姉より強い弟など
洗礼式に向かうまで、間もなくとなったある日の朝。
「いよいよ、レオンも洗礼式か……長かったようであっという間じゃったのう。そうじゃ、レオン、今から模擬戦闘を行わぬか?」
朝食の席で、祖父がそんな提案をしてきた。
「模擬戦闘?」
「うむ、お主は既に魔力を感じ取っておるじゃろ? その上、ほぼ毎日鍛錬しておる。今の自分の実力が、どの程度なのか知りたくはないか?」
「お父様! レオとの訓練は……」
「分かっておるよ、フローラ。儂ではなく、やるのはエリーとじゃ。それなら構わんじゃろ?」
「私? まぁ別に構わないけど……」
「お義父さん、レオンはまだ魔術訓練を行っていませんから、勝負にならないと思いますよ?」
「フッ、フロレンティアにディートヘルム、我が子を心配する親心は分かるよ? ただ、アンタらの心配は筋違いさ。エリザベートが攫われかけた時、この子は犯人を追いかけた。そういう勇敢さを持っている。それに毎朝、出かけている森で、時々アタシが魔獣を倒すところも見ているんだ。戦闘というものがどういうものなのかは知っているよ?」
マグダレーネの言には嘘が混ざっている。襲ってきた魔獣の殆どは変身した俺が倒しているのだ。
倒した魔獣を灰化させようとしたら、勿体ない、と言って素材を剥ぎ取って持ち帰り、小銭を稼いでいるらしい。その代わり俺に、魔獣の名称や特徴、剥ぎ取りの仕方なんかを教えてくれるので、勉強代だと思っている。
「しかし、見たことがあるのと実戦では全く意味が異なります。何もできずに負けてしまえば、自信の喪失にも繋がりかねますし……」
「いいかい、ディートヘルム、アンタのそれはただの甘やかしさ。レオンハルトもいずれは戦いの場に身を置くことになるだろう。その時になって初めての実戦じゃあ、可哀想なのはレオンハルトだとは思わないのかい? アンタたち二人に教育権があるのは知っているよ? ただ、傍から見て、それが優しさではなく、甘やかしているのだと思えばアンタたちに口出しせざるを得ないね」
「ガハハハ! そこまで心配せずともよい。何も本格的な模擬戦闘を行うわけではないのじゃからな。勝敗の条件は至って簡単なものじゃ」
う~む、マグダレーネは俺が既に実戦を行っているのを知っている。対して父と母は知らない。意見が対立するのは分かるが、俺の意思は蔑ろにされている気がする。
「マグダレーネ様がそこまで仰るのでしたら……エリー、“真”は使わないようにね」
「ほう? その歳でもう“真”が使えるのかい? こいつは強敵だよ、レオンハルト。分かっているだろうね?」
「分かってるよ」
マグダレーネが言っているのは、“変身”を使ってはいけない、という意味だろう。それよりも“真”とは何の事だろう?
「まだまだ不安定だし、“真”を実戦で扱えるとは思っていませんよ、お母様。ま、そんなものを使うまでもなく、今のレオなら余裕でしょう」
「よし、それでは準備に取り掛かろう。楽しみじゃのう」
そうして、広い運動場がある庭へと出る。何故かお手伝いさんや、警備隊、更にはマーサやベルノルトまでいて、子爵邸の全員が集まっているようだ。
俺はいつもの運動着だが、姉も珍しくポニーテールにして運動着に着替えていた。最近は領都で訓練をしているから、姉の運動着姿を見るのは久々になる。
庭の真ん中辺りにまで来ると、祖父がズシン! と地面を踏み込む。すると地面がゴゴゴ……と盛り上がっていき、高さ一メートル、四方が十メートルくらいの土の舞台ができあがる。
「ふむ、まぁこんなもんじゃろ。良いか二人とも、勝敗を決める条件は二つ。一つは先にこの舞台から落ちれば負け。もう一つは先に相手の身体に触れた方の勝ちじゃ。どうじゃ、簡単じゃろう?」
「わかったわ、お爺様」
「うん、わかった」
さて、どうしたものか……恐らく姉は身体強化を使ってくるのだろう。となると、姉を突き飛ばして場外に落とすにはパワーが足りないかもしれない。
うん? 突き飛ばした時点で先に触れている俺の勝ちなのか……場外負けというのは、逃げるなよ、って意味なのかな?
そんな事を考えていると、コツンと軽く頭を叩かれる。
「気を付けるんだよ、レオンハルト。あそこにいるのは一年半前に攫われかけたエリザベートじゃない。魔術指導を受けるという意味、じっくりと味わっておいで」
マグダレーネのアドバイスなのか応援なのかよく分からない言葉を受け、俺は舞台の上に飛び乗る。姉も対面から上がってきた。
姉を見ると、その存在感が濃いというか重いというか……何と無くそんな風に感じる。恐らく、既に身体強化を使っているのだろう。
「よし、それでははじ――」
場外にいる祖父が開始の合図を言い切る、ほんのちょっと前に、姉に向かって全力で駆け出す。
俺の狙いは奇襲による先手必勝だ!
しかし、姉は驚くどころか、ニッと口角を上げる。クソ、読まれていたか?
そして、向かって行く俺に対して手を上げる。
あの手の形は――マズい! 俺は咄嗟に横っ飛びに跳び地面を転がる。そこへ、小さな黒い魔力弾が飛んできた。魔力を腕に込め、逆立ちになるようにして後ろへ飛び退く。
「ほら、バン、バン、バン――と」
「わっ、たっ、とっ……ちょ、ちょっと待って、姉さん!」
「うん? なによ? 今更、命乞いかしら?」
「爺ちゃん、アレってありなの!? っていうかアレに当たると俺の負け!?」
「うむ、ありじゃ。言ったじゃろ? 先に相手に触れた方の勝ちじゃと。故に魔力弾が当たっても負けではないが……気を付けんと場外に落ちるぞい」
「――分かった」
「もういいかしら? ま、答えは聞いてあげないけどね」
そう言いながら姉は親指を立て、人差し指を俺に向ける。銃の形を模した手の指先から、黒い弾丸が俺に向かって飛ぶ。何とか躱せるのだが、次々と放たれる魔力弾になす術がない。
「ホラホラ、私の魔力はまだまだ尽きないわよ!」
「チッ」
魔力バカめ……そりゃこの程度では尽きないだろうよ!
暫く躱し続けていると、だんだん慣れてくる。なんかリズムゲーっぽくなってきたな。タンタンタタタン、タンタタタン……おわ! 急にリズムを変えてきやがった!……当たり前か。
しかし、このままではジリ貧だな……せめて、短剣を具現化できれば、魔力弾を弾きながら姉に近づけるのだが……変身も具現化も封じられるとどうしようもないのが問題だな。
「アンタ、中々に面倒な奴ね。少し回転率を上げようかしら」
「なに!?」
躱すのに少し余裕があったのが、途端にきつくなる。
「あ!?」
ギリギリで躱していたのが、ちょっとしたミスで避け方を間違え、どうしても避けられなくなった。バン! と左の二の腕に被弾する。
「つぅ……クッ」
二の腕の痛みに、思わず手を当てて動きを止めてしまった。そこへ次々と飛んでくる魔力弾。仕方なく跳び上がって躱す。
あ~やってしまった……空中に跳んでしまうと、次弾が避けられない……
思った通り、姉は宙にいる俺に魔力弾を撃ってきた。とにかく俺は身体を縮めて丸くなり、両腕や両足に魔力を込め、出来るだけ魔力弾が当たる面積を減らし、少しでも痛みに耐えようと身構える。
ドカドカと当たった数発の魔力弾に撃ち落とされ、俺はゴロゴロと転がされた。そこへ追い打ちの魔力弾が飛んで来るのだが、逃げ場がない。転がされた先は舞台の角だったのだ。
……成る程、落ちれば負け、とはこういう事か。
手や腕で頭や胴に魔力弾を受けないように防ぎながら、なんとか立ち上がり、強引に角から脱出する。そして、そのままの勢いで姉に向けて弧を描きながら接近していく。
こうなったら、被弾覚悟で姉に突っ込んて行くしかない!
ジグザグに動いて狙いを逸らし、地面に転がって躱し、どうしても避けられない魔力弾は魔力を込めた拳でぶん殴る。殴りつけた拳に痛みがあるが、耐えられない訳じゃない。
そうやって、姉まであと数歩と近づいたところで、足先に魔力を込め地面を蹴って姉に突進した。姉が向けている人差し指の射線を躱すため、姉の左斜め後ろに向けて跳ぶ。放たれた魔力弾が俺の耳を掠める。
足が地面に着き、反動をつけるように回転しながら回し蹴りを放つ。
その時、姉の左の掌が開かれていて、俺に向いているのを見た瞬間、やられた! と思った。
「――ショットガン――」
姉の呟きとともに、掌から放射状に無数の小さな魔力弾が放たれた。
ズガン! と全身を撃たれた俺は、仰向けに倒れる。
「いててて……グエッ」
痛みに身体を動かせないでいると、ギュムっと姉に腹を踏みつけられた。
「これで、私の勝ちね。フフ、レオ、貴方の動きは、おおよそ私の想定内だったわ。姉より強い弟など存在しない、といったところかしらね? フフフ……」
そういって足を退け、俺の手を取り立たせてくれた。
くそう、ショットガンかぁ……『バイオハザード』では、ホント頼りになる武器だからなぁ。ハンドガンの弾は終盤になると余るが、ショットガンの弾はいつも不足気味になるんだよな……
となると、親指を立て人差し指を向ける銃の形をした手はハンドガンで、掌を開いたのはショットガンなのかな? 他にも色々な銃の形を模した型があるのかもしれない。
「うむ、エリーの勝利じゃな。中々、良い勝負であったぞ、二人とも」
「レオ、大丈夫? どこか痛いところは?」
祖父が場外で拍手し、母が心配そうに舞台に上がってきた。
「大丈夫ですよ、お母様。それほど威力を高めていた訳ではありませんから。それでも心配なら、癒しの魔術を使ってあげればいいと思いますけれど……」
「うん、少し休めば大丈夫だよ、母さん」
舞台を降りると、警備隊の人達が何か話し込んでいるのが聞こえた。
「な、言っただろう? エリー様が勝つって」
「う~む、レオン様もいい線いっていると思ったのだがなぁ……最後の蹴りが決まっていれば……」
「たら、れば、を言ってても結果は変わらんさ。それよりもホレ……」
「チッ、しょうがねぇ……」
そうして、一方が話している相手に何かを渡している。
そんなやり取りをしているのが、あちこちで見えた。マーサもベルノルトから何か受け取っていた。
どうも皆、俺と姉の勝負で賭けをしていたみたいだ。ま、娯楽の少ない世界だからな、楽しんでくれたのならそれでいいか。
「幼い頃からあんな激しい訓練を……お義父さん、これが、グローサー家のやり方という訳ですか?」
「む? レオンはちと特殊じゃからな……とはいえあの程度のこと、他家でも行っているところは幾らでもあるじゃろう。儂なんぞあのくらいの年頃には、ばあさんに……」
父と祖父が話し込んでいる脇を抜けて、自室へ戻ろうと邸に向かう。流石にまだ痛みが残っているので、暫く自室で休もうと思ったのだ。
そんな俺にマグダレーネが側へ寄ってきて話しかけてくる。
「どうだった? レオンハルト」
「うん、姉さんは凄く強かったよ。今の俺じゃあとても敵わないけど、姉さんもまだまだ余力を残しているだろうしね」
「そうだね、アタシも少し驚いているところさ。基本の魔力弾をああも自在に使いこなすとはね。アタシとしちゃ割といい勝負になるんじゃないかと踏んでいたんだが……ま、これでフュルヒデゴットの疑いも晴らせたろう」
「疑い?」
「フッ、男の嫉妬のような、みっともない話さ。アンタと森に出かけている時に、アタシが魔術や戦い方を教えているんじゃないかと疑っているのさ。アタシとしちゃ、ちょいとした小遣い稼ぎのつもりなんだがねぇ……ほら、フロレンティアは一人っ子だろう? しかも女であまり荒々しいことは好まない性格だ。その上でエリザベートはフロレンティアに師事するって決めちまったからね。フュルヒデゴットの奴は、アンタに訓練を施すのをすごく楽しみにしているんだが、アンタがアタシに師事するって言いださないか心配なのさ」
「俺たちの婆ちゃん……トルデリーゼって人だっけ? たしか、母さんを生んですぐに亡くなったんだよね……それで、孫の俺たちに期待しているんだね。でもさ、あんな短い姉さんとのやり取りで、俺が魔術を使っているかどうかなんて分かるものなの?」
「フュルヒデゴットの奴はそこまで目が節穴じゃあないさ。もし、アンタが身体強化を使っていたら、一目で分かるだろうし、アンタもあの程度の魔力弾に痛みを覚えることはないしね」
「ふぅん、そういうものなんだ……あれ? もしかして、母さんや父さんが、俺と姉さんとの勝負に渋っていたのを、妙に力を入れて説き伏せていたのは……」
「おや? 気付いたかい? そうさ、全ては廻り回ってアタシの為って訳さ。昨日、フュルヒデゴットの奴にけしかけた甲斐があったってモンだよ」
「じゃあ、爺ちゃんとではなく、姉さんとやるようになったのも……」
「ああ、アタシが匂わせたのさ」
「ったく、とんだ食わせモンだよ、マグちゃんは」
「フッ、誉め言葉として受け取っておこうか」
「ま、おかげでいい経験になったよ。ありがとう、マグちゃん」
礼を述べると、マグダレーネは意外そうな顔をした後、俺の頭を撫でながら微笑んでいた。




