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【受賞】元"悪女"は、地味な優等生令嬢になって王国の破滅を回避します!  作者: es
本編

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03-01. 春の休暇

 


 結局、私はあれから数日学院を休み、ひっそりと春の長期休暇を迎えた。

 あんな目立つ事になってしまったのだ。怖すぎて学院に行けない。

 "英雄"発覚の件もあって、図太い私も、さすがに動揺せずにはいられなかった。


 だが──この一件は思ったよりすんなり収束し、私を大いに安堵させた。



 ──『"氷の貴公子"が、倒れた女生徒を救護室に運びこんだらしい』


 こんな噂が一時学院を席巻した。

 しかし、運ばれていた女子生徒(わたし)は特定されなかった。

 なぜなら、ジーク・ライヴァルトが飛ぶ鳥もかくやという凄まじい勢いで疾走していたせいで、抱えていた女子生徒を、誰もはっきりと認識出来なかったのだ……!


 これを知った時は、泣きそうなくらい喜びましたね。

 本当に、"英雄"の身体能力にお礼したくなったわ。しないけど。


 私はジーク・ライヴァルトの所業に慄き、休暇に入るまで仮病で講義を休んでしまったけれど、結果的にはこれも正解だった。

 タイミングは明らかに黒だったのに、空気のように存在感のない私は、休んだ事で存在感が限りなく無になった。そのため、私を疑う同級生もいなかったのだ。


 誰もいない森の奥で、倒れる木は音を立てるか。

 哲学的には「立てない」。

 それは認識する者がいないから。

 つまりそういう事だ。

 要するに、ぼっちの勝利である。


 一方、ジーク・ライヴァルトに真相を尋ねる猛者もいなかった。かくして、真相は闇のなか。

 そうして噂は中途半端になって、立ち消えてしまったのである。命拾いした……


 このまま、長期休暇を挟んで、完全に忘れられる事を心から願う。


 ……というわけで、ズル休みしたまま、私は春の休暇に突入した。


 噂は落ち着いたが、春の休暇中も私はそれなりに忙しく過ごしていた。

 ジーク・ライヴァルト及び、その家族周辺を調べるのに、かなりの時間を費やしたからだ。



 ◇◇◇



 ──やるべき課題をすべて終えて、一息つく。

 勉強はやった分だけ知識になる。そこに、一種の快楽のようなものを感じる。

 以前の私なら、そんなこと考えもしなかった。勉強なんて、あのカサカサする黒い虫より苦手だったのにね……

 多分、私は極端から極端に振り切るたちなんだろう。


 凝った背筋を反らすように、軽く伸びをする。

 そこで、ふと思い立った。


 今、自室にいるのは私だけ。マリアも所用に出掛けている。暫く邪魔は入らない。

 私は二重底になった引き出しの奥から、誰にも見せない秘密のノートを取り出した。


 このノートには、逆行前の記憶を細かく記録してある。今回の人生で得た情報も、都度書き足している。いわば、私の運命を握る一冊だ。


 でも、万一これを誰かに見られたら、

 ────死ねる。



 考えてもみてほしい。「時間が巻き戻った」だの、「王国を破滅させた元"悪女"」だの、ありえない話をしている子がいたら、周りはどう対処するだろうか。

 ふつうは、虚言癖とか妄想を疑うはずだ。


 思春期の黒歴史認定とかだったら、まだいい。

 万一、「頭がおかしいから一生隔離しよう」──なんて話になったら洒落にならない。


 ギロチンとは一生無縁でいたい。

 かといって、妄想癖のあるイタい少女として社会的に死ぬのも困る。

 なので、このノートは、厳重に人目につかない場所に常に保管していた。



 取り出した極秘ノートにペンを走らせ、休みの間に調べた、ライヴァルト家の情報を整理していく。

 ふふ、結構細かく調査したのよね。

 かつて、私の首と胴をサヨナラさせた相手だ。詳しく知るに越した事はない。



 "英雄"の実家──ライヴァルト子爵家。王国北方に位置する地方領主一家。

 当主、コリン・ライヴァルト。

 妻はカタリナ。元王宮騎士。

 この二人が、"英雄ジーク・ライヴァルト"の両親だ。


 父親のコリンに、特筆すべき点はない。

 地方領主としての評価は「及第点」。ごく平凡な地方貴族である。

 しかし、"英雄"の母親であるカタリナの経歴は少々変わっていた。


 騎士時代のカタリナは、美しく有能な王宮騎士だったという。

 また、"怪力"でも有名だったらしい。

 王宮の石像を持ち上げ、ブン回したという話もある。それを知って、私は心から戦慄した。


 そういえば、ジーク・ライヴァルトも「母が素手で猪を倒した」と言ってたっけ……

 騎士時代の逸話から察するに、話を盛ったわけではなさそうね。

 ジーク・ライヴァルト以上に敵に回したくない女傑。それがカタリナだ。


 ちなみに、彼女はコリン・ライヴァルトに一目惚れして、結婚を申し込んだそうだ。

 ──猪を素手で倒すカタリナに結婚を迫られたら、断れる人間はいないと思う。コリンの心境はいかばかりか。

 とはいえ、今に至るまで二人の仲は極めて良好のようだ。


 ……続いて、ライヴァルト家の領地。

 あの辺りはあまり豊かとは言えず、人も少ない。

 土壌が痩せて作物の実りが少ない上、街道から遠く、商業的発展も望めないからだ。

 しかし領民たちに大きな不満はない。

 ライヴァルト家は地道な経営手腕を尽くして彼らの暮らしを支えており、領民たちもそれをよくわかっているようだった。


 ──情報を総合すると、現領主コリン・ライヴァルトには、横領に手を出すような必然性や、悪辣性は見られない。

 そうなると、巻き戻り前に起こったとされる横領事件はやはり冤罪を疑ってしまう。


 ──いえ、決めつけは良くないわね。

 どんな人間も魔が差す事はある。判断は保留にしておこう。


 最後に、ライヴァルト一家の家族構成。

 コリンとカタリナの間には、五人の息子がいる。長男は次期領主として父親を補佐。次男は東方の要塞の管理監、三男は地方官吏として働いている。

 四男は近隣の地方領主に婿入りしており、その家を継ぐ予定になっていた。

 私が調べた情報と、ジーク・ライヴァルト本人の話も一致している。


 そして五男、ジーク・ライヴァルト。

 王立学院騎士科に在籍。年齢は十五歳。新学期からは四年生だ。

 奇跡の美貌の持ち主であり、"氷の貴公子"などと呼ばれ、女生徒から絶大な支持を得ている。


 場合によっては、"英雄"となって王国に反旗を翻し──私を処刑するかもしれない男。

 彼の動向は、私のギロチン回避や、王国の存亡と密接に関わる事になるはずだ。


 かつて敵同士だった"英雄"と"悪女"。

 私たちは、どんな関係を築くべきなのか。

 かなり悩ましい。

 そうして迷ってるうちに長期休暇は終了し、私は二年生になっていた。



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