163・一人暮らしって憧れる?
「おはようございまーす」
「おはよう」
カランコロンとドアを開けて喫茶店に今日もやってきた。別に約束しているわけではないんだけども、土曜日の朝に時間があれば顔を出しているんだ。
「今日もいつものお願いしまーす」
マスターはウンと頷いてコーヒーを淹れ始める。体格が良い人なんだけども、口数は少なくて割と無表情。だけどもそんなマスターの雰囲気も含めて居心地が良いのかもしれない。
ああ、そういえばマスターにも色々聞いてもらおうかな? 生徒会選挙の事、クラス委員の事、思いもよらない人が学校に来た事、軽音部の事、友達の事、他にも色々……
「色々あった?」
「あっ……はい! 色々、あります!」
「もう少し待ってね」
「ゆっくりいつも通りで大丈夫ですよ!」
マスターが準備しているうちに、俺も何をどんな風に話そうかを考える時間。俺自身も喋って何かを伝えるのがそこまで上手な方じゃないからね。それにこの後は部活の予定もあるからダラダラ話せる訳じゃない。取捨選択、聞いてもらいたい話をちゃんと考えなくちゃ。
――カランコロン
「おはようございます。おっ、マイナスもおはよう」
「おはようございます! 森夜先輩!」
「おはよう」
森夜先輩は、以前にマスターを紹介してから俺と同じく常連になっている。学校ではない場所でこうして会えるのってなんか嬉しい。先輩はマスターにいつものを注文して、俺に一声かけてから隣に腰かける。
「学生の身だっていうのに、朝から喫茶店ってやっぱり贅沢に感じちゃうなぁ」
「えへへ、でも、良い所だから来たくなっちゃいますしね」
「それはその通り。マスターに聞いてもらいたい事とかもあってさ」
「そうなんスね! 俺もなんですよー!」
「僕、口下手なんだけどな」
マスターがコトンとコーヒーを三つ、俺たちの前に並べてくれる。
「あれ、もう俺の分も?」
「うん。来てくれるといいなって」
「マスターすごい……!」
「お代、まだ170杯分残ってるから」
「俺、いつになったら飲みきれるんスかね……」
「だから、飲むの手伝う」
「あっ、そういうことなんスね!? ありがとうございますマスター!」
「……? あれ、それってお代を勝手に使いこんでるって事じゃ……?」
「実は冗談」
「あっ、よかったです……」
「何か変な所があったんスか?」
「まぁマイナスはそれでいっか……」
「森夜先輩も手伝ってくださいね!」
お砂糖とミルクをたっぷり入れて、大人の飲み物のコーヒーを頂く。うーん良い香り!
「そう、マスターにちょっと聞きたい事があって……」
「ん」
「その、黒間の事なんですけど……って、マイナスも話したい事あったんだよな?」
「えっ! あ、そうですけども、大丈夫ですよ! というか黒間先輩の事なら俺も聞きたいです!」
「そ、そっか……? いや、悪いな。でも、そう、ちょっと色々考えちゃっててさ……」
「どういう事ですかー?」
最近は黒間先輩ともそれなりに上手くやれている気がしている。俺たちのバンドで交換日記みたいなのがあって、それを通じて黒間先輩との交流が前よりできるようになったんだよね。黒間先輩はすごい難しい漢字を知っているし、本を読むのがすごい好きって事もわかってきたんだ。
「これは、その……俺のちょっと考えすぎかもしれないんだけど、一人暮らし……とかってどうなんだろうなぁとか、思ったりしてて……」
「えっ? 一人暮らしっスか? それがどう、って?」
「いや、全然現実的じゃない話だからどうともいえないんだけどさ……黒間はさ、本読むの好きだろ?」
「そうッスね!」
「だけど、黒間の家は落ち着いて本を読めないからさ」
「そういえば、それだから図書館へ一緒に行ったんスよね」
「ああ。それを見てさ、黒間に静かで落ち着いた場所があったらいいなぁって思ってさ……」
「それで一人暮らし、ですかー」
「まぁ一例としてだけどな? 金の事もそうだし、そもそも一人暮らしやっていけるかって考えたら無謀でしかないし……」
「俺、一人暮らしできる気がしてないッスね……」
「マスターは……どう思いますか?」
「ん……自立は良い事」
「いや、まぁそれはそうですけども……」
自立自立……自立は確かに大事……いつまでもおんぶにだっこでいられないし、だけどもちゃんと自立できるかどうかは別問題……
「変わるのは大変。何事も。簡単じゃない、やっぱり」
「は、はい。だから、何か良い方法って無いかなぁって……」
「たぶんね、あったら、皆、してる」
「……?」
「簡単で良い方法」
「……ああ、そうですよね……」
「じゃあ、どうしようもないって事っスか……?」
わかってはいるけども、森夜先輩が残念そうにしていて、俺もちょっと悲しい。だけど、マスターは首を振る。
「だから、価値がある」
――続いたマスターのその言葉に、俺はハッとしたような気がする。
「もちろん、命が危ないなら警察とか。でも、違うなら大変だけど、やるか、やらないか」
「けど、その……高校通いながら生活費も、部活もって……」
「うん。難しいね」
「でも、やらないと、駄目って事ですか……?」
「ううん。自分の事自分で決める。それが自立」
「えっ、でも、家に居て、親に面倒見てもらうのって」
「選んでそうするなら、自立」
「だけど、お金とかでそうせざるを得ないって時は……?」
「だからこそ大変。自立は、簡単じゃない」
「……あっ」
「……どうした? マイナス」
「いや、自分の事になっちゃうんですけど……」
「うん?」
「その、自分で選ぶ練習を、俺は、させてもらっているんじゃないかなぁって……思って」
「……えっと、どういう……?」
「自立って、少しずつでも……手伝ってもらっても大丈夫、ですか……?」
「勿論」
「その、できそうな所を一緒に探してみませんか? 森夜先輩!」
「……やっぱりマイナスの方が、俺なんかより頼りになるなぁ」
「そんな事無いですよ! 俺、森夜先輩含めて皆に頼りっぱなしですから!」
「いや、まぁ……いつもありがとう。マイナスも、マスターも」
「どういたしまして」
その後、色々作戦会議をしてから喫茶店を出た。
――
「別に俺は余裕っすけど? バイト、家事、学業、ついでに部活とか」
「はいタカ流石タカ言いたいところやけど、ホンマにタカダンすごいんよなぁ……」
「しかも弟と妹の面倒までみてるんだもんなぁ……」
「面倒見てるんじゃなくて投資っすよー出した分は成果出せって約束させてるんでー」
「おかげで弟くんもサッカーに精出してるみたいで、エエ兄ちゃんやな」
「そういうわけで鷹田、どんな風に暮らしてるか全部教えて!」
「仕方ねえなぁー、っていや全部ってなんだよ全部って」
「あー、いや、そのさ、俺がさ、将来一人暮らししてみたいなって考えてさ……」
森夜先輩と相談して、ひとまずは鷹田に聞いてみる事にした俺たち。本当は正直に鷹田に、黒間先輩の事を相談してもいいんだけど、まずは黒間先輩がいる前でどんな風に日々を過ごしているか聞く事にしてみた。当の黒間先輩は話に混じりはしないけども、同じ部室の中で会話を聞いてくれているのが見える。
「森夜先輩も一人暮らししたい派なんすか? 実家住まいじゃダメなんすか?」
「ま、まぁ。どっちかっていうなら……?」
「住宅費ってかなりかかりますし、何となくで一人暮らしするくらいなら実家住まいで抑えたい所っすけどねー」
「せやけどタカダンも実家出る予定なんやろ?」
「俺だけのプライベート空間欲しいからな。だからこそ貯金してるわけだし」
「あー……そうだよなぁ」
「っていうかその点で言うなら、黒間先輩は将来、実家から出る予定とかあるんすかー?」
「……ん」
鷹田の突然の黒間先輩への会話のパス。鷹田、もしかして俺と森夜先輩が黒間先輩の為に聞いたって事を見透かした……!?
「黒間先輩って大家族っぽいじゃないすか。自立した方が読書とか集中できるし、費用とかはさておいてしたいもんじゃないかなーって」
「……わかんね」
「言うていいんか微妙やけど、ウチも黒間先輩がのんびり本読める場所あったらええやろなー思うで!」
「……まぁ、別に」
黒間先輩は少し顔を俯かせる。俺たちはそれを見守る――黒間先輩が言葉を探している最中ってわかっているから。
「……あったら、嬉しい」
「そっすよねー」
「まぁ、実際するには大変過ぎるわけだけどもさ、必要な物って何かなーって興味はあってさ……」
「お金だけやなくて、ご飯も掃除も自分でやらなアカンと思うと憧れるけど大変よなー」
「掃除はこまめにやるのがガチで大事だけど、まぁ習慣づけとか必要だな」
「そっかー……鷹田は普通にできてた?」
「そりゃ当然って言いたいっすけど、まぁ最初は大変だったすねー」
――深くは触れないけども、鷹田はある時にママを亡くしていて、それから色々がんばってたと思うと、なんだか色んな感情が湧き上がる。
「コンちゃんやコンちゃんのご両親に手伝ってもらってたんか?」
「一応は手伝ってもらったりもしたけどよー、それ以外にも行政のサービスがあって世話になってたかな」
「あ……そういうのもあるんだ」
「児童相談所とか児童福祉司とかは聞いた事あるか?」
「俺も知ってる!」
「この歳で具体的にどうこうは正直俺もわかんねえけど、自活の為のアレコレとか相談に乗ってくれる事もあるみたいだし、まぁ一応聞いてみるのもいいかもしんないっすね」
「タカダンがそういうサービスを利用してるん、めっちゃ意外や……きちんとしててホンマ偉いって事やけど!」
「利用できるもんは利用した方が賢いだろー?」
「いや、でも、本当に……なるほどなぁ」
やっぱり鷹田、流石鷹田、すごいよ鷹田……悪い事もするのは玉に瑕だけど、それでも鷹田がこうして居られるのは鷹田のがんばりもあるからだよねー……尊敬しかない。
「てか、そろそろ練習しましょー。駄弁るためだけに来たわけじゃないんでー」
「ああ、そうだな。色々教えてくれてありがとうな、鷹田」
「どういたしましてー」
そうして練習を始める俺たち。
ああ、でも、俺は後で知ってる児童福祉司さんに聞いてみようかなってふわふわと考えた。
少し間が空いてしまいました。お久しぶりです。
ゆっくり投稿していくのでこれからもよろしくお願いします。
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