夜の街へ
馬車で庁舎まで送ってもらった俺達を、ベルノルトが待っていた。
「お待ちしておりました、エリザベート様、レオンハルト様。警備隊の捜査陣には、すでに話がついております」
「ベルノルトがいるってことは、お母様からのお目付け役ってわけ?」
「いいえ、私はただの案内人役ですよ。お嬢様たちと捜査課長との顔を繋ぐための、潤滑油みたいなものです。私が随行するのは警備隊詰所までになります」
「フン、どうせ、私たちが警備隊に無茶いわないかの見張り役なんでしょ?」
「ハハハ、上司に何があったか報告するのは部下の務めですので……さ、こちらです、参りましょう」
ベルノルトは明言を避けつつ、先に歩き出す。そのまま歩きで、子爵庁舎が建っている丘のすぐ下にある建物へと向かう。
警備隊の詰める屋舎は飾り気のない、白い建物だった。玄関には槍を携えた守衛が二人いる。俺達に気付くと敬礼をしてくれるが、その直前に一人があくびを噛み殺していたのを見た。
まぁ、こんなところを襲ってくる輩なんていないだろうし、そろそろ交代の時間なのかもしれない。一日中、気を張っているなんて無理な話なんだろう。
一階は長椅子が幾つも並べられている待合所と、窓口が数か所ある受付で区切られている。受付の奥には幾つもの机が並んでいた。
もう時間なのか、受付にも待合室にも人はいなくて、奥の机に数人の職員がまばらに着き、何やら書類に向かっていた。彼等は残業、なのだろうか?
二人ほど俺達に気付いたが、軽く会釈だけすると、再び書類へと目線を落とした。
受付の端にあるスイングドアを抜けて奥の階段を上っていく。下へ続く階段には地下牢があるが、今は居住者のいない開店休業状態なのだそうだ。
幾つもの扉の前を通り過ぎ、二階の突き当りにある、関係者以外立ち入り禁止、とプレートを掲げてある扉をベルノルトが開く。そこも階段になっていて、俺達は三階へと足を運んだ。
「ベルノルト、ここに来るまで全然人と会わなかったけど、皆どうしたの?」
「ほぼ、夜警に出たのと、内勤者はもう随分前からですが、夜勤を望む者が少ないのです。フュルヒデゴット様の功績と弊害でしょうかね」
「弊害?」
俺の疑問には答えず、ベルノルトは一つの扉をノックする。
「どうぞ」
扉を開けると、男女一人ずつが待っていた。男性の方は金髪で口髭を生やし、背が低くかなり太っている。
逆に女性の方は背が高く、細身でショートカットの青い髪をしていた。何となく、デコボココンビだな、という印象だ。
「お待ちしておりました、エリザベート様、レオンハルト様。私は捜査課長のカイです。こちらは補佐のジモーネ。本日は連続盗難事件の調査資料を閲覧したいとのことで、こうして準備しておきました」
小太りの課長が示したテーブルの上には、数冊の冊子というのか、綴じられた調書があった。
「ご苦労様、課長は忙しいでしょうから、そちらの補佐だけ残して席を外していいわよ」
「は、いえ、私が責任者ですので、そういう訳には……」
「そう? ま、私たちは貴方たちに何も命じられないからね、好きにするといいわ」
「は? いえ、何か命じて下されば……」
何か言いかけた課長を、ベルノルトが前に出て遮る。
「課長、お嬢様方は調書の閲覧に来ただけです。差し出口はやめて頂きたい」
「いや、しかし……」
「丁度いいや、おじさん、いつ頃から事件が始まったの? ベルノルト、質問くらいはいいよね?」
「ええ、勿論ですとも」
ベルノルトは一歩引いて、俺に場を譲る。姉は俺達のやり取りに頓着せず、調書を手に取り読み始めていた。
「ええと、ですね……」
課長が姉の手にしている調書へと目をやる。姉はホントに読んでいるのか? と思える様な速度でパラパラとページを捲っていた。
「春の始まり、十六日目です。それから、約十日前後を挟んで違う店舗が順次、荒らされています」
補佐である、背の高い女性が事件のあらましを話し出した。課長はあまり事件を把握していなかったようだ。
彼女の話では、春の始まり頃から盗難事件が発生しだしたらしい。盗まれた物は食材、主に肉や魚など、仕込み中の物が持ち去られた。
また、侵入経路が不明で、早朝に出てきた従業員が、鍵を使って店舗に入っても、すぐには気付かなかったらしい。彼等は店の制服に着替え、清掃を済まし、仕込みの続きをしようとしたところで、漸く気付いたそうだ。
「金銭的な被害は無いの? 店の売上金とかじゃなくても、魔導具の調理器具や、作動させるための魔石とか」
「いえ、そちらに被害は出ておりません。売上金自体はどの店舗も、その建物の上階に住む経営者が毎日持ち去るそうです。あくまでも、食材のみが狙われています。とはいえ、二次的な被害額は相当な物になるかと。こちらは計上できませんが、高級店である以上、その日の営業利益のみならず、予約客への信用失墜はかなりのダメージになるようです。また、私は調理に関して素人ですが、ものによっては何十日も仕込みに時間が掛かることがあるそうで、暫く営業できなくなる場合もあるようです」
「ふぅん……単純に高級な食材を扱っている店への嫌がらせなのかな? この場合、得するのは、対立するような関係の店とか周囲の店だよね?」
「その可能性が高いと踏んでいるのですが、事件の度に捜査対象がいたずらに増えるばかりで、何か新しい情報がなければ標的を絞り切れない、というのが現状です」
「成る程……」
これが一件だけなら、鍵を持っている従業員あたりが怪しまれるのだろうが、多店舗に跨っての犯行だからなぁ……鍵を預けるって事は店側もその従業員を信用しているって証だろうし、内部犯の可能性は低いのかな?
補佐の女性から話を聞いていると、姉がパサッと調書を置き、腕を組んで天井を見上げながら、何か考え込んでいた。
しかし、そうしていた時間は僅かで、すぐに振り返る。
「レオ、行くわよ」
「え? うん……」
「お、お待ちください!」
姉が部屋を出て行こうとすると、慌てた様子で課長が呼び止める。
「うん? どうしたのよ?」
「もし、何か分かったのでしたら、情報を共有して欲しいのですが……!」
「調書を読んだだけで、何か解る訳ないでしょ。事件解決の手掛かりを掴んだら、貴方たちに伝えるわ」
「ハッ、ありがとうございます。それで、エリザベート様のご希望があれば何なりとお申し付けください」
「ええ、何か思いついたら伝えるわ。気遣いありがとう、ではね」
何とかいって、やけに絡んで来ようとする課長を残し、俺達は建物を出る。
「あの課長、やけに絡んで来ようとしてくるね」
「あれが、フュルヒデゴット様の弊害の一部です。領の犯罪率が少なくなりすぎて、情報収集、分析能力が下がっているのですよ……」
「へぇ?」
「大した事件が起きないからってことでしょう? 平和でいいじゃないの。じゃあ、ベルノルトはここまでね」
「はい、エリザベート様もレオンハルト様もどうかお気をつけて」
そうして、建物の前でベルノルトとも別れ、姉と二人で領都の街中へと繰り出す。まだまだ、宵の口らしく、大勢の人が通りを行き交っていた。
「姉さん、これからどうするの?」
「う~ん、どうしたものかしらね……レオは何かいい案ないかしら?」
「え? 姉さんあの調書を見て、何か思いついてたんじゃないの?」
「何処のシャーロックよ? 調書だけで、何か思いつく訳ないでしょ。まぁ、犯人像は愉快犯に近い存在かしらね? それ以上は何も分からないわ」
「愉快犯?」
「ええ、ベルノルトはああ言ってたけど、調書自体はよくできていたわよ? あの調書での店の相関図からして、ライバル店同士での足の引っ張り合いに見えなくもないけど、きっと違うわね」
「どうして?」
「金持ち喧嘩せずってのは、この世界でもある種、通用する考え方なのよ。高級食材を扱うような店が、あからさまな、犯罪行為なんて愚は犯さないはず。と、考えると不条理に辞めさせられたような、元従業員による報復の可能性。でもこれは、円満に退職した者も含めて、それぞれに捜査員が割り当てられていたの。その上で、犯行があったのだからこの線も薄い。ま、捜査員を出し抜いて犯行に及んだのなら、捜査員が間抜けだったって話になるのだけど……」
「それで愉快犯?」
「ええ、まだ容疑者候補にもされていないような人物だと思うわ」
「ふぅん、じゃあ、どうやって犯人を絞るの?」
「犯行現場を押さえるしかないわね。ただ、あと数日しないと、事件は起こらないと思うのよね」
「それじゃあ、今日はもう帰る?」
「いいえ、荒らされた店を実際に見てみましょ。何か思いつくかもしれないしね」
「姉さん、被害に遭った、全部の店の場所を覚えてるんだ?」
「当然じゃない、今まで何度も通った店ばかりなんだから」
「な、成る程?」
俺の想定以上に姉は領都に精通しているようだ。
そうして、姉の後について被害に遭ったという店を巡ってみる。いくつかの店は既に営業を再開していて、外からでしかないが、客はそれなりに入っているように見えた。
閉店している店の前で、巡回中の警備隊と出会う。姉が異常はないか、と彼等に尋ねてみるものの、特にないという返事だった。
「お嬢様、そろそろ人通りが減ってくる頃です。お嬢様たちに限っては無いでしょうが、十分気を付けてくださいね」
「ええ、酔っ払い程度、軽くあしらって見せるわ、じゃあね」
そして、最後に先日荒らされたという、紅玉の木苺亭へとやって来た。ここは被害の影響が少なかったらしく、営業している。
しかし、もう閉店時間のようで、女性の店員が表の看板を片付けようとしているところだった。その店員が俺達に気付く。
「まぁ、エリザベート様、この様な時間にいらっしゃるなんて珍しい」
「私にも色々とあんのよ。もう店仕舞いかしら?」
「ええ、でも、エリザベート様なら少しくらいの延長は店長も認めてくれるでしょう。さ、どうぞ、どうぞ」
「手間をかけるわね」
紅玉の木苺亭は結構広い店舗で、テーブル席が幾つもあった。客は若い男女が一組いるだけで、彼等が帰れば、閉店するところだったのだろう。
姉は入り口から入ってすぐの席に着き、慣れた様子で紅茶を注文する。しかし、紅茶だけではなく、一緒に焼き菓子も運ばれてきた。
「これは?」
「今度、出す予定の新作です。エリザベート様がいらっしゃらないから、批評が聞けなくて、料理長が出し渋っていたのですよ」
「ふぅん、ま、ありがたく頂くとするわ。ここも被害に遭ったらしいけど、大したことなかったのかしら?」
「ええ、エッドベアラの実と果物を紛失したくらいでしたので、通常のメニューなら何とか……」
「ってことは小麦や砂糖、卵なんかは残っていたの?」
「いえ、そちらも被害に遭いましたが、買ってくれば済む話なので。ただ、エッドベアラの特性ジャムが無くなってしまったので、一部の品目を提供できなくなってしまいましたが……」
「そう……こんなことは警備隊に告げているでしょうけど、事件の前後で何か変わったことは?」
「いえ、店の者だれも、特に何か見たということは無いですね。それより新作の方は如何ですか?」
「そうねぇ……」
姉は新作の焼き菓子を一口食べて、う~ん、と考え込む。俺も一つ摘まんで口にした。強いレモンの風味に、アーモンドの香ばしさとサクッとした食感。
結構、美味いなと思ったが、姉はレモンの香りがどうの、合わせるお茶がどうこう、最終的には値段についてまで、意見を出していた。
店員はメモを取って去っていく。
「姉さん、難しい注文をつけるね? 俺はこのままでも美味いと思うんだけど……」
「レオの言う通り、このままでも十分美味しいわね。でも、この程度なら、わざわざこの店まで足を運んで食べたいって思わせるような、特徴がないのも確かじゃない? 新商品というからには、もう一捻りが欲しいわね。でないと、一過性のもので終わってしまうのよ」
「店をやるのって難しいんだね?」
「特にこういう高級志向の飲食店はね……伝統の味を守っているだけじゃあ、そのうちやっていけなくなるのよ。人の好む味の傾向ってのは、時間を掛けて少しずつ変わっていくものだからね。十年前の若者が好んでいた味が、今の若者には受けないってのは、良くある話なのよ。逆も真なりで、十年前の味が再び流行り出したりね。だから、如何にその流れに乗れるのかってのが重要なの。ここはエッドベアラのジャムを売りにしているから、新商品から如何にジャムへ繋げるか、そうやって、新しい客を掴まなければいけないのよ」
「へぇ……それで、姉さんの意見を取り入れれば、大繁盛間違いなし?」
「そんな訳ないでしょ。私の意見も、その他大勢の意見の一つとして参考にするんでしょうよ」
そうはいうが、あの店員の真剣さからいって、姉の意見を大いに取り入れるのだろう。色々な店を巡っている姉の意見はある意味、貴重なんだろうな……
やがて、カップルも帰ってしまい、俺達も店を出る。支払いは、紅茶の代金のみだったが、俺が貴族証で済ませた。
外に出ると人通りはかなり減っていて、何と無く夜になったんだな、と感じた。
「噴水広場に行けば、まだまだ、やっている店は多いでしょうけれど、犯行があるのはこの辺りだからね。そろそろ、張り込みポイントでも探しましょうか」
「張り込み?」
「ええ、歩き回って偶然、犯行現場を押さえる、なんて無理な話でしょ。私の予想した、次に荒らされそうな幾つかの店を、都合よく抑えられそうな場所を探すのよ」
「そんな都合のいい場所なんてあるのかな?」
「私が何のために、レオを連れて来たと思ってんのよ? アンタの能力を活かすためじゃないの」
「へ?」
姉は不敵な笑みを浮かべ、俺達は夜の街を進んでいくのだった。




