幕間【セドリック長兄】第27話:認識崩壊するエリートと、平穏へのフラグ
揺れる馬上で、アストレアを後にしたS級査察官――アルフレッド・フォン・ヴァレリウスは、力なく頭をうなだれていた。
王都へ向かう帰路、流れる景色はいつもと変わらないはずなのに、ひどく霞んで見える。
名門ヴァレリウス家の長男として、そして精鋭を束ねる者としての誇りは、あの薄暗い演習場で木っ端微塵に砕け散っていた。
あの魔力値2の落ちこぼれ、リオ・アスターという底知れぬ化け物によって。
当初、私は激しく憤慨していたのだ。
名門の血を引く我が弟が、平民のゴミなどにひれ伏しているという信じがたい話を耳にしたからだ。
貴族としての矜持を叩き直し、目を覚まさせるために、私は精鋭を率いて学園へ乗り込んだ。
だが、私が相手にしていたのは、私のちっぽけな常識など通用しない深淵そのものだった。
あの少年は、最初から最後まで「何もしなかった」。
いや、正確には「何もしない」という最強の盤面支配をやってのけていたのだ。
彼は絶体絶命の窮地に陥っても、あえて一歩も動かず、表情一つ変えずに戦況を見下ろしていた。
私が恐怖で動けないのだと嘲笑したあの無防備な立ち姿こそが、彼が張り巡らせた最大の罠だったと気づいた時には、すでに手遅れだった。
私が弟たちを蹂躙しようとした瞬間、彼はたった一言の指示を放った。
それだけで、ボロボロだったFクラスの連携が完璧に噛み合い、私たちが放った魔法は盾で弾かれて同士討ちを誘発したのだ。
なんという悪魔的な戦術か。彼は低魔力値なりに、敵の戦力と環境を掌握し、完全なタイミングで盤面をひっくり返した。
そして何より恐ろしいのは、彼があえて弟たちを極限まで追い詰めたという事実である。
不在の間の弱さや、窮地に陥る姿すら、彼の統率力の証明だった。
盲目的に付き従うだけの駒を望むなら、彼はもっと細かく指示を出せたはずだ。
だが、彼は自ら死地を作り出し、Fクラスの面々を自身の足で立たせ、より高みへと引き上げた。
私の浅はかな介入すらも、弟を自立させるための極上の砥石として利用されたのだと悟った時、私は己の矮小さに絶望するしかなかった。
「……セディ。いやセドリック。お前の人を見る目は素晴らしい」
走る馬上で、私はポツリとこぼした。
歳の離れた弟には、立派な大人になってほしい一心で、常に厳格な兄として接してきた。
だが本音を言えば、甘えてくるあの小さな背中が可愛くて仕方がなかったのだ。
貴族の矜持が許さないと息巻いていたが、私の心底にあったのは、ただの嫉妬だったのだろう。
可愛い弟の心と思考を完全に支配し、私から奪い去った得体の知れない少年に対する、ひどく惨めな身内感情だ。
しかし、あの包囲網の中で拳を握りしめていた弟の顔は、私が今まで見たこともないほど逞しく輝いていた。
己の意志で立ち上がり、何者にも屈しない「個」としての力強さに満ちていたのだ。
「あんな顔ができるようになったのだな……大きくなったな、セディ」
少しだけ寂しさが混じる声が、馬の足音に掻き消されていく。
幼い頃、雷を怖がって私のベッドに潜り込んできた小さな姿。
制御不能の拙い魔法を見せびらかそうとして、想像以上の爆炎になり半ベソで助けを求めてきた泣き顔。
失敗の度に助けた後の、たどたどしさが愛くるしい感謝の言葉『兄しゃま、あーと』は、いつが最後だっただろうか……。
「……くそっ……」
彼はもう、私の庇護を必要としない一人の立派な戦士になっていた。
私は煤だらけの外套をきつく握りしめながら、溢れる涙をごまかすように、青空を見上げた。
リオ殿。どうか私の素晴らしく愛おしい弟を、対等な友として、共にその高みへとお導きください。
遠ざかる学園を背に、深く頭を垂れながら、私は可愛い弟が独り立ちしていく切なさを噛み締めていた。
「ああ。……あの頃のセディにもう一度だけ会いたい。」
★★★ 全知の聖母あとがきシステム ★★★
セド君のお兄様はなかなかのブラコンですね♪
人前ではそれをしっかり隠して、ある意味尊敬しちゃいます♪
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