貴族としての在り方
放物線を描いて落下していくと、大きな木が目の前に現れ、バキバキと枝を折り、そのまま絡めとられる。
「いてて……」
俺はベルトからスマホを取り出し、超高速モードを解除する為のアイコンをタップした。
バシュウウと身体の各部位から赤い魔力が吐き出されると、開いていた銀色の各部位が閉じる。
まだ、ものにしていない超高速移動を使ったせいで、酷く魔力と理力を消耗し、疲労感から動けないでいた。
角魔人はどこに行ったのだろうと、そっと首を巡らせてみる。レンガ畳の上に、黒いローブの人物が横たわっているのが見えた。
「やっぱりダメだったか、まだまだ、鍛え方が足りないなぁ……」
そんな事をこぼしながら、辺りを見回してみる。そこは何かの施設であろう大きな建物の裏庭のようで、蔦の絡まった高い塀と、背の高い植木が何本か生えていた。
鉛のように重くなった身体を動かし、木から滑り落ちるようにして着地する。
角魔人もゆっくりとした動作で立ち上がった。角魔人の黒いローブは地面に落ちた時にすり切れたのだろう、随分と痛んでいるようであちこちが破れていた。
「な、なにがなんだか……ただ、危機的状況なのは分かるわ……」
そういって、角魔人は俺に手を向けた。俺も相手に疲労感を気取られぬよう身構える。
「リンデ、今は退きなさい」
そこへ、俺達に声を掛ける人物が現れる。建物の陰から現れたのは灰色のローブを纏った人物だった。この声は確か……ニクラス達と一緒に居た時に出合った、低い音声の女性だ。
「トリア? 何故ここに……」
「劇場から落ちてくるところが見えたのでね……リンデ、無理をするものではありません。貴方たちは、まだ成長過程の只中にいるのですから。こちらの作戦は失敗だったと伝えるために出向いたのですが、その様子を見るに、カールランピの策も上手くいかなかったようですね?」
「ええ、思っていたよりも貴族の連れている護衛たちはやるようだわ……それに、この黒銀を始めとする裏切り者が私たちの中にいるみたいよ?」
「裏切り者、ね……この者がシグニックの言っていた黒銀ですか。彼が何を言っているのかイマイチ掴めなかったのですが、この造形からして、鎧の魔物、リュストゥングを模しているようですね……ローザリンデ、私たちには、まだ魔物の精粋をモノにする技術はないのです。つまり……」
「私たちに裏切り者はいない?」
「そう、我らとは全く別の技術系統か、或いは……いずれにせよ、ここは……」
「ええ……合わせるわ」
二人は互いに手を向け合うと、その間に緑と黒が交じり合った魔力の塊が形成される。そしてその魔力の塊を俺に向けて放ってきた。
俺はフォトンブラスターを取り出し、赤い魔力弾を撃ちだす。
緑と黒の魔力の塊と赤い魔力弾がぶつかり合うと、強力な衝撃波が起こり俺は壁際まで吹き飛ばされた。舞起った土埃に二人の姿が見えなくなる。
注意深く追撃があるかどうか警戒しながら、立ち上がり木の陰に隠れて辺りを見渡す。……暫くして土埃が治まると、二人の姿は消え、レンガ畳の地面は大きく抉れていた。
それどころか、大きな衝撃音が響いたせいだろう。建物の窓に幾つもの明かりが灯り、人影がこちらの様子を窺っている。
俺はアヴェイラブル・ギアを取り出し、蔦の絡まっている壁の上方に向けて、爪を撃ち出しワイヤーを伝って、壁を乗り越えた。
劇場の敷地内に降り立った場所は茂みになっていて、周囲に人が居ないのを確認した俺は変身を解除する。そして、茂みの陰で酷く疲労した身体を休めるために、暫くの間ジッと身を潜めていた。
「ふぅ……」
ある程度、回復したのを確認し、俺は茂みを出た。ここはどうやら劇場の裏手になっているようで、見覚えのある地下へ続くスロープがあった。
ゆっくり歩いてスロープを下って行くと、幾つも並んでいる馬車の向こうに人だかりが見える。その奥に劇場への入り口があり、俺はこっそりと人目に付かない様に馬車の陰に隠れながら近付いていく。
が……
「レオンハルト様!」
魔獣討伐隊の女性、ロジーに見つかってしまった。
「何故ここに……カサンドラ様の所にいたのでは?」
「う……え、えと、皆が心配だからちょっと様子を見に……」
「そんなに上衣をボロボロにしてですか?」
俺は自分の服を見下ろしてみた。右の袖口から肘辺りまでザックリと破れているだけで、言うほどボロボロではないと思う。
他人から見るとそう見えるのだろうか? 自分では見えないところが破れていたりするのかな……?
「い、いや、まぁ色々あってさ……イ、イーナとカティアは一緒じゃないの?」
「イーナとはアイツらと遣り合う時に別れましたし、カティアはレオンハルト様の所へ向かったはずなのですが……」
彼女は俺を訝しみながら、人だかりのある中央を指さす。そこには魔獣化した状態で倒れたままの二人と、身体をロープでグルグル巻きにされて、目隠しと猿轡をされた太った男がいた。魔獣化は解けたのだろうか?
「悪だくみしていた奴らは全員捕まえたんだね?」
「いえ、残念ながら二名は死んでしまいました……とても手加減をして捕らえられるような相手では無かったので……一名捕らえられたのは運が良かったのです」
彼女は眉間に皺をよせ、俺に告げた。やはり、かなり手強い相手だったのだろう。
「そう……ご苦労様。それじゃあ、俺はカティアと合流する為にカサンドラ様の所へ行ってくるよ」
そういうと、彼女は俺の肩を押さえ、真剣な眼差しで俺を見つめてくる。
「駄目です。レオンハルト様は目を離すと、どこに行くか分かりませんからね。申し訳ありませんが、私と一緒に居てもらいます」
「え? 大丈夫だよ、もう迷わないと思うしさ」
「まだ、残党がいる可能性もあります。今、私がレオンハルト様を見つけた時の気持ちが分かりますか? 驚きの余り、口から心臓が飛び出るかと思いましたよ?」
「う……なんだかゴメン……」
「それに、カティアもカサンドラ様の所にレオンハルト様がいないと知ると、こちらに戻って来るでしょう。まぁ戻ってきたらイーナを探しに行って貰います。ですからレオンハルト様はここで私と待機です」
「えぇ? もう、劇はやらないのかな? それなら、別に戻れなくてもいいんだけど……」
「残念ですが、観劇は諦めてください。私も劇の続きは気になっていたのですけどね……」
「へぇ、あの話って御伽噺が元になってるんじゃなかったっけ? 先の展開は分かってるのに気になるの?」
「あら? そうなのですか? 新作の劇だと伺っておりましたが……?」
あれ? 俺の記憶違いだったのかな? 劇の冒頭を見て、どこかで知った話だと思ったのだが……前世で知った話だったのかな?
もしかすると、これが既視感というものだろうか? 案外、予知能力に目覚めたのかもしれない……いや、そんな訳ないか。
そんな事を考えていると、劇場への入り口から人影が飛び出してくるのに気付いた。ハッとして、対応しようと身構えると、ロジーが俺の前に出て庇うように腰の剣に手をやる。
しかし、更にその後ろからカティアも飛び出してきた。カティアは跳び上がると、恐らく追いかけていたのであろう人物を頭上から落下して、延髄切りになるような蹴りを喰らわせた。
ゴシャッと崩れ落ちた人物は、例の黒ずくめの人物だった。縛っておいたのだが、やはり抜けられてしまったのか。
ちょっとやりすぎな気もするが、護衛としては正しいのかな……
「ああっ! レオンハルト様!」
カティアは黒ずくめの人物の背中を踏みつけながら、ロジーに庇われている俺を見つけて驚いていた。
「よくやったわ、カティア」
そこに劇場の入り口からゾロゾロと人を引き連れた、イーナが現れる。イーナの後ろにいるのはブルーメンタール家の護衛達だった。
その中から、カサンドラがツカツカと進み出てきて、俺を睨んでくる。
「レオンハルト! 貴方、何を考えていますの!? 護衛もつけずに一人でうろつくなど! しかも、私に何の相談もせずに!」
「へ、あ、すいませ……」
「私とて貴族なのです。怪しい者がいれば、護衛を動かす位のことはします。貴方は私を侯爵とみて、気を使ったのかもしれませんが、その様な気遣いは無用ですし、甚だしい思い違いですわ。ブルーメンタール家は貴方が思っている以上に優秀なのですよ? 大体、貴方は王族に報告しに行くと言っていたそうですが、上手く会えたのですか?」
「いえ、えと……会えませんでした……」
「それじゃあ、貴方はなにをやっていたというのです!? 服をそんな風にしたってことは危険な目に遭ったのでしょう? 何のために私たちは護衛を連れているのだと思っているのです!? 貴方のうかつな行動は貴族として相応しくありませんわ!」
流石にスマホのおかげで、王族に大勢の護衛がついていたのが分かったので、引き返したとは伝えられない。
上手い言い訳を思いつかないで、しどろもどろになる俺に、その場で延々とカサンドラの叱責が続かと思われた。
そこを、イーナがカサンドラと俺の間に進み出て、助け舟を出してくれた。
「カサンドラ様、私には貴族としての正しい在り方など存じませんが、今はこの場をどう収めるか考慮していただきたいです。レオンハルト様のことは、母親であるフロレンティア様に報告しておきますので」
「そうね、ひとまずは……ヘルマ、グローサー家の者が捕らえた者の捕縛と、手分けして劇場の関係者と、王族を探してきなさい。それと、近くにいる騎士団か警邏隊に報告を……」
カサンドラは自身の側にいた女性の護衛に手慣れた様子で指示を出すと、ブルーメンタール家の護衛達が動き出す。
「レオンハルト様はこちらへ……」
ロジーに促されて、乗ってきた馬車の方へ移動しようとすると、再び大勢の人達が劇場への出入り口から現れた。
それはお姫様達で、その中から金髪の王子が護衛を伴って、カサンドラに話しかける。
「其方は確か……」
「あら、王子殿下ではないですか。ブルーメンタール家のカサンドラと申します。もう、劇の方はよろしいのですか?」
「ああ、元々、劇を観に来た訳ではないのでな……これは其方らの仕業か?」
「いいえ、これはそちらにいる、グローサー家の護衛たちによるものです。それよりも、観劇に来た訳ではないとはどういう……?」
「うむ……詳細はまだ明かせぬが、我らにはある目的があったのだ。そうか、其方らが噂のグローサー家か……ともかく、苦労を掛けた。後は我ら王家が受け持とう」
「そうですか? グローサー家の貴方、ええと、イーナと言いましたね? 私にしたように、王子殿下に何があったかの報告を……取り敢えずは簡潔にね?」
「え、ええ、了解しました……と、その前にアタシは礼儀作法に疎いので、その辺りはご容赦ください」
「うむ、それで、どのような経緯があったのだ?」
イーナが王子の前で跪き、報告しているのを横から眺めていると不意に肩を叩かれた。振り返るとそれはお姫様だった。
「レオンハルトは無事でしたか? 上衣は傷んでいますが、特に大きな傷はないようですね?」
「あ、はい、魔紋のおかげでなんとか……」
お姫様の問いに答えようとすると、彼女は俺の腕を掴んで引っ張り、護衛達から離れる。そして俺に顔を近づけて囁くように問い掛けてきた。




