早春の出立
話し合いが終わり、各々のやるべき事を確認し合ったギルバートとローラントは、ルーを宮廷に迎えるべく、帰還した。
ルーはローラントを見送ることなく、いつもの時計台の上にいる。
「やっぱりここにいたのね」
「ベルおねーさん!」
ルーの隣に腰を下ろしたベルは、流されるように王宮行きが決まり、気になっていた。幼少期の悲惨さもだが、上流階級の享楽さを毛嫌いする様子を見てきただけに、この子にはもっと自由になれる道があるように思えてならない。
足を宙に投げ出すように座っているルーは、ベルが隣に来て安心する思いだった。だから、聞いてもらいたくなった。自分のことを。
「僕さ、小さい頃に女王になるのが夢だったの。この国を良い国にするって、お母様に良く言ってた。女に王位継承権がないのなんて知ってたけど、お母様がお腹いっぱい食べれば病気が治って元気になるんじゃないか、って。国を背負うなんて全然考えてなかった」
ベルはルーの肩をそっと抱き寄せた。王族がひもじいと感じる生活をしていたなど、この国の誰が思うだろう。
そんなルーにとって支援してくれていたローラントと、その母はどれほど大きな存在だっただろう。
「みんなと一緒にリンツァギルド始めて、色んなことあって、僕は自分の仲間と縄張りだけは守りたいって思うようになった。僕に付いてきてくれた皆に比べたら、ちっぽけな力しかなくても……」
肩を抱かれている手をルーはギュッと掴む。
「また生き残る為の挑戦になる。今より怖い場所かもしれない。だけど、ベルおねーさん。傍にいて……」
「そんなこと……あなたはいつも人のことばかりなんだから……当然でしょ。私はルーと一緒にいたいもの」
喉がつまり涙声でルーをしっかり抱きしめる。ルーもつられて泣き始め、二人で抱き合い泣いた。
マンデルブリューテがまだ咲く季節、タルンシュタットは早春の匂いに彩られていた。
***
その後のメンバー達は忙しかった。ギルドは元からルディカ王女に従ってきていた者ばかりではない。途中から加入しルーから話を聞いていたのはベルだけだった。
が、薄々何か特別な子だとは皆の共通認識で抱いていたのだ。
「貴族の前でも立ち居振る舞いに不自然さがない上にさ、そいつらより明らかに板についてたもんな」
「王族はピンとこないけど、本当はどっかのお嬢さんだと思ってた」
などと口々に言い始めた。そして、リンツァギルドは一枚岩だ。自分達の身の振り方はマスターに任せる、と皆が口を揃えた。ルーの傍に付かなくとも、影で支える者が必ず必要になる、と。
「みんな……」
「リンツァは家族なんだろ? ルーは一番下の泣き虫な妹だよ」
「俺からすれば娘かな」
「ありがとう……最後の依頼はたくさん花火上げてお祭りにしよ!」
こんな時に目立つな! と全員に反対され、ルーは泣きっ面のまま膨れた。
そんな様子を見て笑う皆は、ルーがこのまま天真爛漫でいられるようにしたいと願った。
マスターのセスは今、信頼できるギルドへの根回しに奔走している。
「リンツァの拠点が移る?」
「ああ、出資者の都合でね。ここにいられるのもあと僅かになってしまった。急だが縄張りを頼みたい」
「そりゃ良いけど……。まあ、あんたらが来る前に戻るだけだけどさ、頼りにしてたから寂しくなるね」
全ギルドに顔が効く老舗ギルドも他ギルドに声を掛け、揉め事が起きぬよう調整を手伝ってくれた。
タルンシュタットは仁義で生きる者達が多い。敵対ギルドすらも協力的であったことに、セスは今までの積み重ねてきた信頼の大きさを感じた。
王都へ移動する日が刻々と近付き、ルーは暇さえあれば時計台に登って海を眺めていた。王都からは海が少し遠い。
ギルバートからは、準備が出来次第、タルンシュタットを治めるオットマー侯爵の館に王女として迎えられる、と報せがあった。
「本当に王宮に行くのかな」
「さあ、一応足は洗えるわよ?」
ベルもそんなルーに付き合うことが増えた。一番不安なのはルーだろう。
「ねえねえ、ベルおねーさん」
「どうしたの?」
「好きな人って今までいた?」
一瞬面食らったベルだが、考えてみればルーなら恋の一つや二つしても良い年頃だ。今まで全くそんな話を聞いたことがないが。
「いたわよ。熱病みたいなものだし、別に死別したわけでもないけど、恋人と暮らしていたの」
「え! 同棲?! 好きじゃなくなっちゃったの?」
興味津々のルーにクスクスと笑い、こんな話ができるのも楽しいと思いながら、ベルは続けた。
「そうねぇ、私は暗殺者だなんて打ち明けていなかったから、夜にいないのはなんでだー、なんて言われて面倒になった、って言うつまらない別れ方」
「あっさりさがカッコイイ! 振ったんだね!」
「そ、他にも色々あったわよ~」
キャーと騒ぐルーにせがまれるまま話しているベルは、表情をコロコロと変える彼女が今、ローラント王子についてどう思っているのか知りたくなった。恋愛とは違い、いきなり結婚話だった。
「兄様のことは好きだよ? レオニールは時々だったけど二人とも遊んでくれてたし。嫌な再会の仕方だったけど……兄様、変わらず抱き寄せてくれたし」
兄みたいなものなのね、と聞いていたベルは、抱き寄せた、の下りで、ん? という顔になった。
「墓場?! よりにもよってそんな色気のないところで!」
「お、落ち着いてよ! 傍にレオニールいたし、僕は泣いちゃったから……兄として慰めてくれてたんだよ、きっと」
顔をしかめ腕を組み始めたベルは、滞在中のローラントの様子を思い起こす。
ルーがギルバートに手を引かれドレスで登場した時などは、眩しそうに目を細めていた。レオニールも、いや従者も……そう言えばどこの男もそんなものだ。これでは判断がつかない。
「もー! なんでそんなに綺麗なのよ!」
「え? 急にどうしたのさ」
「綺麗な子はコチョコチョの刑よ!」
「あははっ! やめてー! 落ちるー!」
時計台の上に向かおうとしていたジョゼは、階段の途中で二人の賑やかな声を聞き、ふっと口元を緩ませる。ベルが来てくれてからルーは変わった。やはり同性の友人は違う。
「おーい、マスターが呼んでるぞ」
入口で声を掛けると、二人は賑やかな様子で階段を駆け下りる。こんな穏やかな時間は、今までもこれからも貴重だろう。
ジョゼは二人の後をのんびりと追い掛けた。
第1幕 ~完~




