元にあります。従って。何の問題もありません」
オレ、正直、スゴイ覚悟だなって、思ったぜ。
「そこで、明星さん、レンゲさん、そして綾女さんの協力をあおぎたいのですわ」
レンゲさんが、首を傾げる。
「糖菓ちゃんに、話しを持ちかけなかったのは、どうしてデスか?」
「このお話しって、愛憎や欲得の渦巻く貴族社会に育ってきたものでなければ、理解できないのではありませんか? 平民として育ってきた無垢な女の子に、聞かせるお話しではないと考えました。それに、わたくしの思い過ごしかもしれませんが、薄荷さんと糖菓さんって、お二人自身が気がついていないだけで、互いに恋心を抱いてらっしゃるのではありませんか?」
オレは、納得しちまったぜ。
きっと、牡丹様の言う通りだ。
オレなんて、學園に入學してからこっち、自分のことだけで精一杯で、何にも見えていなかった気がする。
女四人で顔を見合わせて、頷き合う。
その良い雰囲気を、鍍金皇子がぶった切る。
「だが、しかし、薄荷は、俺様のものだ。権力と、暴力を行使しても、糖菓とやらはもちろんのこと、他の誰にも譲らん」
『はいはい、そうですか』と呆れるけれど、これくらいでなければ、『令嬢の転生』物語の攻略対象は務まらない気がする。
「つまりだ、薄荷を、七月末の前期末舞踏会に、ヒロインとして送り出して欲しいってことだ。このままだと、矍鑠元帥の思惑通り、『服飾に呪われた魔法少女』と、『科學戦隊レオタン』は、南のジャングル風呂地帯における番組撮影に参加させられて、必然的に舞踏会には出席できなくされてしまうからな」
鍍金皇子は、続いて、學園の夏合宿について、話し始めた。
☆
皇立鹿鳴館學園は、部活動が盛んだ。
部活の数が多いだけでなく、兼部も推奨されている。
部活動は、様々な物語に直結している。
そして、部活ごとの力関係や、部活内での立ち位置が、生徒本人の生死を分ける。
鹿鳴館學園の部活は、夏合宿が義務づけられている。
それは、エンターテイメント性の高い、ライトな物語において、夏の『温泉+水着イベント』が必須だからだ。
部活数も兼部も多いことに配慮し、夏合宿の日程と宿泊先は、生徒会主導で管理される。
開催日は、七月後半のAグループ、八月前半のBグループ、八月後半のCグループのいずれかとなる。
宿泊先は、南のジャングル風呂地帯にある、提携している五つのホテルのいずれかとなる。
すなわち、ホテルアバンチュール、パッションホテル、フェスティバルホテル、ホテルエキサイティング、ホテルタブーのいずれかだ。
――う~ん、どうでもいいことだけど、
ホテルの名前が、どれも、なんかヘンだぜ。
ラブなホテルみたいな……。
夏合宿の開催日グループ区分と、利用ホテルは、全クラブキャプテンが参加して行われる、『あみだ籤大会』で決定される。
ただ、この『あみだ籤』については、學園内外の様々な組織の思惑が絡み合い、不正や、裏取引の噂が絶えない。
言い添えると、學園について、四月から七月は前期授業期間で、夏期授業休止期間は八月だけであることも忘れてはならない。
學園は、前期授業期間中の七月に開催されるAグループ夏合宿に参加する生徒のために、八月の前半と後半に二回も、補習まで開催している。
補習が二回あるのは、AとB、AとCの二グループの部活を兼部している生徒への配慮だ。
ちなみに、兼部数が多く、A、B、C三グループの合宿に参加する場合は、自己責任で、二月の試験に臨めということだ。
で、だ。
今年の、Aグループには、『服飾に呪われた魔法少女』に関わりあいのある部活や、関連部活ばかりが、不自然なほど集まっている。
その詳細については、あとで、各自確認してくれ。
ここで話すべきは、どうしてそう仕組まれているのかだ。
前期末舞踏会は、七月三〇日に開催される。
そして、Aグループの合宿は、遅くとも通常七月二四日までに終了する。
合宿終了後、大陸縦断鉄道での移動を考慮しても、全生徒が舞踏会に間に合うように考慮されているのだ。
恐らく、『服飾に呪われた魔法少女』たちは、所属部活の有無に拘わらず、この合宿期間内に、南のジャングル風呂地帯に赴くことになるものと考えられる。
そして、物語展開に巻き込まれ、七月三〇日の舞踏会までに學園に帰って来れなくなるか、でなければ、七月三〇日の舞踏会へ向けて、何かをさせられることになるのだろう。
俺様と牡丹は、物語側のこの目論見を逆用したいと考えている。
ジャングル風呂地帯で、準備を整え、相手の意表を突きながら、万全の体制で、舞踏会に臨みたい。
つまり、これは、學園二年生の大物語『令嬢の転生』から、一年生の大物語『服飾の呪い』への共謀のお誘いだ。
受けて、もらえるだろうか?
オレと、レンゲさんは、明星様の方を見た。
オレたち、『服飾に呪われた魔法少女』は、とっくに、明星様をリーダーだと認めている。
オレも、レンゲさんも、明星様の決定に従うつもりだ。
明星様は、鍍金皇子に、こう答えた。
「薄荷ちゃんが、何をするにしても、誰を選ぶにしても、物語に強要されるのではなく、あくまで本人の意思であるべきだと思う。それは、薄荷ちゃんだけでなく、僕ら『服飾に呪われた魔法少女』全員に言えることだよ。だから、共謀のお誘いに応じよう」
☆
別れ際、牡丹様が、鍍金皇子に囁く声を、オレだけが聞き取った。
「わたくしは、悪役令嬢らしからぬ、悪役令嬢です。ですが、実のところ、わたくしなどとは比べものにならないラスボスが、薄荷ちゃんの身近には、いらっしゃるのですけどね……」
~~~ 薄荷ちゃんの、ひとこと次回予告 ~~~
■七月七日 拉太の処遇
鹿鳴館學園への入學って、ロールを得て、トラウマイニシエーションを経た、カストリ皇國民の義務なんだよ。
だから、入學条件を満たしていながら、『河童水軍』を打ち倒すためとはいえ、これを逃れた拉太は、兵役逃れと同じ扱いになっちゃう。
つまり、極刑だよ。
糖菓ちゃんとボク――薄荷――は、鹿鳴館學園の學園長や、皇國軍の参謀に、拉太の助命を、懸命に嘆願していたんだ。