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【9/2発売】元"悪女"は、地味な優等生令嬢になって王国の破滅を回避します!  作者: es
第三章

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5. "英雄"が生まれた理由

 


 ◇◇◇



 ────何時間寝ていたのだろう。薄く目を開けると、視界に映ったのは知らない天井だった。


 私、どうしたんだっけ……

 ぼんやりしながら、小さく身じろぎする。


 どこかのベッドに寝かされているようだ。

 あの少年が、"英雄"だとわかった瞬間。

 私は倒れて……ここに運び込まれたのだろう。


「あら、起きたのね」


 衣擦れの音で、私の目が覚めた事に気づいたらしい。部屋にいた誰かに声をかけられた。

 首だけ動かしてそちらを向く。すると、小さなデスクで書類を片付けていた白衣の女性が、私を見てニコリと笑った。


 年は四十代半ば。丸みを帯びた穏やかな顔には、見覚えがある。学院の保健医ノーラさんだ。

 彼女は「もう大丈夫そうね」と小さく笑みを浮かべて、状況を教えてくれた。


「あなた、屋上で急に倒れたんですって。騎士科のお友だちが、血相変えて、救護室に運びこんでくれたのよ。

 軽い貧血だと思うからって、彼には講義に戻るように言ったのだけど、ひどく心配していたわ」

「きしかのおともだち」

「えぇ。彼、"氷の貴公子"って呼ばれてる、超有名人でしょ?」

「うわぁ……」


 思わず頭を抱えた。

 運ばれる途中で誰かに見られたりしたかな……しただろうなぁ……目立ちたくなかったのに……!


 一人焦っていると、ノーラさんは「若いっていいわね~」とのほほんと笑った。


 あの顔。何か……途轍もなく、大きな誤解が生じてる気がする。

 そう、例えば、「地味な女生徒と人気者の男子が隠れてつきあってる」とかそういうの。

 本気で勘弁してほしい……!


 なんといっても、前回人生の私と彼は、「殺(ヤ)るか殺(ヤ)られるか」のサツバツとした関係だったのだ。私たちのあいだに、甘い関係なんて砂粒ほども存在しない。


 それを全く知らないノーラさんは、私が慌てているのを見て、勘違いを加速させたようだった。「あらまあ」と笑っている。

 本当に全然違いますから……泣きたい…………


「ふふ、とりあえずお友だちは置いといて、あなたの顔色はずいぶん良くなってるわよ。大丈夫そうなら、講義に戻る?」


 ノーラさんに尋ねられ、私は少し考えてから首を振った。今はとてもそんな気分にはなれない。


「……まだ気分が優れないので、このまま帰ってもよろしいでしょうか?」

「もちろん構わないわよ。でも、荷物は教室にあるのよね?」

「はい……でも今は学年末ですし、教科書類は持ち帰らなくても大丈夫です」

「そう。では気をつけて帰ってね」

「はい。ノーラさん、ありがとうございました」


 礼を言って、私は身支度を整えて救護室を出た。学院入口に馬車を呼んでもらい、帰途につく。




 馬車に揺られながら。

 私は細いロープを辿るように、"悪女アデルハイデ"の記憶を手繰り寄せていた。ぎゅっと目を閉じて、両手を組み、自分に強く言い聞かせる。


 ──思い出せ、アデルハイデ。思い出せ。

 "英雄ジーク・ライヴァルト"は、なぜ、反乱軍に加わったのか。それが分かれば、対処のしようがあるはず……!


 私は、必死に記憶を探った。

 だが最初の人生──"悪女アデルハイデ"の記憶に、"英雄"にまつわる情報は多くない。


 あの頃の私は、王国を揺るがしかねない反乱軍にも、ほとんど興味なかった。

 世紀のアホだった私は、「烏合の衆である反乱軍など、わが王国軍に瞬く間に鎮圧されてしまいますよ」という側近の甘言を真に受け、高を括っていた。

 自分に火の粉が降りかかるなんて、思ってもみなかったのだ。ホント、なんてバカ……!



 ──その時、ふと何かが引っ掛かった。

 処刑前。何もかもに絶望して牢でへたりこんでた時に、牢番が何か……言ってた気がする。


『……がいい』


 泡沫のように記憶が弾ける。

 私はハッと顔を上げた。


 ──牢番は憎悪に満ちた目をして私を睨み、こう言った。


『"英雄ジーク・ライヴァルト"の家族は、横領の濡れ衣を着せられ、処刑されたのだ。俺の父も似たような冤罪で殺された。

 お前が国を乱したせいでこうなったのだから、その報いを受けるがいい』




 ──うーん。自業自得すぎるわね、前回の私。


 事実、あの頃は文官や貴族の不正が横行、まともな人ほど追放される、悪夢の時代だったのは確かだ。

 牢番の話を確かめる術はもうないけれど、状況的に「それはない」と否定もできない。


 仮に……"英雄"の家族が濡れ衣で断罪され、そのせいで、ジーク・ライヴァルトが反乱軍に身を投じたのが本当なら。

 その横領事件は、私のギロチン回避と、王国の存亡に深く関わってくる。



 それにしても、因果応報とはよく言ったものね……

 牢番の言葉を思い出し、私は海より深く落ちこんだ。


「……それでも、先の事を考えないとね」


 馬車に揺られながら、一人呟く。


 こうなってみると、彼と顔見知りになってかえって良かったかもしれない。

 私は、ジーク・ライヴァルト本人に聞いて、彼の家族が今のところ無事だと知っている。


 ジーク・ライヴァルトは「春休みに家族と領地で過ごす」と話していた。

 現時点で横領疑惑は発生しておらず、彼の家族は平穏に暮らしているのだ。


 ──では、もし冤罪が発生するなら、いつになるだろう。

 前回人生の冤罪は、国が荒れた時期を考えれば、私が王太子妃になった後──おそらく十五歳以降。

 今の私は十三歳だ。発生時期が同じなら、もう少し先。

 ただ……私の選択が変わった以上、冤罪が発生しない可能性があるし、時期が変わってしまうかもしれない。


 未来のどこかで、家族を冤罪により殺された"ジーク・ライヴァルト"が反乱軍を立ち上げれば、最悪、私や両親はギロチン行きだ。

 彼が"英雄"になり、この国を滅ぼしたら……私も、お父様もお母様も終わり。


 小さく唸って、天を仰ぐ。

 貴族的に考えれば、力を持たない少年の内に"英雄"本人や彼の家族を潰す、という手もあるにはある。

 でも、そのやり方を取れば、今の私も、"悪女アデルハイデ"と同じ場所まで堕ちてしまう気がした。

 それに、"英雄"の母親は人外級の怪力らしい。

 返り討ちにあうリスクは無視できない。


 ならば。

 私のギロチン回避のためにも、彼──ジーク・ライヴァルトの家族を、冤罪事件から守るべきだ、という結論になる。



 …………もうやだ。

 つかれたよー。たのしくあそんでくらしたい。

 むずかしいことなんかかんがえたくない。



 ポンコツだったかつての私が顔をのぞかせて、泣き言をいう。ですよねー、と今の私もげっそりと頷く。

 でも、やるしかないのだ。

 やるだけやって、いざとなれば、両親を連れて国外逃亡する準備だけはしておこう。



 と、そこで……もう一つ厄介な問題を思い出した。

 ジーク・ライヴァルトに救護室に運ばれた件だ。誰かに見られて、"氷の貴公子"のファンにやっかまれたら、かなり面倒くさいのでは。

 もうすぐ長期休暇に入るから、その間に忘れられたらいいなぁ……!

 完全に気配を消して、休暇まで仮病で休んでもいいかもしれない……


 考え事に耽っていた間に、馬車はゴトンと音を立ててタウンハウスの前に止まった。

 一つため息をついて馬車の扉を開ける。

 ふと見上げた空は、よく晴れていた。

 透き通るような青は、処刑の日の空と…………ジーク・ライヴァルトという少年の青い瞳に、よく似ていた。



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