02-02. 騎士科の少年
「……ふぅ」
晩夏の花が咲き誇る、屋上庭園の片隅。
入学した春から夏になり、季節は早くも秋にさしかかった。
昼食を終えて一息ついた私は、ランチボックスを鞄にしまう。
ランチは我が家の料理人が毎朝作って持たせてくれる。彼の作るランチはいつも美味しい。バランスも良く健康的だ。
今日は、薄く切ったパンにローストチキン、チーズ、新鮮な野菜を挟んだサンドイッチに、手作りのソースが絶妙にマッチしていた。デザートは季節のフルーツ。量も多すぎず少なすぎず。完璧だ。
毎日の料理に感謝しつつ、私はランチを完食した。
「ごちそうさまでした」
食後の呟きは、誰に聞かれることもなく風にさらわれていく。
校舎の屋上にある庭園の端っこ。ここは入口から死角になっていて全然人が来ない。
私の癒しの隠れ家だった。
入学したての頃。
ひと気のない場所を探して、校内をさまよい歩いていた時に見つけたのが、屋上庭園の片隅にポツンと置かれた、この古いベンチだった。
ここは滅多に人が来ないから、目立ちたくない私には丁度良い穴場になっている。発見以来、昼食は大抵ここでとっていた。
私はクラスメイトともほとんど交流がなく、友人と呼べる知り合いもいない。まあ、友だちを作りに学院に入ったわけではないので、一人の方がかえって気楽でいい。
なので、今日も今日とて絶賛ぼっち飯である。
学内にはお洒落なカフェテリアもあるけれど、レグルス王子がいるかもしれない、と思うと、怖くて一度も行けてなかった。
どうしても行きたいってわけじゃないから、特に気にしてないけど。
そんなこんなで、入学から早くも数ヶ月。
有力貴族の娘だからか、ド地味なビン底眼鏡というダサ女子スタイルであっても、表だって虐められる事はなかった。
何となく同級生にバカにされてる気配はあるけど、勉強の邪魔さえしてこなければ、誰がどう思おうと知ったこっちゃない。
幸い成績もトップをキープしている。計画は順調だ。スバラシイ。
とはいえ──つくづく因果だなぁ、とは思う。
国を滅ぼした"悪女アデルハイデ"が、勉強ひと筋の優等生になって、取り巻きの一人も侍らさず、屋上でぼっち飯なんて。
以前の私を知ってる人なら、ぜったい信じなかったと思う。あのアデルハイデがこんな風になってしまうなんて。
でも、後悔はしてない。勉強が辛い……とへたりこみそうな日もあるけど、ギロチンバッドエンドを思えば余裕で頑張れる。
お父様お母様にも長生きしていただかないとね。そのためには勉強あるのみ。元がバカだから、努力で補うしかない。
季節外れの黄色い蝶が、目の前をひらひらと通りすぎていく。
午後の授業が始まるまで予習しよう……とおもむろに教科書を開いた、その時だった。
「…………君、入学式の日にぶつかった新入生の子?」
誰かの声がした。
振り返ると、植木の奥から顔を覗かせた少年が、こちらを見て目を丸くしていた。
一度見たら忘れない、美麗すぎる顔立ちにゾワッとする。間違いない、学院初日に校舎でぶつかった上級生だ……!
げっ、とつい思ってしまった。
顔に出てませんように、と祈りながら、教科書をパタンと閉じて鞄を掴み、さっと立ち上がる。
目立つ人間とは関わっちゃダメだ。"ド地味な優等生"の鉄則だ。
「…………その節はすみませんでした。では失礼します」
棒読みで挨拶すると、私はそそくさと立ち去ろうとした。しかし、
「待って。君が譲る必要はないよ。後から来た僕がどこか行くから」
「はぁ……」
「……その前に、少し話をしてもいいかな?」
すれ違いざまに呼び止められた。彼がふわりと微笑む。なんだかいいにおいがする。イケメンはにおいまでイケメンだ。
正直関わりたくないし、私には話す事などない。返事の代わりに顔をしかめる。
だが少年は目を瞬かせ、気を悪くするでもなく──むしろ食い気味に「一つ質問してもいい?」と聞いてきた。
「僕の顔をどう思う? 君の意見を聞かせて」
…………えーと、ナルシストなのかな?
褒め称えてほしいのだろうか。ちょっとこわい。
「とても整ったお顔立ちですよね」
「ほかには?」
「別に、それだけですけど」
素っ気なく答える。
事実、私は美形に免疫がある。両親や自分の顔で見慣れているからだ。
彼は確かに人類最上級の美形ではあるけれど、私は特に何とも思わない。
というか、可能な限り近づきたくない。
ちなみに、"悪女"時代の私の側近は、能力より顔重視だった。バカだよね。
でも、今はそういうのは全ッ然求めてない。
だから私は、全身から拒絶のオーラをビシバシ出して、「あなたに興味ナシ」という意思表示をした……つもりだった。
にも拘らず。
なぜか美少年が、パァァッと顔を輝かせた。
「…………」
「…………」
何が彼を喜ばせたんだろう……
全くわからない……
心底引いてると、少年が私の手をガシッと握った。
「僕と友だちにならない?」
「へっ!?」
「君とならいい友だちになれると思う!」
「どどどどこにそんな要素が!!? 嫌ですッ!」
「即答!?? そこを何とか……!!」
「無理です!!」
手をブンブン振って逃亡を試みたが、少年はなおも食い下がった。
「どうか、話だけでも聞いてほしいんだ……!」
必死な少年は、私がいいという前に勝手に事情を語りはじめた。コイツ押しが強いわ……!
◇◇◇
「──僕は、田舎貴族の五男として生まれてね。母親が元騎士で、男兄弟と自領の騎士団に揉まれて、わりと雑に育てられたんだ」
「はぁ……」
全く興味なさそうな私に、彼は滔々と語る。
ちなみに、私が逃げられないように、手はガッチリ握ったままだ。
「五男だし、自分の食いぶちは自分で稼ぐ必要があって。それで学院の騎士科に入ったんだ。王国騎士団で出世できれば安泰だから」
だけど、彼のきらびやかな顔が色々とネックになってしまったらしい。少年はしょんぼりと肩を落とした。
「僕は入学するまで、学校生活ってものに憧れてたんだ。うちの領地はド田舎で、同世代の友だちがほとんどいなかったから。
でも、こっちに来たら、上品な令嬢たちにやたら騒がれるし、騎士科では浮いてるし、全然友だちが出来なくて……」
「へー、そーなんですか」
「それ、その顔!! 僕に『一切興味ありません』みたいな顔!! 君みたいな女子、こっちに来て初めて見た!!!」
彼はとても嬉しそうだ。
私はドン引きである。
「初めて会った時も、君はほとんど顔色を変えなかったよね。あの時、『この子なら普通に友だちになれるんじゃないか』って思ったんだ」
「勘違いです!」
三回目の拒否。しかし相手もめげない。
「見たところ、君も友だちがいないんだよね? 僕と君なら、きっと良い友人関係が築けると思うな」
ぐいぐい来る少年。
私に友だちがいない、とは失礼な。
まあぼっちで合ってるけど。だが断る。
「だから無理ですって!」
キッパリ拒否した。
だが切羽詰まってるのか、少年はまだ粘った。姿勢の良い垂直の背筋を、直角に折って、頭を下げた。
「この通り、頼むよ!」
「すみませんがおことわりします」
最後は完全な棒読みで、握られた手を強引に振りほどいた。即座に鞄を手にして、振り返らずに走り去る。
「待ってほしい……!」
背後から焦った声がかけられる。
でも無視。屋上庭園から建物に駆けこみ、階段を下りる。廊下に出たところで、息切れしながら呟いた。
「……なんだったのかしら」
こっわ。変なやつに変に絡まれた。
何とか逃げたけど、嫌な予感がひたひたと忍び寄る。寒くもないのに体が震えた。
────残念だけど、しばらくあのベンチに行くのはやめよう。そう決めた。
……なのに。
翌日から、そいつはたびたび私の前に出没するようになった。泣きたい。