姉の予算
「へぇ、第一王子って、姉さんと同い年だったんだ?」
「そうよ、王族のくせに、自分の側にいる者を抑えられないような情けない男なのよ」
第一王子といえば、王太子妃によく似た男の子か。そういえば、断罪の間で腰を抜かしていたっけ?
昔、王太子が婚約の話を持ってきたのは、その第一王子が対象だったのだろうか?
数日後、姉達が落ち着いてから、俺は姉を誘って琥珀の蜂蜜亭に来ていた。
学園の話を聞きたかったのだが、姉は予算が無くなったからなのか、あまり乗り気ではなかった。
そこで、俺の奢りだといって、琥珀の蜂蜜亭へ誘うと、姉は店で一番高いチョコタルトをホールで頼んだ。それをハンネ達も含め、皆で分け合う。
食べきれなかったらどうするのか? という俺の問いには、別の客に分けてあげればいい、などという暴挙に出たのだ。
一番高いとはいえ、庶民の通う店なので大した金額ではないらしい……正直なところ、これが高いのか安いのか、俺にはイマイチ分からないのだが、姉によると値段の割には美味いという評価だった。
「それでさ、学園の試験って難しかった?」
「試験? う~ん……私にとっては大したことなかったけれど、レオの場合はどうなのかしらね? 実技はともかく、座学が心配なんでしょ?」
「うん」
「ま、お父様の授業を受けているのなら、そこまで心配しなくてもいいのじゃない? あ~でも、私とレオとじゃ、立場が違うからねぇ……講義や試験の内容は一緒でも、領主候補とその他じゃ、採点基準が異なってくるのかもしれないわよ?」
「領主候補の方が厳しいよね?」
「逆じゃない? ボンクラが領主になったとしても、それを補佐するのはその領の者たちの責任だからって、放任しているのかもしれないわよ? 継承権のない貴族は王都で勤め先を見つける者もいるのだから、どうせなら王都や王宮には優秀な人材が欲しいでしょう? 現に私を勧誘しに、わざわざ王都からお母様たちへ話を持ってくるくらいなのだし」
「そういえば、姉さんは王宮からの誘いを受けないの? お小遣い、報酬を貰えるかもしれないよ?」
「水が合わないっていうのかしらね……私は王都との相性が悪い気がするわ。それに、お爺様やお母様みたいに、尊敬できる人なら命令にも従えるけれど、良く知らないバカの指示に従うなんて虫唾が走るでしょ? 大体、学園の修繕費を、魔導局や魔術局が立て替えるなんて条件なのよ? タダ働きも同然じゃないの」
「ふぅん」
グローサー領にいる限り、姉の立場は上から数えた方が早いからなぁ……父の言っていた、継承権のない貴族も、王都に残りたがらないのはそういうのが関係しているのだろうか?
それからも姉は俺が琥珀の蜂蜜亭へ通う度、一緒についてきた。わざわざ、ハンネに俺の予定を確認までして。
「姉さん、お菓子なら、子爵邸でも用意してくれるよ?」
「バカねぇ、レオの奢りだから美味しいんじゃないの」
「え? そうなの?」
「そうなの!」
そんなものだろうか? 支払いが誰になろうとも、店の味が変わる訳でもあるまいに。やはり、姉は偶に変な事を言うなぁ……
そんな“夏の始まり”のある日。いつものように、俺の奢りで姉と共に琥珀の蜂蜜亭に訪れていると、店員とカウンター席に着いている客との会話が耳に入ってくる。
「それでね、今度は、紅玉の木苺亭がやられたらしいのよ」
「まぁ、物騒な話ねぇ……これで七件目じゃない。うちも、そろそろ狙われるかしら?」
「アハハ! ないない、こんな小さな店、儲かってなさそうだから目を付けられたりしないわよ」
「失敬な! うちはこう見えても、貴族様、ご用達の店なんですからね! いずれ、大通りの一等地に店を構えてみせるわ」
「はいはい、じゃあ、その目的に協力させてちょうだい。はい、お勘定」
「はい、どうも……って料金ピッタリじゃないの!」
「当然でしょ、じゃ、またね」
そんな風にして、女性客は帰ってしまった。すると、姉はカウンター席を片付け始めた店員に話しかける。
「ねぇ、紅玉の木苺亭がやられたって聞こえたけど、何があったのかしら?」
「あら? エリザベート様、聞こえていました? なんでも近頃、飲食店が荒らされる事件が続いているみたいで……その内、ここも狙われちゃうかなーなんて……」
「紅玉の木苺亭はここと同じ甘味処よね? 甘味処ばかり狙われているのかしら?」
「いえ、アタシも詳しくはないんですけど、高級な飲食店ばかりが狙われてるみたいですね」
「ふぅん……レオ! 急いで邸に帰るわよ!」
「え? 姉さんのケーキ、まだ残ってるよ?」
「いいから、早くなさい!」
急かす姉に連れ出され、子爵邸へ慌ただしく帰る事になる。
「姉さん、どうしたのさ?」
「私たちで犯人を捕まえるのよ!」
「えぇ? 警備隊に任せておけばいいじゃん」
「バカね、私たちで手柄を挙げて、私の予算を取り戻すのよ!」
「私たちとは? どうして、俺の手伝いが前提なのさ?」
「アンタ、新しい装備品のデザインいらないの? 結構、いいのを思いついたのだけれど?」
「むぅ、それを言われると、協力しない訳にはいかないね……」
「はい、決まりね。お母様と交渉するとき、レオも一緒に交渉するのよ?」
「そんなに上手くいくのかなぁ?」
「任せておきなさい! こんなものは、流れと勢いで何とかなるものなのよ!」
やけに自信満々の姉に変な頼もしさを感じる。しかし、姉はどうやって犯人を捕まえるつもりなんだろう?
「駄目よ、警備隊に任せておきなさい」
夕食時、意気揚々と母へ犯人を捕まえるので、と交渉し始めた姉だが、けんもほろろに却下されてしまった。
「えぇ? どうしてですか、お母様!?」
「エリーに、捜査の邪魔をされたくないからよ」
「むむむ……」
姉は俺に視線を送ってくる。援護しろという意味だろうが、頭ごなしに拒否されてしまったのだ。どう話を進めたものか……変身の新たな力を手に入れる為にも、なんとか母を説得したい。
「母さんは、どんな事件なのか詳細を知ってる?」
「概要くらいかしらね……早朝に従業員が店へやってきたら、酷く荒らされていたそうよ。警備隊では夜半の犯行とみて、捜査を進めているってところまでかしら」
「じゃあさ、明日にでも警備隊の担当者に、捜査の進展具合を訊きに行ってもいい?」
「だから、ダメって言っているでしょう?」
「母さんが言いたいのはさ、捜査の邪魔をするなってことでしょ? 俺たちは集まった情報を得るだけで、捜査している警備隊に、あれこれ指示を出したりしないよ」
「それでも、ダメなものはダメよ」
むぅ、流石に大人の仕事に口出しできないか? すると、それまでの話を聞いていた祖父が口を開く。
「フローラよ、こうしてエリーが、自ら進んで調査に赴くと言っておるのじゃ。領主候補としての自覚が出てきたとは思わんか? それに、この子らは、警備隊に勝手な指示を出して捜査を混乱させるつもりはないそうじゃ。ならば、エリーたちの自主性を育んでやるのも親の務めではないか?」
「それは、そうかもしれませんが……」
「エリーは領主候補じゃ。己が領の現状を知り、何が良くて、何が悪いのかを知るのも重要じゃろう? 座学だけで得られないもの、というのは確かにある。こうして、出かけた先で事件の情報を聞きつけた、それを解決したいと思う心は大切にしてやるものではないか? エリーは聡い子じゃ。案外、あっさりと犯人を見つけ出すかもしれんぞ?」
「お爺様……」
「ハァ、仕方ありませんね。そろそろ、エリーに警備隊や魔獣討伐隊のやり方というものを、学ばせておくのも重要ですしね……」
祖父の説得が効いたのか、母は溜息を吐きながら、俺達が調査するのを認めてくれた。しかし……
「ただし、エリー、貴方が先ほど申し出た取引に応じるかは、また別の話よ?」
「ええっ!?」
「それと、午前の魔術訓練は必ず行うこと。それでも貴方がどうしても調査したい、というのであれば、私も止めはしないわ」
「ぐぬぬ……」
姉は悔しそうに歯噛みする。ううむ、許可は得たが、これでは目的が達せられない……
「ハハハ、エリー、フローラは、ああ言ってるけど、僕が約束してあげよう。見事、犯人を捕らえることが出来たなら、いや、犯人に繋がる重要な手掛かりでもいいかな? とにかく、解決の糸口を掴めたのなら、本来は一年間凍結されるはずだった君の予算を復活してあげるよ」
「ありがとう、お父様!」
「全く、ディートはエリーに甘いのだから……」
「いいじゃないか、僕がエリーくらいの年頃には、名誉挽回のために奔走しようなんて発想はなかったよ。それだけでも立派じゃないか」
う~ん、きっと姉は名誉挽回とか、失敗の穴埋めをしようとか、そういう発想じゃない筈だ。面白そうなイベントに頭を突っ込みたいだけなんじゃないだろうか?
その上で予算が復活するなら、一挙両得という発想のような気がする。まぁ、変身の為にも、ここは余計な口を挟まないでおこう。
「よぉし、見てなさいよ、まだ見ぬ犯人め。この私が、ギッタギタのボコボコにしてやるわ!」
姉がガタッと席から立ちあがり、握り拳を作って高らかに宣言する。
「エリー、分かっているとは思うけど、犯人を見つけたからといって、殺めたりしてはいけないよ? その者に罪を償わせなければならないし、背後関係も調べたいからね」
「も、もちろんです、お父様。今のは言葉の綾というものですよ、オホホホ……」
流石、親だけあって、父は姉のやらかしそうな事に釘を刺す。姉は笑ってその場を誤魔化していた。
翌日、子爵邸で昼食をとっていると姉が帰ってきた。姉も祖父や両親と同じで、昼食は領都でとっている。
予算があった頃は、領都の様々な店を巡っていたそうだが、近頃は子爵邸で弁当を用意して貰っていた。
「あれ? 姉さん、今日は帰ってきたんだ?」
「ええ、今のうちに少し寝ておこうと思ってね」
「昼寝?」
「そうよ、レオもお爺様との修業は程々にね」
「爺ちゃんとの修業で手を抜いたら、調査どころか、その前に死んじゃうよ!」
「そんな激しい修行なの? ま、いいわ。とにかく余力は残しておきなさい。夜は長いわよ」
そういって、姉は自室へ引き返していった。もしかして、姉は今夜から領都の様子を見て回るつもりなのだろうか? まぁ、調査については姉に任せてしまおう。
俺は昼食を済ませ、領都へ向かった。
祖父との訓練を終え、父の授業を受ける前に俺は父に尋ねる。
「ねぇ、父さん、うちの領の経済状況って大丈夫なの?」
「うん? どうしたんだい、突然?」
「姉さんの予算を一年間停止するって話だったけど、昨夜、父さんが姉さんの要求を通しちゃったからさ。学園施設の修繕費ってすごく高いんじゃないの?」
「ああ、その話か……う~ん、レオンにはちょっと難しいかもしれないけど、グローサー子爵家の話で言えば、やはり、それなりに厳しい金額になるね」
「じゃあ、どうして姉さんの……あ、もう十分反省してたから?」
「それもあるけど、改めて領の規模での話になると、大した金額ではないんだよ」
「へ?」
「しかし、領の運営資金なんて、どれだけあろうともいつだって足りやしないんだ。街を拡大改良するような大規模工事にかかる費用から、庁舎を彩る花の一つにまで予算が費やされる。それぞれの部署では皆、頭を捻って予算のやりくりをしてるし、領主へ様々な提案をしたりする。その上がってきた意見を僕やベルノルトたちで精査してはいるけど、最終的な決定を下すのは領主であるお義父さんだ。そのお義父さんが何とかする、といった時点で、領からの予算を費やすって意味なんだよ」
「ええと、子爵家と領の予算は別だってのは分かった」
「よし、いい機会だから、このまま予算策定の授業にしよう。いいかい――」
「げっ……」
結局、よく分からない、専門的な用語の意味を訊き返すうちに、終了となる。
「じゃあ、今日はここまでにしよう。レオン、エリーが暴走しそうなら君が止めるんだよ? 特に警備隊の邪魔はしないようにね?」
「うん、でも止まるかな? ま、なんとかするよ」
そうして、父の執務部屋から自分の執務部屋へと戻り、待機していたハンネに帰ろうと伝える。
「かしこまりました。レオンハルト様、エリザベート様が仮眠を取ってらっしゃいましたが、夜食の準備をしておいた方がよろしいでしょうか?」
「え? ああ、う~ん、そうだね、一応、準備しておいて」
「それで、あのぅ……アタシが用意してもいいですか?」
「うん、いいよ」
「やった、実は少し前から、料理の勉強を始めたのです。自分で食べるだけじゃなくて、そろそろ、誰かの意見が欲しいなぁ、なんて……」
「えらい! 料理下手は自分で味見しないらしいからさ、人に出すのなら味見くらいしなくちゃね」
「まぁ、そんな人がいるんですか? 邸の誰かでしょうか?」
「あ、いや、ずっと前に誰かから聞いた話で、邸の人じゃないよ」
確か、前世のギャグマンガであったんだよな。好きな男の子にお菓子を作ってあげる、とかいって、次々と色んなものを追加し、ゲテモノを作り上げる女の子。
絵で見る限りマズそうって分かるんだけど、何故か女の子は自信満々で、男の子に食べさせようとする……
まぁ、マンガだからなぁ。現実に、そんな人なんていないのかもしれない。
それから邸に戻り、普段よりもかなり早めの夕食を済ませる。姉は先に風呂を済ませていたようで、俺より遅れて夕食をとっていた。
「それじゃあ、行くわよ、レオ」
「あ、ちょっとだけ待って、姉さん。ハンネ、準備はできてる?」
「はい、レオンハルト様、こちらに。あまり時間が取れなかったので、大したものではありませんが……」
「十分だよ、ありがとう」
俺はハンネから夜食が入ったカバンを受け取り、肩にかけて邸の玄関で待つ姉と合流する。そうして、この日二度目の、夕暮れの領都へと赴いた。




