晴れ着といえば
流れ去る景色が輪郭を歪め、高速で飛び去っては消えていく。
ドガァン!
巨大な木の幹にぶつかり、俺の動きは止められた。打ち付けた右腕の痛みに蹲り、巨木に伝わった衝撃で驚いた鳥達が飛び立つ。
「ツゥ……」
痛みが治まるのを待ちながら、俺は遠くへ飛び去って行く鳥をぼんやりと見送る。
そこへガサガサと茂みを割って、マグダレーネが現れた。
「なんだい、またアレをやっていたのかい?」
地べたに座り込んだ俺にマグダレーネが声を掛けてくる。俺はベルトからスマホを取り外すと、変身を解除した。
「Cancellation」
「レオンハルトも懲りない子だねぇ……アンタのやりたいことは、もう少し年を取れば解決すると助言してやっただろうに。ホラ、立てるかい? 何処か痛いところは?」
「ううん、平気……」
差し出されたマグダレーネの手を取って立ち上がる。
「そうかい? それじゃあ、そろそろ帰ろうか。腹が減ってきたよ」
「そうだね……」
俺とマグダレーネは連れ立って、ランヴィータ湖の近くにある森から邸への帰路に着く。
マグダレーネは約束通り、俺が変身して訓練する時間を作ってくれた。天気の悪い日以外は、マグダレーネのみの付き添いで、お手伝いさんや警備隊はついて来ていない。
父とマグダレーネが王都へ元司祭達を連れて行っている間、俺は夜中に抜け出さないようにと約束させられた。
随分と長い間待たされ、身体が鈍ってしまうのではないかと不安になった頃、やっと戻ってきたマグダレーネと母との間で、危険にさらさない、魔術を教えないという約束が交わされたのだ。
そうしてランヴィータ湖の近くの森で変身の訓練をしていたのだが、俺は行き詰っていた。
マグダレーネの戦い方を見て、よくある特撮変身ヒーローが使う超速度での動きが可能になるのでは? と試しに設定してみたのだ。魔力と理力を大量に消耗するが、超速度運動は可能ではあった。
しかし、俺の反応速度では制御するのが難しく、障害物に体当たりしたり地面に蹴躓くという体たらくだったのだ。
マグダレーネは時が解決してくれる、と言っているので、訓練を続けていれば何時か使いこなせるようになるのだろう。
マグダレーネもあの動きを習得するのには何年もかかったと言っていたし。それでも俺は、早くものにしたいな、という気持ちからあれやこれやと試しているのだが、どうにも上手くいかずにいる。
因みにマグダレーネは、戦い方だとか、魔術の使い方とかの助言は一切してこない。母との約束もあるが、彼女自身はもう弟子を取る気はないのだそうだ。想像でしかないが、きっと教え子の夭折していくのを見るのが辛いのだろう。
邸に近付くと、馬車から姉が降りてくるところだった。姉は俺達に気が付くと大きく手を振る。つられて俺も大きく手を振り返した。
去って行く馬車とそれについている馬に乗った護衛達を見送っていた姉と合流し、共に邸へと入る。
「あれから一年以上も経つのに皆、大げさよね。もう誰一人として私を狙ってこないんだから……まぁ襲ってきても返り討ちにしてあげるけど」
「フッ、それだけ領主候補であるアンタを大事に思っているのさ。ま、そんなことより早くお昼にしようじゃないか。今日は何だろうねぇ?」
「ねぇ、マグちゃんはさ、午前中は俺についてるけど、父さんや母さんみたいに仕事をしなくてもいいの?」
「アタシの仕事は、アンタらのお守りさ。大体、既に引退した身だよ? それをフュルヒデゴットの奴め、ただ飯喰らいは許さんなんて言うから……」
「まったく、年寄扱いすると怒るくせに、そういう時は年長者だと振りかざすんだから……レオ、これが老害というものよ?」
そういった姉に向けてマグダレーネが小さな黒い魔力弾を飛ばす。それに対して姉も黒い魔力弾を飛ばした。互いがぶつかり合い弾けて消える。
「危ないじゃないのよ!」
「おや? やるじゃないか。ふむ、エリザベートも成長しているようでなにより」
「冗談じゃないわよ、私が避けていたら壁に穴が開くところだったでしょ!」
「その時は、エリザベートの小遣いから修繕費を賄ってもらうのさ」
「ちょっ! なんで私が……! 子供にタカる大人なんて最低だわ!」
「ハハハ……」
マグダレーネが姉を揶揄いながら、俺達は食堂に入る。
今日の昼食は焼き魚定食みたいなものだった。白米に、汁物と焼き魚。何の魚かは知らないが、俺はこの魚料理というものが苦手だ。
白米に焼き魚と大根おろしに醤油はとても合うし、美味いとは思う。だが、骨から身をほぐすのが下手なのだ。そうして、残される無残な姿の魚。どうして皆、綺麗に食べきる事が出来るのだろう?
お手伝いさんが俺の食器を取り下げるのを見ながらそんなことを考えていると、マーサが入れ替わるように入ってきた。
「坊ちゃま、今日はこれから洗礼式用の衣装を作るため、服飾を扱っている商人がやってきます。ですので一度、着替えを済ませておいてくださいませ」
「はぁい」
「ふぅん、レオもいよいよ洗礼式なのねぇ……ね、マーサ、その場に私も居合わせていいかしら?」
「まぁ! お嬢様はこの前、奥様と一緒に注文なさったばかりではありませんか。今回は坊ちゃまの番ですよ?」
「違うわよ、レオがどんな衣装になるのか知りたいだけよ。ね、いいでしょ、レオ?」
「うん、別に構わないよ。ってか皆の意見を参考にするから、姉さんがいてくれれば心強いかも?」
「全く、そういうところばかり、フュルヒデゴット様のマネをされて……」
正直、いつも着ているこの運動用の服が俺のお気に入りで、動きにくい貴族風の衣装はあまり好きではない。
服を注文する際、母と姉はいつも長い時間、商人とデザインについて、あれやこれやと話し合っている。父も多少はするそうだ。
しかし、祖父は昔から商人が幾つか持ってくるデザイン案を、そのまま全部買ってしまうのだ。祖父曰く、色々と思い悩むより全部買ってしまって、後は毎日マーサを含む側にいる人に勧められたものを着ているのだそうだ。
祖父も子供の頃は俺の様に運動着であちこち走り回っていた。そんな話をよく周囲に漏らしているので、近頃では俺の格好を咎めるのはマーサくらいしかいない。
着替えを済ませ、一階の応接室で姉と共に待っていると、マーサに案内されて商人達がやって来た。
「お初にお目にかかります、レオンハルト様。私はディッテンベルガー商会のリーヌスと申します。以後、お見知りおきください」
「レオンハルトです、今日はよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします。では、早速ですがこちらをご覧ください。レオンハルト様の好みが分かりませんでしたので、いくつか案をご用意させていただいたのですが……」
彼は背後にいる若い男女の内の女性から、数枚の紙を受け取りテーブルの上に並べ始めた。どうやらこのリーヌスという四十代くらいの男性のみが俺と交渉する様だ。
色々と並べられたデザイン案を見てみる。良く言えば布地が多く使われた煌びやかな衣装、悪く言えばごちゃごちゃしているなぁだった。
「ふぅん、どれも似たような感じなのねぇ」
隣にいる姉が一枚一枚見比べては、イマイチと言った具合に呟く。
「そうですね、男性の礼装は女性と比べるとあまり選択の余地がありませんからね。レオンハルト様は、何か気になるものはございませんか?」
「レオに訊いても無駄よ。お爺様と一緒で衣装に興味なんてないのだから」
酷い言われようである。まぁ実際その通りなんだが……俺は斜め後ろから興味深そうに眺めていたユッテにデザイン画を渡していく。
「ユッテたちはどれがいいと思う?」
「そうですねぇ……」
そこから、後ろで控えていたお手伝いさん達の間で、デザイン画を互いに廻してのあれやこれやが始まった。俺の耳に入ってくる言葉は右から左へと通り抜けるだけである。
「マーサは見なくていいの?」
「私は坊ちゃまが身だしなみを整えてくれれば、それでいいのです」
「あ、そう……」
入口の壁際で待機しているマーサに声をかけてみたが、軽く一蹴されてしまった。
「レオ、貴方の衣装なのだから何か意見はないの? せっかくの晴れ着なんだから、こういうのがいいとか……」
「晴れ着ねぇ……『紋付き袴』とか?」
何と無く、晴れ着という言葉から紋付き袴を連想したのだが、姉の食いつきが凄かった。
「あ、それよ! マーサ、紙とペンを用意して!」
「それなら、今、手前どもがお持ちしております。おい」
商人の後ろで色々とメモに何かを書き留めていた男性が、恐らく予備であろうものを鞄から取り出す。受け取った商人は姉に紙とペンを渡した。
テーブルの上に置かれた紙に姉はサラサラと絵を描いていく。横から眺めていたのだが、かなり上手い。
「姉さん、結構上手いね」
「そう? こんなの貴族のたしなみよ」
たしなみだけでそんなに絵が描ける貴族とは一体……そんなことを考えているうちに紋付き袴の絵が完成する。
「ほう……これは大昔の資料にあったものとよく似ていますね。成る程、古すぎるから逆に新しいという訳ですか」
「え? ええ、そ、そうね、古いものから新しく知ることもあるでしょう?」
姉がしどろもどろになりながら受け答えする。姉としては、日本の晴れ着だから誰も知らないだろう、と思ったのかも知れないが、もしかすると大昔にこの世界へ転生した日本人がもたらしたのかもしれない。
「大昔の資料にあったってことは、最近は着る人がいないんだよね? どうして廃れちゃったのかな?」
「私も詳しくはありませんが、どうも洗浄の魔導具に入れると生地が随分と傷んだようです。材質が今とは違うので耐えられなかったのでしょう。それ故に数回しか着ることができなかったからではないでしょうか?」
「それなら、生地は今流通しているもので構わないわ。どう? できそうかしら?」
「そうですね、もう少し詳細をお教えいただけると……」
そこから姉と商人との長い打ち合わせが始まる。退屈な俺は、自身のサイズを測ってもらったり、お手伝いさん達の意見を聞いてみたりした。
彼女達の意見は割れていて、紋付き袴の方が珍しくて目立つから良いというものと、変わった格好よりも見慣れたものが良いという意見だった。革新派と保守派の対立である。
う~ん、と腕を組んで、どっちがいいのかと考えていると、それまで静観していたマーサが声をかけてきた。
「坊ちゃま、両方注文してしまえば良いではありませんか。フュルヒデゴット様なら悩む間もなくそうなさいますよ。王都まで二着とも運んで行き、その時の気分で決めればいいのです」
「それもそうだね。じゃあ二着分お願いするけど、間に合いそうかな?」
「はい、お任せください。後、魔紋の方はどうされます?」
「今回もお母様にお願いするから魔紋は結構よ。どうせ成長しちゃって着ていられる期間は短いでしょうから、一つ付けるだけになるでしょう」
「かしこまりました。それでは“冬の半ば”が始まるまでに一度、出来上がったものを持ち寄ります。その時に細かな修正を行いましょう」
そうして、商人達は姉の描いた紋付き袴の絵を手に邸を去った。
商人が最後に言っていた魔紋というのは、魔法効果を発揮する紋様の事だ。基本的には魔導具に用いられるものだが、衣服にも使われる。
衣服に特殊な糸を用いて複雑な紋様を縫い付けると、その服を着た人物からほんの少しの魔力を吸い取って防御的な効果を発揮する。
ただ、高価な糸を使って、面倒な紋様を縫い付けた割にはそこまでの効果は無い。例えば、火に強い魔紋を縫い付けたとしても、小さな火なら燃えないが、より強い火だと燃えてしまうのだ。まぁ、ちょっとしたお守りという感じだろうか。
割に合わない魔紋の衣装だが、元々は貴族が少しでも身を守る為に用いていたものだった。
時代が下って平民に広がると、違う意味で用いられるようになる。高価で手間のかかるものを贈る事で相手に好意を示すものとなっていったのだ。
それがまた逆に貴族に流入され、特に貴族の女性は魔紋の刺繍を学ぶようになったそうだ。
以前、お手伝いさん達にブローチをプレゼントする時、ユッテには何か特別なものを贈った方がいいと言われ、母に相談すると、この魔紋の衣装の事を教えてもらった。
魔紋入りのエプロンドレスをプレゼントしたのだが、そこで王族から貰ったお金を全て使ってしまった。色々な効果をつけて貰ったせいでもあるが、ユッテは泣いて喜んでいたので後悔はしていない。
因みに姉も母から魔紋の刺繍を学んでいる筈なのだが……
「姉さんが、俺の衣装に魔紋の刺繍をしてくれてもいいんだよ?」
「冗談はよしてよね。あんなちまちました事やってらんないわ」
これである。




