表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極楽地獄還魂記  作者: 有嶺 哲史
第一章 異界崩壊の防止人
1/13

極楽救援記

「極楽に行ってね」


「私に死ねとおっしゃるので?」


「何言ってるのよ。使者として行くのよ。極楽界が危機なのよ」


「えっ! 仏教の? 阿弥陀様の?」


おれの故郷もそうだったが、ここ中間界も当たり前のようにキリスト教圏で、宗教とは想像であり言い伝えだと思っていた。

ところが仏教の中心的な概念の極楽という所が現実に存在するというのだ。

その衝撃を抑えかねつつ


「こ、こちらも崩壊しそうですが、どうしますか?」


「ここは現在まだ大丈夫。でも極楽は既に一部崩壊が始まっている。あちらではどうすればいいか誰も分からなくて困っているの」



 おれと話していたのは中間界の二つの国の一つ、リリオ公国の統治者フリアーナ女公爵である。

色白黒髪の非常な美人であるが、気分はいつも捉えどころが無くてポワンとした感じも受ける。

宇宙の崩壊など理系の話に似合わないことこの上ない。



 中間界とは地球の存在する宇宙とは別の宇宙である。

たまたま生じた時空のつむじ風に乗せられておれは中間界に来た。

ここで公爵の家臣にとりたてられていた。

極楽界もまた別の宇宙だった。

仏教でも仏国土などという。

そう思えばなんとなく納得できる。



「極楽へ死なずに行ける方法は?」


「昔から季節になると交易用の太い通路ができるのよ。それを使って」


極楽界はこの中間界に比べて遥かに大きいという。

そこの全員が他の宇宙に避難することはできない。


「極楽の事、承知」


 おれは正式な使者の資格で行くことになった。

中間界の測量で助手をしてくれた二人に加えてなぜかフリアーナの飼っている雌猫のパイヤが勝手に加わった。

この美しい雌猫とおれはなぜか目がよく合う。

三人と一匹の旅はこうして始まった。

通路に入った途端凄い振動に包まれた、と思ったら旅はすぐ終わった。

そこは既に極楽界だった。



 極楽の入り口の極楽橋は巨大な太鼓橋で、その壮麗さに一行は眼を奪われた。

結界となる中央の一番高い所に来ると、見渡せる彼岸の景色は山も野も燦然と輝いて心臓が圧倒されそうだった。

頭の上にも下にも地面が曲がりくねっているだけでなく本来は水平な水面まで湾曲していた。

見たことも無い壮麗な風景だった。

なんと道端の砂粒がダイヤモンドやルビーやサファイヤだった。

旅人たちは皆大はしゃぎだったがパイヤ猫の姿がフッと消えた。



 橋を渡り終えた所で出迎えてくれたのは釈迦十大弟子の一人の目連(もくれん)尊者だった。

待ちかねていたように彼は言った。


「使者殿、助けてくれい。ここは崩壊しそうなのじゃ」


おれは正式な使者なので対等な言い方をした。


「神通力第一と聞く尊者でもどうにもならないのか?」


「ならんのじゃよ。原因もわからぬ。困っておるのよ」



 フリアーナから阿弥陀様への親書を目連に預けた。


「極楽の細い構造、すなわち橋や細い径から次々壊れておる。自慢の楼閣も壊れ始めた。既に始まっておるのじゃあ」


「入口の橋から風景を見たが、あの歪みなればさもありなん。ところでここは何によって創られて、何によって支えられているのか」


「阿弥陀経じゃよ」


昔阿弥陀様が考え抜かれて創られた極楽なのだそうだ。



「極楽の地図を見たい」


「昔イノウという人物が往生して来てここの地図を作った。イノウが言うには、娑婆(しゃば)で御国の地図を作ったがまだ心残りがある、極楽の地図を作りたいと申し出たので作らせた。出来上がった地図は立派なものじゃったが難しい技術が使われておっての、他の誰も使いこなせないのじゃ。それでもよいか?」


「拝見したい」



 生前のイノウは隣接する広域地図の張り合わせ部分が連続的につながらず苦労したと聞いていた。

解決できぬまま世を去ったのが心残りだったのかもしれない。

極楽の場合ひずんでいるので三次元形状が複雑なことが問題だ。

同じやり方(球面を平面に投影するナントカ図法)では地図は作れない。

そこで以前中間界の地図を作ったときと同様に、平面に投影できる程度の小領域に分割して多数の地図を作り、その境界近辺の範囲を隣接図と重複させる。

重複している部分では滑らかな関数で対応が付くようにする、という方法を採ることにした。

イノウはどうやったのか具体的な話を聞こうと思い


「イノウ勘解由(かげゆ)と話がしたい」


「勘解由は消えた」


「なんやてー?」


「極楽は生きているときの心残りを解決する所。イノウもここで思い通り仕事ができて満足したからじゃ」


「成仏するという言葉がある。満足したら仏様になるんと違うんかい!」


「極楽往生を果たした上に、更にここで満足すると本人は心残りが無くなり魂も残さず完全に消える」


完全に消えると聞いておれは怖くもあり哀しくもあった。


「ふぇ~、そうなんやぁ。あのぅ、ちなみに聞いておきたい。満足できる方法の無い平凡な男たちは欲求不満を抱えたままいつまでもここにいるのか?」


「無茶苦茶美しい天女が大勢おっての、順番にどんな男でも満足させてしまうのじゃわい」


中東の大宗教にも天女がでてくる同じような話があった。

結局はどの宗教でも最後は同じか。

じゃあ子供はどうすればいいんだ? また幽かに残酷な感じもした。




 仕事に移った。

フリアーナの命令で、インテルメディオ(=中間界の正式名称)でやったことの応用だ。

助手を極楽から一人出してもらい、連れてきた二人と一緒に各地点の概略地図を作らせた。

極楽の広さは無辺際(むへんさい)という。

全てを調べるために瞬間移動の神通力を貸してもらった。

また、彼らが道端の宝石などに眼がくらまないよう、なまめかしい天女に惑わされないよう特別なサングラスを貸してもらって測量を続けさせた。

その眼鏡を掛けると宝石は鹿の糞に、天女は餓鬼に見える。

奈良公園は極楽をそのサングラスで見たようなものだろう。

心のサングラスを外せば堂塔伽藍は金ぴかに、鹿の糞は宝石に、観光客は天界に遊ぶ美しい天人に見える。

その間おれは阿弥陀経とイノウ勘解由が残した極楽地図を調べた。

昔イノウ勘解由が残した極楽地図はおれが予想したのと同じ方法を使っていた。


 測量が終わり情報を分析しようとしたら参考書が無い。

おれも瞬間移動の能力を借りて極楽中を飛び回った。

すると遠くになにやら異界のようなものが見えた。

近づいてみるとそれは現世界だった。

現代の本屋に入り地図その他の本を読んだりしたがミスプリントが多くてあまり参考にならなかった。

ひょっとしてこのまま居続けたら現世界に帰れるのじゃないか、という考えが閃いた。

しかし周りの人におれが見えていないようだ。

そうか、これは極楽から現世界を見張る投映像、単なるエコーに過ぎないのだ。

淡い期待が粉砕され、しばらく落ち込んだ。


 苦労の末分析がおわり、イノウ地図から計算した形状と今回測定して分かった今の形状を比べて大きく歪んだ所がいくつか見つかった。

極楽に異変を感じ始める少し前から今までに何があったか目連に聞いた。

するとある時期急激に往生人口が増えたという。

さらに調べると、それまでの極楽の空間が耐えられないほど人口過剰になっただけでなく、新参者は勝手に住む場所を決めてかたまったため重力に偏りが生じていた。

その場所はおれが調べた空間の歪の大きい所に対応していた。

状況から原因は明らかだ。


 分析している間にも変化が進み、空間が曲るとレンズ効果が出てきていろいろなものが歪んで見え始めた。

ルートを決めて住民を動員して大移動させ、住む場所が偏らないようにして重力分布を変えた。

次第に空間の歪みが取れてきて、ある程度ゆがみが解消したとき、あたかもバネの弾力が働いたように残りの部分は一瞬で直り水面はすべて同じ方向に揃った。

極楽界は以前よりも形が簡明になって安定した。

新たに作った地図は意味がなくなったが、おれたちの働きを阿弥陀様は(よみ)されたと聞いた。



 ここで過分にも阿弥陀様は本当のお姿を現してくれるという。

特別な場所におれ一人招かれた。

周りには誰もいない。

阿弥陀様がじんわりお姿を見せられた。

衣装は軸絵や彫像で見る通り、上から下に流れるような単純な布だった。

お顔はどうか、と見た時かつてないほどの驚愕に襲われた。


阿弥陀様は女だったのだ。


しかも見たことのないほど物凄い美貌だった。

おれの眼は吸い付けられた。

女形(にょぎょう)の阿弥陀様は言った。


「如来や菩薩に性別はないけど、それは両性具有をも意味する。そこから片方だけ分離して現れたのがこの私。女形(にょぎょう)仏なのよ」


「妻子のいたお釈迦さまも性別が無い? へえ」



 それから七日七夜、おれは女形阿弥陀といっしょにいた。

如来の彼女に誘われては凡人のおれなど断れるわけがない。

女形阿弥陀のお体は筆舌に尽くしがたいエロさで、いつ休んだか憶えていないほどエクスタシーの連続だった。

彼女の方も経験したことのないあまりの快楽だったようで、我を忘れて叫び続けた。

気になったのは女形阿弥陀の快感ゾーンだった。

なぜか雌猫と同じ構造だったのだ。



 時間があったのでなにくれとなく世話をしてくれた目連と雑談した。


「現世界はビッグバンで誕生したが、極楽も同じか?」


「極楽は阿弥陀如来が創られた。もとは弥陀の主観世界じゃった。その頃の衆生たちは自分の主観を弥陀の主観にあわせなければ往生できなかった。それはかなり難しい。そこで弥陀は主観と客観を入れ替わり得るようにした。すると極楽は物質世界の仲間になって宇宙の一つとして誕生したのじゃな。それ以後念仏を唱えれば極楽往生できるようになった」


「本当に?」


「物質世界のひとつとなったゆえ物理的影響を受けるのはしかたがない。お主が直してくれた歪はその例じゃ。もとは主観じゃったゆえ道端の砂粒が金剛石や紅玉や蒼玉や翠玉なのじゃ。雌猫や女たちは美しい天女に変わることもできる。元は主観ゆえ天女たちは細胞も遺伝子も持たぬ。ゆえになにをしても彼女たちの体は翌日には元に戻っておる」


「ところで極楽往生した人間の遺体はなぜ現世界に残るのか?」


「魂だけを持って行くのじゃ。警察にとっても遺体が残る方がよかろうて」


「魂だけ、ということは極楽では天女との快楽も実は頭の中の空想にすぎないのか」


「娑婆の肉体は死ぬとき最期は木っ端微塵かも知れぬ。ゆえに極楽に来たら相応の健康な肉体を与える。仏の国用の肉体じゃ。天女相手に最高の快楽を味わえるようになっておるでござるわいの」


魂はいずれ消えなくてはならないのか。

極楽は心残りを解消する所というのはそういうことか。


「どうしても悟りを得られない者のためじゃよ」


悟るための最終手段が天女との肉欲とは……


「ところで一人ひとり阿弥陀様はお迎えに来られるのか? 相手は物凄い人数だろう?」


「大僧正の場合は紫雲に乗った如来が大勢の菩薩を従え、にぎやかで明るい音楽を奏でる大勢の飛天たちを伴ってドハデに迎えるのじゃ。ランクが下がるにつれお迎えは雑になる。如来や菩薩もいなくなり飛天は下手糞になる。下手な音楽は蚊の羽音にも聞こえる。亡きがらを見守る遺族の耳に聞こえるのはこれゆえ。最低ランクでは臨終のときポツンと一本、枯れて花びらの取れた情けない蓮の(うてな)が窓の外からひょこっと覗きこむ。魂が自力でそれにしがみつけば極楽まで運んでくれる。孤独な転生じゃのう」


「転生とは?」


「それをいうと話は長くなるが……あ、これも言えぬ。宇宙の秘密に関わるゆゑ。いつものように夜寝て朝、眼が覚めたらそこは極楽、蓮華の上。……あいつ、まだ眠っとるな。あぁ~台が小さくて落ちそうじゃぁ~、あっ!」


「どうなった?」


「ここで作られた肉体は宝の池の八功徳水(はっくどくすい)に溶けて魂は元の世界に戻されるわい。これがいわゆる死にぞこないじゃのっ! 庶民でも布施すりゃいくらでも豪勢なお迎えがチンドン屋のようにドハデにやって来て大きな蓮華も用意されるのにのう」


「金で決まるのか?」


「まあな」


紀元前の北インド生まれの目連がチンドン屋を知っているとは、彼の知識はすごいらしい。

ならばずっと胸の底でうごめいているある疑問について聞いてみよう。


「話は変わるが、おれが中間界にやってくる途中月面で出会った白い母は何者?」


「月面? さて、さような女神は全く知らん。白い岩を見間違えたのじゃろうて」


おれの幻影だったのか? 知らないことを一杯教えてくれた母が只の岩なのか。


 目連が話好きで楽しくも有り難かった。

彼は最後に不思議なことを言った。


「中間界に帰ったら周囲に気を付けよ。なんなら、このまま極楽におったらどうじゃ。死という痛い経験もせず転生の手間も要らんぞえ」


中間界は平和で穏やかな所だ。

なんでこんなことを言うのだろう。

うっかり天女と遊ぶと、あっという間に消えてしまう極楽も危なくないか。


「それは……いや……おれは煩悩が好きだ。まだまだ煩悩に狂いたい」


目連はなにか言おうとして止めた。

ため息をつき、微笑しておれの背中をポンとたたいた。


 極楽に来てからどれほど時間が経っていたか。

目連は阿弥陀様におれを引き合わせると言った。

ついてゆくと阿弥陀様が出現された。

あれ……おれと七日七夜楽しまれた阿弥陀様と全然違う。


男だった。


古刹(こさつ)に鎮座まします尊像によく似たお顔だった。

あの女形阿弥陀は誰に聞いても知らなかった。


 中間界に戻る前に阿弥陀様は労をねぎらい、言われた。


「中間界の皆が汝を待っておる。急ぐゆえ中間界に戻れば一か月しか経っていないように時間を調整してやろう」


さらに


「事情があって今回は宴を張れなかったが未来のあるとき汝は生きたまま再びここを訪れるであろう。その時は極楽全体で歓待するゆえ期待しておかれよ。ワシも待っておる」


と言われた。

現世界の未来を知っているのには理由があることが後に再び極楽に行った時わかった。

過分のお言葉に感謝した。

帰る時なにか満足げな表情のパイヤ猫が合流していた。


阿弥陀様の返書と土産を持って中間界に帰り、フリアーナに報告した。

阿弥陀様から預かったフリアーナへの土産は輝く金印と特製の銅鏡だった。

フリアーナは返書を途中までにこやかに読んでいたが急に不機嫌になり仕舞い込んでしまった。


 フリアーナは以前中間界の運命に関するおれの報告書を読んだが理解できなかったらしい。

それで極楽に派遣してうまく問題を解決するか試そうと思ったのだろう。

だがこの二つの世界で生じている問題は種類が違うと思われた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ