66・ロックの為なら何でもするよ2
「「サーノ ドッコイショ!!」」
昼休みに教室で、馬園と俺とでソーラン節の練習。
「やっぱソーラン節ってカッコイイぜ……」
「うーん、まぁ合格だね! おらー!」
「待って! 合格なのになんで蹴るの!? 待って!」
「褒めてんだよ! おらおらー!」
火曜日から馬園は練習に熱が入り、どんどん踊れるようになった。
山岸さんの指導もビシバシあったけども、すごいがんばったなぁ……
ふたりのじゃれ合いも昼休みの名物になって、クラスメイトも俺達のソーラン節に盛り上がるようになってきた。
「来週の体育祭、楽しみだなぁ……」
――
「来週の体育祭、マジで鬱なんだけどお前ら??」
終わりのHRでの灰野先生の開口一番。
「絶対に灰野先生に優勝捧げるんでー!!」
「雨降らねえかなぁマジで」
馬園のアピールを完全スルー。
「隕石落ちるとかでもいいからよー」
「担任なのにそんな事言うのやめてくださいって……そういう訳で話す事は何かあります?」
「知らねー覚えてねー」
「はいはい……」
灰野先生のやる気が無さ過ぎるのでクラス委員の俺が進める……
とはいえ、来週がんばろうくらいしかないかなぁー?
「あ、あの……」
「波多野さん、何かある?」
「じ、実は、その、クラスの旗をね……」
「えっ!?」
波多野さんがクラスの旗を!?
「作りたいって……その……」
「良いデザイン降ってきたんだよねー!」
なるほど! クラスの別の女子から相談されたって事ね!
「ヤバい!? 団結力ヤバい!? もうこれA組の優勝確実だ! 灰野先生ー!!」
「勝手にすりゃいいけどよー。私に迷惑かけたら承知しねえかんなー」
「邪魔とかはしないでくださいッスよ……? 灰野先生?」
「しねえよ面倒くせえし……」
……
「そういえばなんスけども――」
灰野先生の立ち去り際に声をかける。
「灰野先生に謝りたいことがあって……」
「あん? 何?」
「吹奏楽部での指揮する中での指導、灰野先生はむちゃくちゃを言うと思ってたんです。でも、実際は妥当な事を言ってたので……すみません……」
「へー」
「え、反応それだけなんスか……? めちゃくちゃ理不尽に謝罪なり要求されると思ってたんスけど……」
「お前には貸しとその利子がアホほどあるから今更別にな」
「あ、でも、音を考えるっていう意味について、ズレがある事を知ったんスよ。この時にこの音を出すって決めるっていうのが――」
「知ってる」
「えっ!? じゃあなんでそれ伝えないんスか!?」
「真面目にやってるなら調べるなり人に聞くなりして、主体的にその答えにたどり着け。そう考えてっから」
灰野先生が……教師みたいな事言った……!?
「音を決めるにしても、音を探す必要があんだろ。お前はその音を探すのも手伝ってやるつもりか?」
「……時間が無いッスね……」
「"待ちの姿勢"の奴に答えを配って回るのは優しさじゃなくて、人をダメにするクズだからな」
「……先生?」
――灰野先生が一瞬、どこか遠い目をしたように見えた。
「マジで鬱いわ。学校爆発しろ」
「準備室に住んでるのにいいんスか……?」
頭を叩かれる。すごい良い音で。
――
「モーくん。ターくんかマイナスくんにギター教わった?」
放課後の軽音部で、速水先輩が森夜先輩に聞く。
「いやー、さーせん……いや、時間が合わなくって……」
「俺もマイナスも色々忙しくって、時間取れなくてサーセン」
「ターくんたちは本当に忙しそうにしてるもんね」
速水先輩は冷ややかな視線を森夜先輩に投げる……
「あ、あの、今からでも時間を取るのは――」
「俺がマイナスくんとふたりきりで教わる時間だからダメ♥」
「そこを何とか……!」
「えー♥ じゃあ、マイナスくんお持ち帰りしていいならいいよ♥」
「俺、お弁当とかじゃないッスよー……」
「まぁまぁ、教えるのできるかわかんないっすけども、森夜先輩と俺、一緒に練習するから安心してくださいよー」
鷹田のフォロー……ありがとう……! ありがとう……!
あれ? でもこの後は結局、速水先輩と俺、ふたりきりだ……
――
「あ、でも、そうだ! 俺、先輩の事もっと知りたいッスね!」
「えー♥ マイナスくん大胆♥ 全部教えてあげるよ♥」
速水先輩に密着されるのにも慣れてきたのかな……?
お持ち帰りは先輩の家に招かれるって事だろうし、軽音部でのバンド活動を色々聞けたら嬉しいなーって思ったんだ。
「明日の土曜日はダメなんスけども、来週の土曜日……体育祭の翌日なら……?」
「予定空けちゃおうっと♥ ふたりで何しよっか♥」
「その代わりなんスけども、森夜先輩の所に行ってきてもいいッスか……?」
「えー♥ じゃあ今日はお預けって事ー?」
「来週は俺、何でも付き合いますからー……! おねがいします!」
「わかった♥ 約束だよ♥」
「ありがとうございます!」
――
鷹田と森夜先輩が練習してる所にそっとやってくる。
……ふたりとも、特に口を利かずに淡々と練習している。
「鷹田ー。速水先輩がちょっと呼んでて。いい?」
「あん? 俺? いいけど」
速水先輩に口裏を合わせてもらって鷹田を離させてもらう……
ごめんね……!
「ん、マイナスは来ねえの?」
「あ、ちょっとその間、代わりにっていうのか……」
鷹田は俺の事をジーっと見る。
な、何も魂胆なんてナイヨー……
鷹田は、ハァー……っと息を吐いてから去っていく。
やっぱり魂胆バレてそう……ごめんね……
「あ、あの、森夜先輩……」
俺は森夜先輩に顔を向ける。
「……いや、何?」
森夜先輩は顔を逸している。
俺は少し息を吸って――
「俺、森夜先輩と話したいんです」
「…………いや、別に話すこととかねえし」
森夜先輩は壁に顔を背けたまま、そう言った。
……何か、声をかけたいけども、言葉が見つからない。
森夜先輩の目は泳いでいる。
沈黙が流れる……
「……別に」
「別に、どうでもいいっつってんのに……」
「別に、いや、全部どうでもいいっつうのに」
漏れるように森夜先輩は言葉を口にする。
それから俺を一瞥して――
「お前がクソムカつく」
抑えていたタガが外れたように森夜先輩が叫ぶ。
「何見てんだよ!!」
息を荒くして、ギターを投げ捨て、それから立ち上がり、俺に近づいてくる。
「黒間がいねえからって舐めてんだろ!?」
そのまま俺は胸ぐらを掴まれる。
「何とか言えよ!!!」
「……大丈夫……ですか……?」
「――っ!!」
――思わず漏れた言葉はこれだった。
「大丈夫!? 舐めてんのか!?
後輩が!! 先輩に大丈夫!?!?」
森夜先輩は激昂する。
「見てわかるだろ!? 大丈夫じゃないにきまって――!!
あ、いや大丈夫……あっ……じゃ、な……い……っ……」
怒りのままに激しく揺さぶっていた両手が止まる。
表情を失った森夜先輩の目から涙が溢れ出す。
「いや、ちげーよ。いや、舐められたら終わりだよ。
別に全部どうでもいいのに。
なんだよ。ムカつく……ムカつく……ウゼえ……」
俺を掴んでいた手を解いて、森夜先輩は涙を隠すように覆う。
開放された俺は息を整える……
「これ……よかったら……」
ハンカチを森夜先輩に差し出す。
先輩は躊躇った後にハンカチを取り、それから背を向けた。
……静かに泣く森夜先輩。
「マジで……ムカつくよ……お前……ホント……」
「……すみません」
「悪いところなんてねえのに……謝るの……マジでムカつく……」
「……」
「なんだよ……マジで……1年の頃に俺達、すっげえがんばったのによ。
やっと……やっと……我慢する番が終わったって思ったのに……」
「ロクデナシのクズでいてくれよ……
何してもいいやって思わせてくれよ……
なに勝手に愛されてんの……
必要とされてんの……
俺達はがんばったのに、耐えたのに、
なんでこうなるんだよ……
なんで、居場所が無いんだよ……」
「森夜先輩――」
「喋るんじゃねえよ……! 俺が惨めになるだろっ……!」
「それでも――」
「優しくするんじゃねえよ!! お前にやったこと思い出すんだよ!!」
「俺は――」
「うるせえ!! うるせえうるせえ!! 黙れ!!!」
「先輩とバンドやりたいです」
「……人数合わせだろ」
「違います」
「じゃあ哀れみか? 情けか?」
「それも違います」
「じゃあ……なんだってんだよ……!!」
「……辛い気持ちや苦しい気持ちを歌ったブルースが、ロックの源流だっていうのは知っていますか?」
「だから、森夜先輩たちとロックしてみたいんです……
知りたいです。聴きたいです。奏でたいです。
先輩たちとの、ロック」
「……どう、ですか……?」
背中を向けたままの森や先輩から、小さく笑う声が聞こえてくる。
「いやお前サイコパスかよ……必死にそういう辛いのから逃げてきたってのに。
邪魔で邪魔で、息ができなくなりそうなのに、それでも必死に無視してたのに。
それを……聴きたいって。俺を殺す気かよ」
「聴きたいです……殺す気とかは無いですけども……」
「なら合成音声系とか聴いたらどうだよ。いや、最近は他に良いのもあるけど……」
「えっ!? どんな曲ですか!? 教えてください!」
「いや別に普通に探せば……いや、再生リスト送るから」
「森夜先輩のオススメって事ですか!?」
「あーいや別に……まぁ、そうだけど……」
「ありがとうございます!」
ずっと背中を向けていた森夜先輩がそっと振り返る。
「……いや、お前ひっどい顔してんな。情けねえー」
「す、すみません……」
「いや、そんなお前よりひっどい顔なんだろうなって思っただけだし」
「……ハンカチは洗って返すのが礼儀だっけか」
「え、そんな、大丈夫ですけども……!」
「いや、別に一般的の話について聞いてるだけなんだけど?」
「そうッスね……一般的なら……?」
「……いやさ、そのさ――」
「いきなりどうこうは無理。普通にお前を見てると自分が無理になる。
悪いけど……いや、もう悪い事してるから今更だけどさ……
こういう事からやらせて。いや、やらせろ」
「は、はいっ!!」
「てか、今日の合わせ無理過ぎてどうしよ。バックレたら速水先輩ブチギレだよなぁきっと。でも、できる気がしねえー」
「そういう時は休んだほうが良いと思いますよ……! 何なら俺からも伝えておきましょうか?」
「……いや、いいのかなぁ……」
「大丈夫ですよ! 次に挽回しましょう!」
「……初バックレだわ。いや、別にどうでもいいけど……」
「悪いけどよろしく。またな」
「はいっ!」
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