2. "悪女"と"英雄"
先輩たちが卒業してからの学院生活は、これまでとは比較にならないくらい平穏だった。
ひたすら、ド地味な優等生路線を突き進む。
成績は常に上位をキープ。
合間に時々、ソニアの恋愛相談に乗ったり、妃教育の愚痴に付き合ったり。
……あとは、ほんのたまに、変装したジーク先輩と街で会ったり。
手紙では何度かやりとりしていたが、ジーク先輩と会う機会ははなかなかなかった。
ようやく先輩と会う事が出来たのは、卒業から四、五ヶ月も経ってからだ。
会う予定をソニアに伝えると、彼女は「もちろん私も行くわよ!」と鼻息荒く宣言し、妃教育を前倒しして、学院の課題を半泣きになりながら仕上げ、どうにかその日外出する時間を捻出していた。
執念がすごい。
ソニアは元々優秀な令嬢だ。
それでも妃教育と学院の勉強を両立させるには、多大な努力とエネルギーが必要で、ぼっちでコツコツの私よりずっと大変なのは、側で見ていてもよく分かる。
たまには友人と語らいながらお茶でもしないとやってられないんだろう。
ちなみに、"悪女"には妃教育を受けた記憶はない。
もちろん全力で拒否したからだ。本物のバカだ。
今回は、ごくまともな王太子妃で良かったぁ……!!
◇◇◇
というわけで。
私たちは、パフェがおいしいと評判のカフェにやってきた。
「わぁ、素敵なお店ですね!」
「本当ね! パフェの種類も多くて迷ってしまうわ」
「一ヶ月予約して待った甲斐があったね」
アイボリーを基調とした内装が綺麗なこのカフェは、有名パティシエが監修していると謳うだけあって、かなりの人気店である。
一ヶ月前から予約して、私もすごく楽しみにしていた。
「ねえアデル、どのパフェにするかもう決めたの?」
「いえ、まだです……イチゴも良いのですが、チョコも非常に捨てがたく……」
「それなら、私がチョコにするからあなたはイチゴを頼みなさいよ。後で一口交換しましょ」
「……そうします!」
女子二人がキャッキャしているのを、先輩はほのぼのと微笑ましげに見守っている。
舞踏会以来、先輩とソニアのギスギスした空気は、少しだけ減った。
舞踏会での協力関係を経て、互いに何かしら思う所があったのだろう。
険悪な空気の中、パフェを食べるのはかなり辛いので、この二人も丸くおさまって本当に良かった。
それはともかく…………私たち三人は、オシャレな店内で非常に浮いている。
全員、ビン底眼鏡に、もっさりした髪型もしくはカツラ、ダボダボの地味な服だものね。
ジーク先輩もソニアも目立つから、変装は仕方ないんだけど……
特に、ソニアは王太子妃に内定した。素顔でホイホイ街に出てよい立場ではなくなったのだ。
目立たないが、私たちの見える位置に護衛も控えている。
でも店員さんの視線がちょっと、というか、かなり冷たいのよね……
私たちはあーだこーだ言いながら、三つのパフェを注文した。
少し待つと、宝石のように綺麗にデコレーションされたパフェが運ばれてきて、「食べるのがもったいない」と言いながらぱくぱく食べた。
ふわふわのクリームや甘いフルーツ、ほろ苦いチョコレートを堪能しながら、おしゃべりするのは楽しい。
学院最強のぼっちだった三人組も、ずいぶん成長したものだ。泣ける。いや、泣かないけど。
パフェの器の底が見えてきた所で、私は気になっていた先輩の近況を尋ねた。
「……ジーク先輩とお会いするの、本当に久しぶりですね。騎士団はやっぱり忙しいんですか?」
「そうだね……特に新人騎士は、鍛練とか演習の予定がみっちり入ってて、休みもほとんど取れないんだ。それがやっと一段落したところ」
「それは大変でしたね……お疲れさまでした」
「うん、でもキツくはないよ」
先輩は爽やかに笑っているが、運動神経が破壊的な私には、想像を越えた地獄だろう。
一度は女ゴリラを目指した身だけど、早々に諦めて良かった。
ご家族についてもさりげなく探りを入れてみた。
先輩によると、全員元気でやってるとの事で、こっそり胸を撫で下ろす。
あ、そうだわ。ついでに結婚についても聞いてみよう。別にけしかけるとかじゃなく、聞くだけだ。
先輩の結婚事情は、王国の未来にも関わる話だものね!
「ジーク先輩って、婚約とか結婚はしないんですか?
縁談もたくさん来てそうだし、美女から可愛い系、家柄なんかもよりどりみどりでしょう?」
「「ぶっ」」
なぜか、先輩とソニアが同時に吹き出した。
ジーク先輩の顔……クソデカ眼鏡の下が真っ赤になっている。
「……………………僕は、好きな子としか結婚するつもりないから」
「はぁ……そうなんですね」
すごく真面目で素朴な人だとは思ってたけど、純情でもあるのね……
「………………君はどうなの?」
先輩はコホンと咳払いして、こっちに尋ね返した。
私はうーんと首をかしげた。
「そうですね……両親が時々縁談を持ってくるので、少し困ってます」
「…………そうなんだ」
先輩は笑顔のままピシッとフリーズしたが、私はそれに気づかず話を続ける。
「でも私は結婚するつもりはないんです。家督についても、養子を取るように頼んではいるのですが……私の婿に継がせるのを、まだ諦めきれないみたいで」
「…………なるほどね」
先輩のフリーズは解けたが、まだ顔色は悪い。
そのそばで、ソニアは、私たちの会話をたいへん微妙な顔で聞いていた。
そうして暫くして解散となったが──
帰りがけ、なぜか、ソニアが先輩を「………このヘタレ」と突然罵っていた。
先輩はものすごく苦々しい顔で、「王太子妃になるのなら、言葉に気をつけた方がいいよ」と言い返していた。
この二人はまだまだ仲が悪いみたいだ。
◇◇◇
そんな感じで、お忍び風のお友だち会は無事、楽しく終わった。
とはいえ、学院を卒業しても、先輩と会うのは気が抜けない。ジーク・ライヴァルトといえば、今や騎士団の有名人で、いずれは近衛に抜擢されるともっぱら噂だからだ。
そこで一つの疑問がよぎる。
かつての"悪女"は、"ジーク・ライヴァルト"が英雄になるまで、その存在を一切知らなかった。これはなぜなのか。
今思えば本当にアホだけど、"悪女アデルハイデ"は美しいものに目がなかった。先輩ほどの美貌なら、"悪女"が真っ先に目を付けそうなのに、認識すらしていなかったのである。
その理由を考えると──逆行前の彼は、騎士団のエリートコースに乗らなかった、という説が私の中で有力だ。
下級騎士になったか……あるいは実家に帰ったか。
いずれにせよ、王宮で有名になるような存在ではなかったのだろう。
その分岐になったのは、
『先輩が留年しかけた時、私が勉強を見てあげた』
コレじゃないかと思ってる。
かつてのジーク先輩は、友だちに助けを求められず、留年ののちに学院を退学したのだろう。だから、騎士団のエリートコースに乗れなかったのだ。
先輩がケツ筋で小枝を折ってたら……違った未来があったかもしれないが。
仮に……この推測が正しければ。
元"悪女"が、元"英雄"の人生に、うっかり干渉した事になる。
うん。でも、勉強を教えた時は、先輩が"英雄"だったなんて、ちっとも知らなかったんだものね。
とりあえず全部丸くおさまったから、結果良ければ全てヨシ!……と言いたいところだけど、何となく誰かの手のひらで転がされてるような、悔しい気がするのはなぜだろう。




