05-09. 私の卒業式
◇◇◇
月日は流れ、ド地味な優等生ムーブを貫いて残り二年間過ごした私だが、ここにきて最大の難関を迎えていた。
卒業間近となった冬──私の手元に、一通の封書が届いた。私はそれをドキドキしながら開けた。
横で見守るお父様とお母様は、ハラハラしたお顔で私の動きをじっと見守っている。
封筒から紙を取り出し、おっかなびっくりマリアと一緒に覗きこむ。王宮でよく使われる、真っ白な高級紙の上に書かれた文字は──【合格】。
「やったわ……! 私……私、受かったのね!!」
「おめでとうございます、お嬢様」
「……うむ。よくやった、アデル」
「あなたは本当に頑張ったわ。おめでとう」
侍女とひしっと抱きあって喜ぶ娘に、お父様とお母様は労いの言葉をかけてくださる。その表情は誇らしげではあったが、ほんの少し、残念そうでもあった。
今確認したのは、先日行われた王宮の登用試験の合格通知。
添え書きには、成績優秀につき、希望の部署に配属する旨と、申請方法などが書かれている。
やったーーーー、これで卒業後の進路が決まった。しかも希望どおり、財務官として働ける。
八年越しの夢が叶ったのだ。
ふわふわした心地でいると、お父様が、ハァ、とため息をおつきになった。
「やれやれ、これでわが家は、本格的に養子を探さねばならんなぁ……」
「この子はこうと決めたら絶対に折れませんもの。仕方ありませんわ、あなた」
お父様がぼやき、お母様が慰めている。
「申し訳ありません、お父様、お母様」
私はマリアから離れ、両親にあらたまって頭を下げた。
就職先が決まったのは嬉しい。
だけど……二人の少し落ちこんだ顔を見ると、申し訳なくなる。
両親は、私に家を継いでもらいたがっていた。それは私も分かっていた。
でも、そうすると、王国存続、ギロチン回避、及び両親ご長寿計画が遂行できない。
財務官になる事は、私なりの親孝行なのだ。どうか、許していただきたい。
「お前は賢い。王宮でも頑張りなさい」
「あなたならきっと成功するわ」
両親はほんの少しだけ苦い顔で笑って、温かい言葉をかけてくれた。
私、"悪女"の頃の罪滅ぼしと、今回の恩返し、きっとやりとげてみせますね……!
私は両親に頷いて、固く決意したのだった。
…………続く最終学期はなかなか忙しかった。
研修やら寮に移る準備で、数ヶ月が飛ぶように過ぎ──
晴れて、卒業式を迎えた。
◇◇◇
厳粛な空気が漂う講堂で、式典が進行していく。
会場を見渡すと、鼻を啜ったり、うるうると泣いてる子が何人もいた。
私が教養科の首席として壇上で表彰された時は、招待席にいた私の両親の目も潤んでいた。
式を終えて、卒業証書を手に講堂を出る。晴れた空が清々しい。
手を額にかざし、目を細めていると、後ろから誰かにガバッと抱きつかれた。
「アデル!」
「ソニア」
「やっと卒業ね! 今までありがとう、あなたには本当に感謝してもしきれないわ!」
満面の笑みを浮かべた今のソニアは、360度どこから見ても完璧な美少女で、未来の王太子妃にふさわしい気品さえ漂っている。
ピンクと水色に髪を染めて、ド派手なメイクをしていた頃のソニアが懐かしい。本人は黒歴史だと恥ずかしがるけれど、あれはあれでかわいかったし、彼女には必要なステップだったと思う。
ソニアと抱き合って卒業を喜んでいたが、彼女はこれから王宮で小さな祝いの席があるとかで、名残惜しそうに帰っていった。
私は両親を少し待たせて、そろーっと屋上庭園に向かった。
いつもどおり、庭園にはひと気がない。春爛漫の庭を突っ切って、あのベンチの前に立つ。
古びたベンチは、咲き誇る花々に埋もれるように、私を静かに待っていた。
黙ってその光景を眺める。
ジーク先輩やソニアとここで色んな話をしたなぁ……と思い出に浸って、小さく苦笑する。
学院はあくまで勉強するために来たのに、卒業の日に、こんなに感傷的になってしまうとは思わなかった。我ながら意外だ。
今日、学院を出たら、ここに来ることはもうないだろう。だから柄にもなく、しんみりした気持ちになったのかも知れない。
と、ガサリと茂みが音を立てて、誰かがぴょこっと顔を出した。そのキラキラ貴公子スマイルに目が丸くなる。
「君はやっぱりここにいたんだね」
「え、ジーク先輩。なんで……」
「不法侵入した」
「嘘ですよね?」
「うん、嘘」
先輩はベンチのそばで驚いて突っ立っている私に、柔らかく微笑みながら近づいてきた。
卒業式に招待されているのは、四年生の親族のみ。どうやって入りこんだんだろう。
疑問に思ったのが顔に出ていたのだろう。
先輩は悪戯っぽく笑った。
「闘技会で四回優勝したから、僕はわりと学院に顔が利くんだ。それで少し無理を言って、今日は特別に入れてもらった。一番の友人が卒業するんだから、祝福しないわけにはいかないよね」
「……」
「アデル、卒業おめでとう」
「ありがとうございます……」
嬉しそうに笑っている先輩を見ていると、なぜか胸がいっぱいになった。不覚にも泣きそうになる。
慌てて顔を俯かせて表情を隠す。
本当にビン底メガネで良かった。うるっとしたのもバレてないはずだ……!
元"英雄"──ジーク先輩に泣かされるなんて、めちゃくちゃ悔しい。泣いたのがバレたらもっと悔しい。
深呼吸して、感情を落ち着かせる。
顔を上げると、先輩が落ちついた顔でじっと私を見ていた。
学生時代より少し精悍さが増して、大人っぽくなったように思う。だけど、キラキラ粒子をふりまく貴公子スマイルはずっと変わらない。
この見映えのする外見で鬼強いのだから、先輩はいずれ本当に近衛騎士に抜擢されるだろう。
いつまで彼と友人でいられるかはわからないけれど、何となくそれは、私にとっても誇らしい事のような気がした。
◇◇◇
両親とタウンハウスに戻り、ささやかながらお祝いをした。家族でテーブルを囲み、いつもより少し豪華なディナーをとる。
そして寝る支度を終えた頃に、マリアが脱いだ制服を取りに来た。
サイズの合わないブカブカの制服は、もう二度と着る事はない。
マリアは手に取った制服をそっと撫でて、しみじみと呟いた。
「アデルお嬢様、四年間よく頑張られましたね。あらためて卒業おめでとうございます」
「ありがとう。あなたが最初にアドバイスしてくれたお陰よ」
「あれほど勉強嫌いだったお嬢様が、まさか本当に学院に行かれるなんて思いもしませんでした。それも首席で卒業だなんて」
「それは言わないで」
我が儘で勉強が大嫌いだったかつての私。
"悪女"時代ほどではないが、昔の話をされると恥ずかしくて赤面してしまう。
今となれば、当時の自分を知ってるのはマリアのような昔からの使用人か、両親くらいしかいないのだけれど。
「ふふ、でも、マリアは昔から変わらないわね」
「そうでしょうか。自分ではよくわかりませんが」
相変わらず表情の薄いマリアは、軽く首をかしげた。
年齢を重ねても、彼女の外見にはほとんど変化がない。もしギロチン回避して、余裕が出来たら、アンチエイジングの秘訣を教えてもらいたいものだ。
私は近々寮に移り住むので、このタウンハウスにはあまり帰って来れないだろう。
ずっと側にいてくれたマリアと離れるのは寂しいけれど、これが大人になって自立するという事でもあるのだ、きっと。
「おやすみなさいませ、お嬢様」
「ええ、おやすみなさい、マリア」
明かりを消したマリアが静かに部屋を出ていく。
薄い暗闇の中、私はベッドの中で静かに眠りに落ちた。




