勧誘と脅迫
“冬の半ば”になると、俺達はオストミアの街を離れる事になる。
「小僧、何時でも修行しにやって来いよ? その時は手土産を忘れんようにな」
「はい、スヴェン老もお元気で……」
「フン、レオンよ、老い先短いジジイに無駄金を使う必要はないぞ?」
「なんだと!? フュルヒデゴット、昔からお前という奴は……」
スヴェン老人のところへ別れの挨拶に来たというのに、祖父と口論を始めてしまった。仲の良い証拠……なのかな?
「ねぇ、今度会った時は多人数じゃなくても、アンタと対等に渡り合えるようになっておくわ。だから、絶対またここへ修業しに来てちょうだい」
「うん、それまでに、その大きな剣を自在に扱える様にね? 今度は互いに武器を持ち合って勝負しよう」
「え、ええ、任せておきなさい!」
祖父にその身の丈以上の大剣をもらった少女は、言葉に詰まりながら答える。彼女の体格に合うようになるのは、後数年かかるだろう。
なので、少し自信がないようだ。
彼女のような子供が将来、イーナのような女性の魔獣討伐隊の後を引き継いでいくのだろう。祖父は将来が楽しみだ、と笑っていた。
そうして、再会の約束を交わし、別れを済ませた俺達は子爵邸への帰路に着く。
魔獣討伐隊が行った森の調査では、俺と祖父が見つけた以外の魔人の死体が、もう一体あったそうだ。しかし、野生生物に荒らされていて、何かを特定できる程の情報は得られなかった。
結局、あの愚痴だらけの手記以外に手掛かりはなかったらしい。
この後は領都から庁舎の者が派遣されて、オストミア周辺の村々で聞き込み調査をするそうだ。それでも、祖父は大した情報は集まらないだろうと言っていた。
「やれやれ、色々とあったおかげで、レオンの修行を余り見てやれなんだのう……」
「そうでもないよ? 爺ちゃんと一緒に戦えてすごく参考になったしさ。得るものは多かったと思う」
「フッ、そうか……ならば、今後は修行の合間に、魔獣討伐へ連れ出すのも良いのかもしれんな」
「うん」
そうして、子爵邸に帰ってくると、母が先に王都から戻ってきていた。
「お帰りなさい、お父様、レオ。魔物がいた上に魔人までいたそうで、色々と大変だったそうですね? ブルーメンタール侯爵家との取り決めがあったとはいえ、肝心な時に力になれず申し訳ありません」
「構わんよ、エリーにもしものことがあった場合に備えて、癒しの魔術を得意とするフローラが付き添うのは当然じゃ。それに、瑞獣のおかげで探索にとられる時間を、かなり短縮できたしな。止めを刺したのは、ダイノロスじゃが……」
「それです、お父様。本当に瑞獣がいたのですか?」
「うむ、言い伝え通りの大きな虎じゃったわい」
「レオ、お父様は本当のことを言っているの? 貴方の具現化魔術で、何かしたのではなくて?」
「お、おい、フローラ」
母は疑わしそうな眼を俺達に向けてくる。
あの後、祖父を含め魔獣討伐隊が、瑞獣のいた洞窟に何度か訪れたが、二匹とも姿を現さなかったそうだ。ただ、お供えの魔石は無くなっていたので、こちらを警戒しているのだろう、と祖父は言っていた。
なので、俺と祖父以外に瑞獣を見た者はいない。貴族である祖父と俺が言っているので、魔獣討伐隊の連中は疑っていても口にはしないのだが、母はあからさまな態度に出た。
「ホントだよ? 爺ちゃんが、瑞獣と一緒に人馬の魔物と戦っていたし。爺ちゃん、すごいんだよ? 魔物の頭を一撃で……」
「それで、お父様と一緒になって、魔物と対峙したんじゃないでしょうね?」
「も、勿論だよ。邪魔にならないよう、子供の瑞獣と一緒に遠くから見守っていただけだし……」
「子供? お父様、瑞獣は子を成すのですか?」
「うむ、全ては憶測で瑞獣だという確証はないがな。魔石を喰らい、具現化魔術を使う、程度の証拠しかないのでのう」
「具現化魔術を? そういえば、物語では、英雄に不可思議な武具を授けていましたね。英雄が目的を果たすと、砕け散ってしまった、なんて記述が多いようですが、あれは具現化魔術だったのかしら?」
「そうかもしれんし、違うやもしれん、所詮は寓話じゃからな。それよりも、エリーの様子はどうじゃった?」
「騎士との対決の結果が正しく伝わっていれば、学園でバカなマネをする者はいないでしょうけれど……流石に学園への介入は、私たちでは出来ませんからね」
「ふむ、ということは件の騎士には勝ったのか?」
「ええ、ただ、勝ち方が余りにも胡散臭すぎて、変に突っかかる者が出なければいいのですけれど……」
母によると、姉は母が考案した、対魔導鎧用の魔術を使い圧勝したらしい。俺は属性魔術の訓練を受けていないので、聞いただけではどんな魔術なのか分からなかった。
ただ、姉の対決に立ち会ったフリーデグントから、領主候補でなければ宮廷魔術師として王宮に招かれただろう、という評価を受けたそうだ。
「母さん、マグちゃんはどうしてた? ちゃんと会えた?」
「いいえ、王宮に問い合わせたけれど、重要な任務に就いている上、今は王都にいないからって会えなかったわ」
「そうなんだ……」
マグダレーネは、王妃の元でアドバイザーみたいな事をやらされているのかと思っていたが、どうやら何かの任務に就いているようだ。
それから、再び子爵邸と庁舎とを往復する日々が始まる。祖父は、魔獣討伐の機会があれば連れ出してやる、と言ってくれたが、その機会は訪れなかった。
そもそも、祖父や母が魔獣討伐に出るのは、討伐隊の手が回らない場合だけらしい。
だからか、祖父との訓練も一段と厳しいものに変化していた。
「遅い、遅い、一気呵成に連撃を繰り出せ!」
「フッ!」
祖父に向けて連撃の拳を繰り出すつもりが、途中で足払いを受け、転がりかける。
「ホレ、足捌きが疎かになっておる、正中線を相手にさらけ出すな! そのための、歩法じゃ!」
「うん」
「今の連撃も、通魔撃になっておらなんだぞ。よいか、何時でも何処でもどんな状態でも、繰り出せるようになれ」
「分かった」
そんな風に、厳しい訓練を受けていると、春がやってくる。“春の始まり”の中頃、姉がグローサー領に帰ってきた。王宮からの使者を複数人引き連れて……
「では、これで私共は失礼いたします」
「ええ、ご苦労様でした」
子爵庁舎の二階にある、来客用の部屋から、ぞろぞろと王宮からの使者達が出ていく。見送る父、母、姉の様子を、俺の仕掛けたカメラからスマホを通して、祖父と共に練武場で確認していた。
「ふぅむ、こいつは面白いな。離れていても、遠くの場所が覗けるのか……まるで、御伽噺の預言者が使う魔導具のようではないか? 具現化魔術とは便利じゃのう」
「あんな、山向こうの砦に極悪な魔術師が潜んでいるってのを、英雄に見せられる程、便利じゃないよ。俺の魔力が届かなけりゃ、仕掛けた映像送信の魔導具は消えちゃうんだから」
「そうか……もしかすると、具現化魔術を元に、不可思議な御伽噺が生まれたのやもしれんな……ともかく、行くぞ、レオン」
「うん」
祖父の後について、庁舎の二階へ向かう。マグダレーネの様に領主候補である姉を連れ出されないか、と祖父は心配していた。
そこで、俺はこっそり二階へ行って、廊下にある観葉植物へカメラをセットした。彼等が帰ったらすぐにでも父、母の元へ向かおうと提案したのだ。姉がその気になっていたら、祖父は何としてでも食い止めるのだそうだ。
「あら? お父様にレオ、今、人をやって、呼んで来てもらおうとしていたのです。丁度、王宮の使者が帰りましたので。エリーについて、少し話しておきたいことがあります」
「うむ、儂らも少し気になっておったところじゃ」
来客用の部屋に入ると、父は頭を抱え、姉はムスッと唇を尖らせていた。
「姉さん、学園で何かやったの?」
「大したことじゃないわ、皆、大げさなのよ」
「大げさかどうかは、エリーの決めることではないわよ」
「ムゥ……」
「それで、王宮からの使者どもはなんと?」
ボスッとソファに腰かけた祖父が問い掛ける。
「簡潔にまとめると、勧誘と脅迫、かしらね……」
「勧誘は分かるが脅迫じゃと?」
「ええ……」
母は姉を冷たく睨みながら、姉の学園での話をしてくれた。姉は拗ねているのか、母と目を合わせようとしない。
ザックリまとめると、姉は学園で学園長を含む講師数名と、上級生の何人かを治療院送りにした。更に魔術訓練場の壁と、闘技場の一部を破壊したそうだ。
「ね、姉さん何やってんの? 学園を潰しにかかってんの?」
「んな訳ないでしょ! この私でも、どうにもならないってことがあんのよ!」
「ガハハハッ! 儂も似たようなことをしたことがある! よくやった!」
「お父様!」
高笑いする祖父を母が窘める。
「しかし、学園長までやるのは、やり過ぎではないかのう?」
「あれは本当に事故だったのです、お爺様。私は何も手を下していません。まさか、良識あるはずの大人が、あんな迂闊な真似をするだなんて、思いもしませんよ……」
姉の話では、学園長は姉の破壊の後を見ようとして、二次災害に巻き込まれたそうだ。
「魔術訓練場は、魔抗金が使われておったじゃろう? しかも、エリーの学年なら、得意な属性の魔力弾を、的に向けて放つだけではないのか?」
「ですから、私の順が来た時に風の魔力弾なら威力も弱いし、適当にやって見せたのです。でも、あのバカが……」
「エリー!」
「あ、えと、あの魔術講師が、規格外の魔力だというのは嘘だったのかとか、その他にも色々言いがかりをつけてきたので……」
姉は煽ってきた講師を逆に煽り返した。こんな中途半端な施設では、本気を出せないと。すると、講師は疑わしそうに、できるものならやってみろ、自分が責任を取る、などと言い返してきたので、姉は練習用の的もろとも魔術訓練場の壁を破壊してみせたそうだ。
「同じ講義に出ていた周りの子爵家、男爵家の子たちが証明してくれたわ。だから、責任は全て、学園側に押し付けてきたので何の問題もないのです」
「ふむ、では、あの連中は、エリーの魔力に目を付けた魔術局の者たちか?」
「ええ、エリーが次期領主になるまで、一年中学園へ通いつつ、魔術局や魔導局に協力してみないか、ですって」
「あれ? 学園って一年中やってるの? 半年や四半期ではなく?」
「そうだよ、レオン。王都に住む貴族の子供たちの大半は一年中通うかな? 領地持ちの貴族で、一年中通うのはレオンの様に継承権のない子だけど、それでも、少数派だね」
「ふぅん、それで、脅迫ってのは?」
俺の質問に、母が溜息交じりに答える。
「……第一王子のクリストハルト殿下を威圧して、不敬を働いたそうよ」
「うん? 姉さんが王子を脅したの?」
「違うわよ! 王子の傍にいるバカがいつまで食い下がってくるから、ソイツを軽く睨んだだけなのよ! ちょっぴり魔力を乗せたけど……王太子妃をいつまでも待たせる訳にもいかないでしょ! それをあの公爵家のヒョロ男が小賢しいマネをして、私を嵌めようとしたの!」
「嵌めようとした?」
「ええ、王子が大人しくて、人付き合いが悪いのをいいことに、私が王子に対して威圧した、だなんて学園中で言いふらしたのよ! 王子も王太子妃もそんな事実はなかったって言ってくれたのに……おかげで、上級生のバカどもで、釣られる奴らが出てきて、対決ばかりするハメに成っちゃったの! 裏でコソコソ悪だくみをするような奴らだから、武闘会でギッタンギッタンにしてやったわ」
「なんじゃ、武闘会には出れたのか? 何とも甘い処分じゃのう」
「え? ええ、もしかして、お爺様の時は違ったのですか?」
「儂の場合は、出場停止じゃったわい。儂の話よりも、エリーの武闘会での成績は、どうじゃった?」
「モチロン優勝ですわ、お爺様」
「そうか、よくやった! 流石は儂の孫じゃ!」
祖父と姉は喜んでいるが、浮かない表情のままの父が気になった。
「父さん、どうかしたの?」
「うん、エリーの壊した物なんだけどね……闘技場の方はともかく、魔術訓練場の修復代金は、エリーとその魔術講師とで折半だそうだ。売り言葉に買い言葉、両成敗って訳なんだけど、結構な金額でね。王家としては一応、不敬を働いたという噂がある為の措置だそうだよ。エリーがやらかしたからと言って、おいそれと支払えるものじゃない。皆の給金を下げる訳にもいかないから、どうしたものかな、と……」
「エリーの予算や、お手伝い料は当然そこへ回すとしても、全然足りないわね」
「ムゥ」
ああ、姉の拗ねている理由が分かった。要は当分の間、お小遣いを貰えなくなるのだろう。
「だから、私があれほど注意したでしょう? 王族に近づく場合は注意しなさいと。しかも、公爵家如きに揚げ足を取られるだなんて、貴方は今まで何を学んできたというの?」
「だって……」
「ガハハハッ! エリー、学園の修復代金とやらは儂が何とかしてやろう、武闘会で優勝した褒美じゃ」
「流石お爺様! 素敵です!」
「ただし、エリーの教育権は親である、フローラ、ディート、の両名にある。故に儂は、エリーの予算配分へ口出しできんのじゃが……」
「え?……ということは? まさか……」
姉が母へ目を向けると、母は珍しく、ゾッとするような笑顔で姉に伝える。
「勿論、お父様が代金を建て替えようとも、エリーの予算は暫く降りません」
「ギャーーーッ!?」
今度は姉が頭を抱えて、悲鳴を上げていた。




