イルピン市街戦4 3月2日
ルキヤンとオレーナ達は、息を合わせたまま指を引き金にかけた。
黒い影が角を曲がった瞬間、二人の銃口が同時に跳ね上がる。
「撃てーー!!」
ルキヤンの低く短い声が、狭い階段室内に響き、それは上に伝わる。
二発、三発抑制された銃声が連続し、影の体が壁に叩きつけられるように仰け反る。
暗いコートの裾が翻り、何かが硬い床に落ちて転がる音がした。
オレーナは、すぐに銃口を下げず、影の動きを見極めようとわずかに身を乗り出した。
「…………動かないわ」
ルキヤンも同じく、わずかに息を吐きながらも照準を外さなかった。
影は、壁に寄りかかるようにして崩れ落ち、動かなくなった。
だが、二人とも、すぐに連中へと駆け寄ろうとはしなかった。
それは、階段の曲がり角という不利な位置をよく知っているからだ。
もう一人、あるいはもっと上に緑色の迷彩服を着ているスペツナズ隊員がいるかもしれない。
そう考えるオレーナは、慎重に動き、小さく顎をしゃくった。
「私が見る、カバーして…………」
オレーナの言葉に、ルキヤンは無言で頷き、銃口をさらに上の階へと向けた。
「分かった」
「行くわよ」
ルキヤンは、オレーナが慎重に階段を登るのをAK74Uで援護した。
閉鎖空間である廊下での銃声は、屋外よりも、はるかに耳をツンと刺す残響を残す。
それにより、上階から絶え間なく、敵味方による銃撃戦が展開されていることが分かる。
二人は急がず、静かに動き、二階の左右を確認しようと、曲がり角から少しだけ顔を出した。
「敵だっ!? 撃ち殺せっ!」
「ぐわっ! ぐぼお…………」
右側から、味方の悲鳴や怒声とともに、銃撃音が辺りに木霊し、ルキヤンは耳鳴りがした。
「スペツナズか? くっ! このおおーー!」
その部屋にAK74を左右に乱射して、ルキヤンは敵兵士を撃ち殺そうとした。
銃弾が切れると、消毒液と硝煙の匂いが混ざり合い、それが鼻を突く。
「助かった…………」
「敵は三人か?」
「新米が死んだな? はあ」
テーブルやソファー等を楯にしていた味方兵士たちが、ルキヤンに感謝した。
「敵は密かに侵入してきているっ! 気をつけてくれ」
「ルキヤン、無茶しないで」
ルキヤンは背後から聞こえる、オレーナが発する声が室内で、わずかに震えているのを感じる。
彼女は、廊下の角に身を寄せ、AK74Uを下げたまま、低い声で続ける。
「こっちはまだ確認できてないの…………焦ったら終わりよ」
オレーナは、ドア付近から顔を出して、廊下を確認するが、その小さな声が静かな室内に響く。
ルキヤンは短く息を吐き、弾倉を交換すると、金属の乾いた音が、閉鎖空間に冷たく響く。
「わかってる…………だが、三人は倒したっ! 残りの動きが気になる」
室内では、生き残った味方兵士がテーブルの陰から身を起こし、手早く再装填を始めていた。
新兵が倒れた場所には、すでに動かない影があるが、誰も触れようとしない。
廊下から、再び銃声が連続して聞こえたが、今度はより近く、より激しい。
床がわずかに振動したため、外からの砲撃か、手榴弾が爆発したかと、皆が思う。
「どうやら、二階の西側から侵入してるみたいだ」
遠くから聞こえる足音に注意する味方の一人が、息を切らしながら報告した。
「スペツナズは最低でもあと四、五名…………それに…………何か、重い足音がする」
味方兵士が話すと、壁際に立つ、ルキヤンの眉がわずかに寄った。
「重火器兵か」
険しい顔つきになるルキヤンの呟きに、オレーナが静かに頷く。
「RPGか? それとも、PK機関銃…………どちらにせよ、このままじっとしてたら押し切られる」
二人は視線を交わしたが言葉はいらない、狭い階段室を、もう一度上がるしかない。
ルキヤンが先に飛び出ると、オレーナがすぐ後ろに続いた。
壁に沿って慎重に移動し、二階の廊下へ、右側の部屋からは、まだ硝煙が流れ出している。
左側は暗い、窓の外では、遠くで何かが爆ぜる音が木霊した。
「左だわ」
オレーナが小さく囁く、廊下の奥、曲がり角から向こうに、わずかな動きがあった。
緑色の迷彩が、暗闇に溶けるように消えると、ルキヤンはすぐに銃口を向け、短く叫ぶ。
「接触っ! 左前方だっ!」
同時に、オレーナが側面をカバーする。
二発、三発と抑制された銃声が連続し、壁に無数の弾痕が走る。
向こうからも即座に応射があり、弾が頭上を掠め、コンクリートの欠片が降る。
どうやら、敵はPKP機関銃を撃っており、その大きな射撃音が連続で鳴り響く。
「くっ! …………」
ルキヤンは身を低くし、弾倉を確認する間もなく、さらに前進した。
だが、その行動を直ぐに、オレーナが後ろから鋭く止める。
「待ちなさいっ! 誘導よっ!」
その瞬間、曲がり角よりも向こうで、重い金属音が鳴った。
何かが床に置かれる音、そして、短い反響音が廊下に響き、オレーナの顔色が変わった。
「手榴弾…………! 下がって…………」
オレーナが叫ぶと、ルキヤンも同時に身を翻し、直前の部屋へ飛び込んだ。
味方兵士たちが驚いた声を上げる中、廊下で爆発音が轟いた。
「ぐあわっ!?」
「きゃっ!?」
強烈な衝撃波が壁を揺らし、埃と破片が室内に舞い込んだ。
耳鳴りがする、しかし、ルキヤンはすぐに立ち上がり、オレーナの肩を掴んだ。
「無事か?」
「…………大丈夫っ! でも、このままじゃ時間の問題よ」
彼女は、AK74Uの銃口を再び廊下へ向けながら低く続けた。
「左側を押さえないと、この建物全体が敵の手に落ちるっ! ルキヤン…………」
「わかってる」
オレーナの言葉に、ルキヤンは弾倉を確認し、短く息を整えた。
そして、呆気に取られたまま、動けないでいる味方に目配せをする。
「二人残って、この階を固めろっ! 俺たちは上に行く」
ルキヤンの言葉に誰も反対しなかった、すでに廊下で、銃声はさらに激しくなっていたからだ。
「援護してくれっ!」
「分かっているわ」
ルキヤンとオレーナ達は、再び廊下へと飛び出し、西側の廊下に向かう。
当然、敵部隊がPKP機関銃を中心に、AK74を乱射してきた。
「喰らえっ!」
「ここからなら…………私が」
「居たぞっ! うぐ」
「ぐげっ!」
「ぐ…………このやろおおーー!?」
ルキヤンは、身を伏せながらAK74Uを乱射しまくり、直ぐに横へ転がった。
その結果、廊下に潜んでいた敵兵を二名射殺することに成功する。
単発連射で、オレーナも弾を放ち続け、ドアに身を隠す一人の兵士を撃ち殺した。
しかし、生き残った重装備の敵は、PK機関銃を撃ちまくって、反撃してきた。
「ぐあっ! 肩が…………」
「ルキヤンッ!?」
「くたばれーーーー!! ぐあっ!」
ルキヤンは、床に伏せながら直ぐに近くの部屋に逃げ込もうとした。
しかし、その右肩をライフル弾が貫通してしまい、彼は痛みに悶える。
AK74Uを構え、オレーナはドア付近から適当に乱射しながら、自分に注意を向けようとする。
そして、敵はPKP機関銃を猛烈な勢いで、射撃し続けていた。
だが、そんな奴を何かが突如真横から壁を突き破って、グシャリと押し潰してしまった。
「な? 何なんだ、いったい」
「アレは…………敵機だわ? 味方が撃墜したのね?」
廊下を突き破った残骸を見て、ルキヤンは不思議に思い、首を傾げる。
オレーナは、機首の部分を見て、それがトビトカゲ型ボルグ、クラカジールだと分かった。
「はっ! ルキヤン、後で衛生兵に見て貰うのよ?」
「分かってる…………しかし、まだまだ、敵は潜んでいるだろう? 気は抜けないな」
オレーナは、ルキヤンを心配して駆け寄り、彼を支えながら近くの部屋に入った。
二人は、安堵しながら、すばやくAK74Uの弾倉を交換する。
しかし、密かに此方へと近づく何者かの気配を彼らは感じ取った。
硝煙と消毒液の匂いが、鼻を突き、指は、すでに引き金の上にあった。




