演技派女優
トイレで変身した俺は、ベルトの右側に装着しているアヴェイラブル・ギアを取り出す。左右の手甲のスリットに嵌めて金属の手を取り付けると、窓から身を乗り出し屋上へ向けて爪を打ち出した。
「大丈夫そうかな?」
角度が気になったので、爪が抜け落ちないか何度か引っ張ってみる。少し不安はあるが、俺は割れた窓の淵に足を掛けて、ゆっくりとワイヤーを巻き上げていく。半分くらいまで来たところで、
「あっ!」
刺さっていた爪が抜け、ガクンと落下する身体。
「この!」
咄嗟に逆の手の爪を打ち出す。爪が屋上のフェンスの上を通り抜ける瞬間に魔力を送り込む。
「曲がれ!」
クルンと爪が軌道を変えてフェンスの手摺に巻き付くと、劇場の壁に足をつける。
「ふぅ……」
そこからワイヤーを掴んで壁伝いに屋上へ登っていこうとしたのだが、金属の手では上手くワイヤーを掴めなかった。
一気にワイヤーを巻き上げて、屋上の端に金属の手をかける。
屋上によじ登って、フェンスを乗り越えると大きな金属の箱が幾つもあり、そこに繋がる配管が何本も張り巡らされていた。
その奥は何も無い暗い空間が広がっていて、四角い小屋のような建物がある。その前に距離をとって対峙している二人の様子が窺えた。
一人はイーナで剣を構えていて、もう一人は甲殻に覆われたエビのような魔人……うん? 魔人の奥に暗闇に溶け込む様にして、だぶだぶの黒いローブを着た小柄な人物がいる。
屋上には特に照明などがあるわけではない。暗いといえば暗いが、王都の夜は他の建物からこぼれた明かりがあるからなのか、真の闇というほど真っ暗ではなかった。
それでも、仮面の暗視機能と、事前にスマホで三人いると知っていなければ気付かなかったかもしれない。
俺は何かの装置であろう金属の箱に隠れて、アヴェイラブル・ギアを取り外し様子を窺う。
エビ魔人が鋏の様になっている手から水球を放つ。
イーナに向けてゆっくりと飛ぶ水球は、イーナなら紙一重で躱して、カウンターを仕掛けられそうな速度だと思うのだが、イーナはわざとらしく大きく跳んで躱した。
水球は石の床に当たると破裂して、針のようになって周囲に飛び散る。
イーナは自身の身に纏っている赤いマントで弾けて飛んでくる、針のような小さな水魔術を防ぐ。
成る程、下手な避け方をしては、背後から襲い掛かって来る攻撃が厄介なのか。
更にエビ魔人が撃ち出す水魔術はある程度、速度を変えられるのか、先に撃った水球に後から撃った水球を空中でぶつけ合わせ、空中で弾けて、針のような魔術をまき散らす。
避けようのないイーナは身をかがめつつ、マントで飛び散る針の様な魔術を防ぐ。
幾つも水球が放たれ飛び散る針のような魔術を、マントで防ぐしかないイーナの方が不利なようだ。
「こん……の! くっ……!」
「フハハハ……高性能なマントのようだが、いつまでも凌げる訳でもあるまい?」
「ナメんじゃないよ!」
イーナは飛んできた水泡に指先から小さな火球を放つ。一つの水球が破裂すると、後ろに飛んでいた水球も巻き込み、連鎖的に破裂が続いた。
広範囲に飛び散る針のような魔術を、イーナは自身のマントで身を守る。エビ魔人にも破裂した細かな針のような魔術が飛ぶが、その硬そうな甲殻のおかげか意に介さないようだ。
その上、その中を突き進んでイーナに襲い掛かってくる。振り上げた爪をエビ魔人が振り下ろすと、イーナは剣で受け止めた。
力比べになるかと思ったが、イーナは巧みに剣を操り、エビ魔人の爪を逸らして地面へ叩きつけると、その爪を踏みつける。
「ヤッ!」
更に爪の上で回転しながら放った回し蹴りは、エビ魔人の肩を打ち、相手をよろめかせた。
そこから剣を振り回し、エビ魔人の甲殻で覆われた身体を剣で何度も打ち付ける。そして、エビ魔人の爪を跳ね上げると、そこは甲殻が薄くなっているのだろう、腕の関節部分に剣が突き刺さった。
「くらえ!」
一瞬、イーナの手から赤い魔力が剣に迸ると、剣先が爆発してエビ魔人の腕を吹き飛ばした。
「ぐあ!」
エビ魔人の右腕の甲殻がボロボロと剥がれていく。
更に追い打ちをかけようとしたイーナを嫌がったのか、エビ魔人はもう片方の爪から近距離で水魔術を撃ち出す。
イーナが素早くマントで水球を受けると水球が弾け、吹き飛ばされて、赤いマントはズタズタになってしまう。
「チッ……よくもアタシのお気に入りを……」
イーナは片膝をつきながらマントを脱ぎ棄てた。すると、奥にいた小柄な黒ローブの人物が長いローブの裾を引きずりながら前に出てくる。
「カールランピ、ここまでね。貴方の立てた計画、たった一人の女剣士に潰されたとなると、やはり貴方たちだけでは無理だったのよ」
「ぐ……ま、待ってくれ、コ、コイツを倒せばまだ何とか……」
エビ魔人はその甲殻がボロボロになって、使い物にならなくなった自身の右腕を押さえながら、黒いローブの人物に何か訴えだす。
「無駄よ、仮に彼女を倒せたとしても、もうその機会は失われてしまったわ。せっかく、組織の者が手を貸したというのに、この体たらくでは……貴方は自身の有能さを見せつけたかったのでしょうけれど、やはり小賢しさだけではどうにもならないってことがあるのよ」
「しかし、こちらの魔術を防いでいた奴のマントを打ち破ったのだ、後もう一押しでコイツを倒せる! そうすれば、再び機会は巡ってくるはずだ!」
「まだ、その様な戯言を……大体、彼女はこの劇場に出演していてもおかしく無い程の演技派なのよ?」
「なに?」
「あぁ、やはり理解できてないのね……貴方は片腕を失ってマントを破いただけじゃないの。確かにあれだけ貴方の魔術を防いだのだから貴方にとっては厄介な代物だったのでしょうけれど……彼女をただの近接型剣士と思っているようでは、やはり貴方はそこまでということなのよ」
「無粋だねぇ……こちらの手の内を見透かしている、とでも言うつもりかい?」
イーナは立ち上がりながら剣を構え、黒いローブの人物に問い掛ける。
「流石にあれだけじゃ手の内を見透かすほど、貴方の戦闘能力を見抜けた訳じゃないけどね?……どうかしら、そんな物騒な剣は処分して、俳優として演技の道を進んでみては?」
「素敵な提案だけれど、この背丈じゃ舞台映えしないのよ。ま、それ以前にアタシはコイツを捨てる気は無いけど」
イーナは自身の持つ剣を軽く振ってみせた。
「お、お前たちは一体、何を言っている?」
「ふぅ……彼女が言うように無粋な真似はしたくないのだけれど、ま、簡単に言えば彼女はただ様子見をしていただけなのよ。あれだけの魔術を防いだ高価なマントを使い切ってでも、貴方の実力を見極めていたの」
「バ、バカな……それではまるで、この女がオレ以上の実力を隠し持っているとでもいう口ぶりではないか!」
「そうよ、私や彼女を、女、子供とみて侮っているからそんな発言がでるのよ。結局、新たな能力を与えられても活かせないのならば、貴方はそれまでだったということね」
「きっつい言い方をするねぇ……仲間じゃないのかい?」
イーナの問いに黒ローブは肩を竦めながら答える。
「仲間、ねぇ……役立たずに気を使って、おべんちゃらでも告げてあげるのが貴方たちの言う仲間なのかしら?」
「そんなことしやしないさ。これでも部下を預かる身だ。指摘はするし、叱りもする。だが、アンタの様に冷たくあしらったりはしないさ。同じ道を歩む仲間として、ね!」
するとイーナは不意打ち気味に、突然エビ魔人へ斬りかかった。
「ぐっ」
エビ魔人は自身の右腕を庇うように、もう片方の爪でイーナの剣を受け止める。
「チッ」
そこへ黒い魔力弾が飛んで来て、イーナは飛び退いた。側にいた黒いローブの人物が手を出してきたのだ。
「カールランピ、この貸しは高くつくわよ? 私は貴方たちを監視しに来ただけなのだから」
「く……」
「流石に、二対一はしんどいねぇ……」
「あら? 所詮は子供の手助けよ? もう一人は片腕を失っていて、万全とは言えないし……私たちの命運は貴方のおかげで尽きたのかもしれないわね?」
「アタシを油断させたいのでしょうけど、演技が下手過ぎてヤジを飛ばす気にもなれないわ。アタシは子供と言っても手加減はしないよ?」
「あら、大人気ないわね? 大人らしい余裕を見せて欲しい物だわ」
「フン、大人気ないとか、余裕がないとか関係ないね。アタシは売られた喧嘩は必ず買うって決めてんだよ」
「売られた喧嘩だと? 貴様らがいきなり我らを襲ってきたのだろうが……!」
「惚けんじゃないよ、うちの領に手を出してきたのは、アンタらでしょうが!」
「――ッ! 王都にもまだ、在野でこれだけの剣士がいるのかと感心していたけれど……となると、貴方は地方貴族の護衛か何かって訳か……成る程、只者ではないと思っていたけれど、納得がいったわ……」
「た、確かに地方へ行った奴らは悉く作戦を失敗してきた……グローサー家に手を出した連中など誰一人として帰ってこなかったが……お、おい、まさか、ギフテッドでも敵わないっていうんじゃないだろうな?」
「勝負は水物、やってみるまで結果は分からない、なんて、あのバカなら言いそうだけど……カールランピ、貴方は自分の心配でもしてなさいな、私に守ってもらえるだなんて甘えた考えは捨てることね」
「チッ……」
ギフテッドか……話しぶりから、あの小柄な人物はギフテッドに所属していて、エビ魔人は違うのだろうか? 小柄な人物の方は竜モドキとも関係がありそうだが……
それにアイツ等は他の地方貴族にも手を出していたのか……帰ってこなかった、という発言から奴等の根城は王都にでもあるのかな?
三人の間に緊張が走っているようで、互いに睨み合いが続く。
さて、どうしたものかな……助けに入りたいが、変身したままだとイーナに斬りかかられそうだ……
かと言って変身を解けば、大幅な戦力ダウンだし、イーナの前で変身する訳にもいかない。
俺がどうすべきか考えていると、緊張、或いは負傷した状態に耐えられなくなったのか、エビ魔人が動いた。
奴は自身の足元に水泡を放つと、弾ける魔術を利用するように大きく跳び上がる。
飛び散る針のような魔術に、イーナは足元にあった、ボロボロのマントを蹴り上げ盾代わりにし、小柄な人物は手を翳して黒い魔力の壁を創り出し防ぐ。
エビ魔人は着地すると更に、二人に向けて水球弾を次々と撃ち出しながら、どんどん後ろへ下がっていく。
「付き合ってられるか! 後はお前らだけでやってろ!」
「チッ」
「馬鹿ね……」
エビ魔人はこの場から逃げるつもりのようだ……というか、俺のいる方に背を向けてやってくるのだが……
なんか卑怯者くさいし、スゲーカッコ悪いのだが、ここは割り切るしかないな。
俺は金属の箱の陰から飛び出し、スマホに触れる。
「Extra Charge」
スマホに触れると、ベルトから生じた魔力が俺の右足に向かう。
「な、なんだ!?」
スマホの音声に気付いたのだろう、エビ魔人が水球弾を放ちながら、こちらに振り返った。
「ハッ!」
俺のタイミングよく出した魔力の籠ったサイドキックは、振り返りかけたエビ魔人の脇腹に突き刺さり、吹き飛ばした。
二人の前に転がり出たエビ魔人は、声にならない呻き声のようなものをあげながら灰化していく。
「なんだい? 途中から三対一はきついなぁと思っていたから、エビ野郎を重点的に攻めていたっていうのに、仲間割れかい?」
「黒銀の……貴方がシグニックの言っていた“面倒くさい奴”ね……この場面で出てくるだなんて、ホントに面倒ね」
……この登場の仕方、ヒーロー物の不気味な悪役の登場の仕方じゃねーか。いや、まぁ、この世界でヒーローだとか、悪役だとか、そんなものを知っているのは姉くらいだから気にする必要は無いのだが。
それよりも、小柄な人物は俺に気付いていなかったようだが、イーナはやはりというか、俺に気付いていたようだ。
イーナに対して敵意を持って見ていた訳じゃないから、イーナもマグダレーネの様に魔力を感知する技術があるのだろうか?
「貴方の目的は何? ただの生意気な奴って訳じゃなく、私たちに敵対するつもりなのは分かったけど」
「ほう? 仲間でも知り合いでもないのかい? まいったね、こりゃ……敵の敵は味方、なんて都合よくいく訳はないだろうが……」
ここで喋っちゃうと声でイーナにバレるよなぁ……今度は音声変換機能も創らなければ……何とかイーナにはこちらに敵対する意思は無いと伝えられないだろうか?
「フン、話す気はないって訳ね……全く、私は戦闘が得意じゃないっていうのに……!」
そう呟く小柄な人物の足元から風が巻き起こる。




