捻じれた角の魔人
黒いローブのフードを突き破って、捻じれた角が小柄な人物の頭部から左右に一本ずつ飛び出す。巻き起こっていた風が止むと、奴から感じる威圧感が増した。
「フン、とうとう本気に……いや、本性を現したね」
「あら? 貴方こそ、本気を出さずにいたでしょうに……」
小柄な人物は、ローブを留めていた腰の帯を取り外す。ローブを脱ぎ捨てるのかと思ったら、そこから腕を振り上げ、帯がしなり伸びながら俺に攻撃してきた。
咄嗟に両腕を上げて顔面をガードするが、余りの威力の高さにガードした腕が弾かれ身体がよろめく。
「チッ」
更にイーナをも巻き込む様に、帯を振り返す。イーナは剣で弾き返すと、小柄な人物は巧みに帯を操り手元に手繰り寄せた。
「ただの帯じゃなくて、魔導鞭か……しかも、何か改良を施してあるね? 厄介な……」
「全く、その若さでその戦闘知識……一体、どうなっているのよ? 一目で見抜くだなんて……王都じゃこんなモノの使い手なんていやしないというのに……正確には魔導多節鞭というのだけれどね?」
「うちの領でも使い手はいやしないよ。王都にも使い手がいないってことは独自に修得したのかい?……アンタ一体幾つなんだ?」
「女の身である私に年齢を尋ねるだなんて、礼儀がなっていないわね?」
「そりゃ悪かったね、アタシは他の連中が礼儀作法を学んでいる間、コイツを振り回していたんでね。そんな奴らが今のアタシの仲間なのさ……」
「成る程、通りであまり品性を感じない訳ね」
小柄な人物――角魔人が再び鞭を振り回す。
俺は向かってきた鞭を躱そうと、大きく横へ跳ぶ。背後にあった金属の箱に当ると、金属の箱はひしゃげ、ブシュウウと何か白い気体を漏らし始める。
イーナは俺に攻撃してきた隙を突こうと、角魔人へ駆け出していた。しかし、鞭自体が意思を持っているかのように、イーナを横から襲う。
イーナは向かってきた鞭を弾くと更に駆け出して近付こうとするが、戻りの速い鞭はイーナの行く手を遮るように、縦に横にイーナを狙う。イーナは剣を駆使して鞭攻撃を防ぎ始め、その場で足止めをされた。
俺はフォトンブラスターを取り出して、角魔人に数発の赤い光線を撃ち出す。
「ムッ!?」
光線が当たる直前、角魔人の身体が歪んで見えた。そして、光線は角魔人から逸れてしまう。更に撃ち込んでみるが、その悉くは角魔人の直前で湾曲し散らされてしまった。
イーナも襲い来る鞭の合間を縫って、小さな火の球をいくつか放つが、角魔人は操っていた鞭で、イーナの火の玉を打ち落とす。おかげで一部、帯の布地が焼け落ち、中に細長い金属が仕組まれていたのが分かった。
「流石に、二対一じゃ辛いわね……変わった魔導具を使う黒銀の貴方は、こちらの女剣士を狙う気は無いのかしら?」
角魔人の問いに俺は肩を竦め、答える代わりにフォトンブラスターで不意打ち気味に、数発の光線を放つ。再び、角魔人の身体が歪んで見え、光線は逸らされてしまった。
どうも、分厚い空気の膜のような物が一瞬で魔人の身体に張り巡らされ、攻撃を防いでいるようだ。風魔術の一種だろうか?
「そう、そちら側につく訳ね……貴方が何処でその能力と魔導具を手に入れたのか気になるけれど、そんなことに構っていられそうにないわね」
「黒銀のアンタを信頼している訳じゃないけど、ほんの少しだけ時間を稼いでくれるかい?」
何か策があるのだろうか? イーナの言葉に頷き、俺はベルトからスマホを取り外し、アイコンをタップする。
「Burst Mode」
スマホから音声が流れ、カシャッとフォトンブラスターが変形し、銃口が少し大きくなる。
俺に向けて地を這うように飛んできた鞭を跳び上がって躱す。
スマホをベルトに差し込みながら着地すると、飛び越えた鞭がしなりをあげて上に向かい、振り下ろされる。
横へ跳んで避けると、鞭が屋上の石畳を打ち割って石の破片が飛び散った。
舞い上がる石片の中、跳び退りながら炸裂弾仕様になった赤い魔力弾を放つ。
角魔人は鞭を翻して赤い魔力弾にぶつけると、魔力弾はボンッと弾け、布で覆われていた部分が千切れ飛んで金属になった部分が大分、露わになった。
更に角魔人は鞭を振り返し、着地した俺を狙ってくる。俺は角魔人に向かって駆けながら、まだ魔力の溜まりきっていないフォトンブラスターから小さな赤い魔力弾を撃ちだす。
横から襲ってきた鞭に、手をついてその場で転がるように伏せて躱す。角魔人の手前で風の壁に阻まれた魔力弾は小さな炸裂を起こしたが、魔人の視界を奪えるほどではなかったようで、俺に向かって鞭が振り下ろされる。
「――!」
そこに薄紅色の影が現れ、立ち上がりかけた俺を突き飛ばした。
「グッ!」
ガシャンと屋上のフェンスを歪めて、俺は膝をつく。見上げると、それは薄紅色のオーラを纏ったイーナだった。
あれは、宿で母がやっていた身体強化の……
「悪かったね、黒銀の。この状態になるのに、ちょいと集中する時間がいるのさ」
「それは……魔力を無駄に消耗しているだけに見えるけど……?」
「無駄かどうかは、その目で確かめてみればいいさ……!」
角魔人はイーナに向けて鞭を振るう。イーナは避けるどころか、バシッと鞭の先端を片手で掴み取った。
「この……!」
角魔人は両手を使って鞭を引っ張るが、イーナは微動だにしない。それどころか……
「フン!」
イーナは鞭を引っ張り返し、角魔人を宙へ放り出す。そして自身も宙へ跳び上がると、角魔人を蹴りつけた。
屋上の石畳に叩きつけられた角魔人に向けて、イーナは空中で剣を振るう。
「ハッ」
剣先から飛び出した炎の刃を、角魔人は鞭を振るって相殺した。
着地したイーナは、立ち上がりかけた角魔人に向かって地を這うように姿勢を低くして駆けて行く。
下から振り上げられた剣を、角魔人は鞭を両手で引っ張るように持ち受け止めた。
しかし、パワーが違い過ぎるのか、角魔人は後方へ吹き飛ばされてしまう。
「ツゥ……」
体勢を崩した角魔人にイーナが剣を振り上げて襲い掛かる。角魔人は手元の鞭をイーナに向けて横に振るうが、イーナは振り上げていた剣で鞭を打ち払うと近距離で火の玉の魔術を放った。
角魔人の周囲に風の壁が張られ火の玉は逸れてしまうが、イーナは気にする様子もなく剣を突き出す。
角魔人は両手で鞭を持ちイーナの剣を跳ね上げた……が、思った以上には跳ね上げられなかったらしく、イーナはそのまま剣を押し付け始めた。
「ぐぐぐ……!」
ジリジリと角魔人に対して押し込んでいるイーナが有利に見えたが、そこからイーナは突然、廻し蹴りを放ち角魔人を吹き飛ばした。
更にイーナは吹き飛んでいった角魔人に駆け寄り、よろめいている状態の所へ斬りかかる。
そこに角魔人は風の防御壁の様な物を張り巡らし剣を逸らすのだが、イーナは意に介さないらしく次々と剣を打ち込んでいく。
始めは剣を逸らされ角魔人による鞭での反撃を許していたが、イーナは反撃などものともせず、手慣れたかのようにあしらう。
そうして、慣れたのか、見極めたのか、何度かイーナの剣が風の防壁を通り抜け、角魔人を傷つけ始めた。
ううむ……これは俺の出る幕では無かったな……イーナに全てを任せておけばよかったのか……
王都の騎士団が魔人に苦戦していたと聞いていたので、イーナ達でも苦労するだろうと思っていた。イーナ達の戦闘力は騎士団程度だろうと仮定していたのだが、どうやら圧倒的に実力が違うようだ。
「チィッ!」
角魔人は接近戦を嫌がってか、無理な体勢から自身の足元に魔術で水流を撃ち出し上空へ逃れた。
別の事を考えていた俺はハッとして、咄嗟にベルトのスマホに触れた。
「Extra Charge」
ベルトから腕を伝って魔力がフォトンブラスターに注ぎ込まれる。目測だが構わず、空中にいる角魔人に向けて引き金を引く。
撃ち出された巨大な赤い魔力弾に、身体がズズズッと後ろへずらされた。
「なっ!?」
それを見た角魔人は手早く鞭を操作し、配管へと巻き付けると、その身を手繰り寄せ素早く屋上の地面に着地する。
巨大な紅い魔力弾は、暗い虚空へと消えて行く。
くそ、ロックオンを掛けなかったとはいえ、今のを避けられたのは痛いな……
「とんでもない攻撃をするじゃないか、黒銀の」
イーナは俺に振り返りながら、呆れたように告げる。
「今のは私の防御魔術じゃ、防げなかったかもしれないわね……」
「どうだい? もう降参するかい? アンタの身柄は王宮に引き渡すから、身の安全は保障できないがね」
「フン、捕まるくらいなら死を選ぶわ。ま、そんなつもりはサラサラないけれどね」
「ほう? この状況をひっくり返せる手段でもあるのかい?」
「貴方の剣技、黒銀の赤い魔力弾、どちらか一方だけでも、戦闘が得意ではない私には厄介な代物だけれど……」
そこで角魔人は言葉を切ると、手元の鞭を軽く二度、左右に振った。すると、鞭を覆っていた布地が抜け落ち、縮んで一本の長い金属の棒に変形する。
あれも魔導具の一種だろうか?
「こうすれば、何とかなる……かしらね!」
角魔人からゴウッと突風が吹きだす。
「なんだい? 暗い中での風魔術は有効だが、ただ、風を起こしているだけじゃないか?」
「ただの風かどうかはこうすれば分かるかしら?」
そういうと、角魔人は金属の棒を持っていない手を横に振るう。すると、吹いている風が横殴りの風に変わった。
更にコツンと仮面の横に何かが当たる。よく見ると、風の中に小さな小石が混じっていた。
「チッ、厄介な……複合魔術の使い手だったのかい」
イーナにも小さな石が当たっているが、彼女は自身が発している薄紅色のオーラのおかげで意に介さないようだ。
俺はフォトンブラスターで赤い魔力弾を撃ってみる。しかし、途中で風の中に飛んでいる小石に当たり破裂してしまった。
その破裂した魔力弾を影にしてイーナは角魔人に突っ込むが、角魔人は手を動かすと風の吹く方向が変わり、今度は石が降るように落ちてくる。
更に風の吹く方向が変わり、不意に飛んできた大きな石にイーナはその場から跳び退く。
俺にも向かって飛んできた大きな石を首を振って避けると、背後にあったフェンスを突き破り、何処かへ飛んでいった。
「中々やるわね? でも、まだまだいくわよ?」
角魔人が手をあちこちに振るうたび、吹き荒れる風の方向が変わり、時々混じって飛んでくる石は大きく鋭く尖り始めた。
イーナが角魔人に向かおうとするのに合わせて、角魔人は風に乗せてイーナに尖った石を飛ばす。四方八方から飛んでくる石弾に対応する為、イーナはその場で足止めされた。
俺もなんとかして角魔人に接近したいのだが、角魔人に近付くほど風は強力になるので距離を詰められないでいる。
更に不意に変わる風向きと、時々飛んでくる石弾を避けるので普通に立っているのさえ辛くなってきた。
角魔人はイーナを警戒しているらしく、イーナに飛ぶ石は更に大きく数が増えだした。イーナは華麗に避けると、石は屋上の床にドスドスと突き刺さっていく。
さっきよりも大きな石が降り始め、鬱陶しいな、と思いながらガンッと手甲で向かってきた石を弾く。
俺はフォトンブラスターをベルトのホルスターにしまった。この石を含む風の中ではフォトンブラスターが効かないし、角魔人は俺よりイーナの方が脅威だと判断したのだろう。
角魔人の魔術を一時的にでも封じ込めれば、イーナなら何とかしてくれるだろうか? 他人任せの策など用いるべきではないが、そうも言ってられないな……
俺はベルトからスマホを取り外し、画面をスワイプして、未完成の技が入っているフォルダを開き、一つのアイコンをタップした。
すると、身体を守っている銀色の鎧部分、肩、肘、籠手、膝、脛、そして、胸と背中の部分がガシャンと少しだけ広がる。そして仮面の額に付いている角が二本から四本に別れた。
「ふぅ……」
意を決して俺はスマホをベルトに嵌めると、ベルトから各部位へ魔力が流れ出し、鎧の開いた隙間に流れ込んで赤く染めた。
「ハッ!」
体勢を低くして強く地面を蹴る。赤い魔力の残滓を身体のあちこちから垂れ流し、吹き荒れる風を突っ切り、飛んでいる小石を弾き飛ばして、一気に角魔人に詰め寄る。
「え?」
イーナに気を取られていた角魔人は油断していたのもあるだろうが、まだ技名も決めていない俺の超高速移動に反応できず、俺のショルダータックルを喰らい吹き飛んだ。
「グフッ!」
しかし、俺も扱いきれていない超高速移動を制御できず、そのままの勢いで角魔人と共に何本かの配管を壊す。
更にフェンスを突き破って屋上を飛び出し、二人とも地上へ落下してしまうのだった。




