魔力の質
「ねぇ、レオ。話は変わるけど、アンタ、癒しの魔術が下手よね?」
「へ? うん、皆が嫌がるから、下手なんだろうね」
「でも、アンタは私やお母様、お爺様から癒しの魔術を受けても平気なのよね? 同じ家族で、これはおかしくない? 家族の間で、魔力の質は似通うと言われているのに、アンタだけ明らかに変よね? 私とお母様は、互いに癒しの魔術を掛け合っても平気だから、『チート』は関係ないわよ?」
唐突に姉から、俺が家族の中で異物だ、といわれているようで、なんだか落ち着かない……
「……も、もしかして、俺ってどこかで拾われた子供だったりするのかな?」
「アンタ、バカなの? お母様の出産の際に、マーサを始め、沢山の使用人がついていたはずよ? 大勢の人がアンタの生まれてくるところを目撃しているし、お母様なんて、私よりもレオを可愛がってるじゃないの」
「そうかなぁ? 姉さんの方が、母さんと楽しそうにしている気がするけど……」
俺の言葉に姉は鼻で笑う。
「フン、まぁ同じ女だからね。お母様が楽しそうにしているのと、レオを可愛がっているのとじゃあ、意味が違うわよ」
「う~ん、じゃあ、生まれつきとか突然変異、みたいな感じなのかな?」
「先天性のものか、後天性のものか、アンタに宿る魔力の質が、どこで変異したのか誰にも分からないわ。案外、具現化魔術ばかり使っていたから、変異しちゃったのかもしれないしね」
「ああ、それはありそう……」
魔力症が終わってから、ずっと使ってるもんな……という事は、具現化魔術を使わず、属性魔術の訓練を続けていれば、皆と同じようになれるのだろうか?
……流石に、変身を捨てる気にはなれないが。
「そもそも、貴族ってのは後継ぎに恵まれなかった場合、親類の子を引き取ったりするの。その時、いらぬ諍いを起こさないために、その子や周りの者にあらかじめ周知しておくわ。血の繋がりが薄いとか、全くないとかね。そうやって、生みの親を牽制しておくわけ。そんな話、誰もレオにしてないでしょう? だから、アンタはお父様とお母様の子で、私の弟ってわけよ」
「もし、その子が実際の親と会ってみたい、って言いだしたらどうするの?」
「そこは、その貴族次第じゃないかしら? 大抵は成人するまで、会わせないそうよ」
そういえば、王都で会ったニクラスも、洗礼前で既に大叔父と血の繋がりは無いと知っていたな。両親が事件に巻き込まれて、他界しているとも教えられていたし。
そういう文化なのだろうか?
「姉さんやけに詳しいね? そんな話、父さんの授業には出てこなかったような? これから、習うのかな?」
「王都で王太子妃に、うちの料理人のお菓子を強請られたからね。引き換えに、きわどい話を幾つかしてもらったのよ。その点、同じような侯爵家育ちなのに、ブルーメンタール家のフリーデグントは慎重だったわねぇ。ま、一度会っただけじゃ、そこまで深く入り込めないし、早々に諦めて、カサンドラと友好を結ぶことにしたのだけれど」
「はぁ……?」
姉の話に、なんだか女の闇の部分を見た様な気がした。
「ともかく、レオの魔力はおかしい。ここまではいいわね?」
あの、変な色の魔力球が思い浮ぶ。まだ、誰にも話していなくて、俺と祖父との間で秘密にしているのだ。
しかし、ちょっとした切っ掛けで、こうして気付かれてしまうものなんだな……
「うん……やっぱり、具現化魔術のせいなのかな?」
「原因なんてどうでもいいわ。大した考察じゃないし、ちょっとした思い付きだけれど、私たちの魔力が綺麗な純水だとすると、レオの魔力は濁り切った泥水、みたいなものじゃないかしら?」
「えぇっ!? 何だよ、その例え!」
ただ、その例えに、あのマーブル模様の魔力球を連想し、説得力がある気がした。
「泥水が気に入らないのなら、汚染水、排水、濁水、と、まぁ色々ある訳だけれど……」
「なんで、全部汚いんだよ!」
「だって、真水を飲んでも何ともないけれど、泥水はお腹を壊したりするわけじゃない? 私たちが、レオの魔力に痛みや違和感を覚えるのは、そういうことでしょ? 真水に泥水を混ぜると濁るけど、泥水に真水を混ぜても汚いままってことよ」
「くっ、正論っぽくて、何も言い返せない……」
「ぐう正論、なんて久々に聞いたわ。それで話は戻るのだけれど、隠しカメラの距離って、私の魔力で何とかなるのじゃないかしら?」
「へ?」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
「レオが具現化した物に、私の魔力を注入できないのかって言ってんのよ」
「はぁ……成る程? 取り敢えず試してみる?」
俺は祖父と一緒に、姉達を見張っていた時の隠しカメラを具現化して、姉に手渡す。
「ふぅん、いかにもって感じのカメラねぇ。これを、王都の人たちが来た時に仕掛けてたってわけ? どれどれ……」
姉は手のひらサイズの小さなカメラへ魔力を送り始める。すると、ピシッとカメラにヒビが入り、粉々に砕け散ってしまった。
「何よ、脆いわねぇ……」
「姉さん、注ぎ込む魔力が多すぎるよ。そもそも、維持するための魔力ってほんの僅かなんだから」
「そうなの? アンタ、金色の盾を創り出したときは、あの大男の魔術を受け止めてたじゃないの?」
「あれは魔術を撥ね退けるっていう、魔抗金のイメージが……あ、そうか、姉さんの魔力を受け入れるイメージが足りてなかった」
「ああ、意念ね。私も魔力制御で調整してみるわ。色々と試してみましょ」
そうして、俺が何台もカメラを創り出しては、姉が次々と壊していく。
「やっぱり、無理なんじゃない?」
「う~ん、理屈は合ってるはずなのだけれど……もしかして、創り出してすぐだから、魔力容量がいっぱいなのかしら? そこへ、私が魔力を無理やり流し込んでいるから壊れてしまう?」
「あ、そうかも?」
「だとすると、魔導具はどうやって必要な時に必要なだけの魔力を……あ、もしかすると、魔導具には魔抗金も使われているのかもしれないわ」
「え? 姉さん魔導具の勉強もしてるの?」
「いいえ、まだ魔紋の勉強だけよ。となると……『コンデンサ』とか『インバータ』みたいなものがあればいいのかしら?」
「何だっけ、それ? 何処かで聞いたことがある様な……」
「私もよく知らないわ。前世であった精密機械に組み込まれるもの、ってくらいの知識しか。電気工学の勉強なんてしてなかったからね。確か、電力を調節したり、有効的に使うためのものだったはずよ」
「ふぅん? それで、魔抗金がどう関わってくるの? 魔導具って魔導銀が使われてるんじゃなかったっけ?」
「勿論、魔導銀も使われているけれど、魔抗金は魔導具の発動に、必要な魔力量を必要な分だけ、流すために用いるのじゃないかしら? ああ、でも、もっと別に適した素材があるのかもしれないわね。ま、魔抗金なんてどうでもいいわ。そもそも、レオの具現化した物が、長距離を維持できるかどうかの問題なのだから」
「そりゃそうだけどさ……」
それからも、俺は色々と試行錯誤してみる。姉と話していて納得がいったのは、やはり、電化製品をなぞらえるという事だ。つまり……
「ま、結局、こういう不細工なことになるわよね……」
「だって、姉さんを『コンセント』に見立てるとこうなっちゃうよ」
結局、カメラに魔力補充のためのコードをつけ、その先端を姉に持ってもらう。姉が魔力を補充するのではなく、カメラが自身を維持する為に、魔力を吸収する形となった。
姉は姉で、吸収する力へ抵抗しないようにしなければならない。微弱過ぎるので、身体強化を解かないと上手くいかないのだ。
「レオ、そこの窓からカメラを落とすわ。コードを伸ばしながら、三件目までカメラを持っていって、四件目へ寄ってここへ戻ってきなさい。どうなるか実験よ」
「分かった。そこの窓から飛び降りるから、カメラを渡して」
「大丈夫なの? って、屋上から飛び降りてたか……お爺様と同じで、無茶するわねぇ」
「え? 身体強化さえできれば、姉さんもできるでしょ?」
「出来るか出来ないか、で言えば出来るけれど、それ以前の問題よ? スカートだから、戦闘中でもないのなら何処かで躊躇してしまうわ」
「へぇ? 淑女としてってこと?」
「そんなところよ。さ、早くなさい」
そうして、俺は窓から飛び降り、カメラのコードを伸ばしつつ、被害のあった三件目の店へと歩いていく。こうして、コードを延長していくのは何だか疲れるな……
今迄、こんな使い方をした事がなかったからなぁ。この、具現化魔術の新しい使い方、何か変身の足しにならないだろうか?
夜中ではあるが、一応、人目に付かないよう、黒いコードを建物の端に沿って伸ばしていく。被害があったという、店の前の植木へカメラを設置し、別の被害があった場所へと向かう。
四件目の店へと向かう為、近道しようと細い路地に入る。すると、前から変わった男が歩いて来た。
「いい夜だな、貴族の坊ちゃん」
すれ違う瞬間、男はそんな言葉を呟いて、俺の横を通り過ぎていく。細身で背の高い男は夏らしく、袖なしシャツたが、バケツをひっくり返したような帽子を目深にかぶり、地面すれすれの青いマフラーで口元を隠していた。
夜とはいえ、この暑さの中で、俺は長袖に赤いスカーフを首に巻いている。薄手の生地だが、暑くない訳がない。姉の場合は、薄手の白いショールを肩にかけている。
ただし、多少なりとも身体強化ができれば、話は別だ。身体強化を行っていれば、多少の暑さや寒さは軽減される。
これは貴族としての見栄と義務らしいが、祖父に言わせると、これも修行の一環だと笑っていた。
なので、誰でもという訳ではないが、一目でこちらを貴族だと見破るのは容易だ。リーヌスの部下は、俺達を貴族と見抜けなかった。そういう、知識がない層もいる。
何と無く、コイツが一連の事件の犯人だろうな、と感じた。その声に、何処か人を蔑むような、或いは自信が漲っているような、そんな雰囲気を感じ取ったからだ。
普通の平民なら、俺が貴族だと分かれば、こんな発言はしない。まぁ、酔っぱらったりしていれば話は別かもしれないが……しかし、明確な証拠がない。
勿論、貴族として、問答無用で捕まえても構わない。間違っていたと分かれば、相手が平民なら一言、謝れば済むだけだからだ。相手が貴族なら、王宮が絡んでくるらしいが……
ずっと昔は、不当逮捕や冤罪が横行していたそうだ。それを改める切っ掛けとなったのが、神殿の存在らしい。
神殿が冤罪を受けた者の家族の面倒を見始める。すると、徐々に民衆の間で支持を集め、一部が貴族と対立するようになっていく。
これを重く見た当時の王が、正式な調査をするための組織を設立するよう、各貴族に命じたそうだ。
俺達のグローサー領は、そこまで歴史が長くない。料理好きの王女がこの領を興した頃には、この不当逮捕や誤認逮捕をしてはならない、という王命は既に浸透していた。
とはいえ、誤認逮捕自体は無くなってないそうだ。父が話してくれたのだが、今でも王都では年に何件も起こっているという。
うちの領は? と尋ねると、父は笑って答えてくれなかった。まぁ、領の犯罪率が少ないそうだから、逮捕どうこう以前の話なのかもしれない。
マフラー男の後姿を見送った後、俺は四件目の店へと辿り着く。そうして、大通りを廻って姉のいるディッテンベルガー本店へと戻った。
すると、裏口の段差に腰掛けて俯いている、門客のオジサンがいた。近くにまで寄ってみると、寝ていると分かる。
俺は起こさない様に、そっとドアを開けて中へ入っていく。門客だとか言っていたが、あれでいいのだろうか?
休憩室に入ると姉が、お弁当を口にしていた。
「ああ、おかえり」
「姉さん、先に一人で食べないでよ」
「しょうがないでしょ、暇なのだから。ゲーミングチェアもタブレットも消えちゃうし……」
「あ、そうか、そっちには何にもしてなかったね」
「突然、消えちゃうからビックリよ」
姉によると、俺が出て行ってから暫くすると、パッとゲーミングチェアもタブレットも消えてしまったそうだ。そして、ドスンと尻餅をついたらしい。
そういう姉の手には、黒いコードをグルグルに巻いて持っていた。一応、実験は成功だろうか?
新たにゲーミングチェアを創り出し、姉へ勧める。姉は粗末な丸椅子に腰かけていたのだ。
「レオ、タブレットもお願い」
「姉さん、まだ、食事中じゃないの?」
「いいのよ、別に。アンタしかいないのだから」
「そう? それより、カメラの方はどう? 魔力を吸われてる?」
「ええ、ホントに維持する為の魔力って僅かなのね? 今も集中しないと気付かないくらいよ」
「へぇ」
姉も俺と同じような感じらしい。とはいえ、俺と姉の魔力の消費量は違うのかもしれない。俺の魔力は具現化魔術に適しているだろうし、姉はバカみたいな魔力量があるからだ。
スマホからタブレットを具現化し、姉に渡すと、俺もテーブルに着く。テーブルに残していったカバンを引き寄せ、ハンネの夜食を取り出した。
今日の夜食は、小さな肉団子とサンドイッチだった。サンドイッチはリクエストした通り、昨夜のゴマダレの蒸し鶏を割いたものと、タマゴサンドが入っていた。
どっちも甲乙つけがたい美味さだなぁ……
姉の方も、指先で摘まめる様な小さなサンドイッチで、器用に片手はコードを握ったまま、サンドイッチを摘まみつつ、タブレットに何か描き込んでいた。
「そういえば、姉さん、犯人と思しき男と出会ったよ。なんだか細長くて、帽子とマフラーをした男」
「ふーん……」
「あれ? 反応薄いね?」
「うん……」
ダメだ、姉はタブレットに夢中になって、俺の話を聞いていない。そして、夜食を食べ終えても、姉はタブレットに何か描き続けていた。




