大団円
朝。窓から差し込む光が、乱れたシーツを優しく照らしていた。
「腕がしびれた。」
「それは、あなたがずっと抱きしめたまま寝てたからでしょ。」
侯爵令嬢イザベル・フォン・ロズリンは、アランの胸に頬を寄せながら、朝の吐息をくすぐるようにこぼした。
朝の薄明かりの中、彼女の唇が、ふとアランの鎖骨に落ちる。
甘く、湿ったキス。舌が触れた――
「朝から刺激が強い。」
「え? 昨夜の任務、まだ終わってないわよね?」
囁くように、そう言ったイザベルの声には、濃厚な熱が宿っていた。
イザベルの指がアランの腹筋をなぞるたび、アランは己の理性が限界を超えて崩れていくのを感じた。
けれど、彼女の笑みが愛おしくて、甘くて、抗う気力など――もう残っていなかった。
そして昼――
「で? お楽しみの報告を聞かせてくれ、アラン・ベルナー近衛隊長。」
皇太子フィリップ・フォン・エルツバインは、玉座の間ではなく、自室のソファで優雅に紅茶を啜りながら言った。
なぜか上機嫌で。
「報告というか、殿下の予想通り仮の関係では収まらなくなりまして。」
「知ってる。今朝、侍女がイザベル嬢の部屋のベッドが見事に乱れていたと報告に来たからな。」
「情報が早すぎますっ。」
アランが耳まで赤くなって俯くと、皇太子は紅茶を置いて満足げに立ち上がった。
「よくやったな。忠義の騎士。お前ほど誠実な男が、あの気高い侯爵令嬢を落とせるか心配だったが、案外野性味もあるではないか。」
「殿下ァァァッ!!!」
「で、次の任務だが。」
「ま、まだあるんですか?」
「当然だ。次は。」
皇太子がにやりと笑い、机の引き出しから取り出したのは、一枚の金色の文書。
「婚姻誓約書だ。すでにロズリン侯爵家とは話をつけてある。あとは君がサインすれば、晴れて正規の婚約者として祝福される。」
「も、もう無理だ。殿下は抜かりなさすぎて怖いです。」
「抜かりがなければ国家も恋も守れる。それが我が信条だ。」
真顔でうなずく皇太子の姿に、アランは戦慄しつつも感謝した。
この恋は確かに、彼の“計画”から始まったかもしれない。
だが――
「お幸せに、アラン。そして、イザベル嬢にも伝えてくれ。君の忠義と愛に、国家は感謝していると。」
「それを朝イチで言ってくださいよ。」
「いや。言うタイミングは、朝の一戦を終えた後が最も効果的だと判断していた。」
「最低です、殿下!! ありがとうございます!!!」
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その日の午後。
近衛騎士団室には、隊長のデスクに一通の新たな命令書が置かれていた。
それには、こう記されていた。
> 「近衛隊長アラン・ベルナー殿。
あなたの本任務は――
『侯爵令嬢を、生涯をかけて愛しぬくこと』である。
皇太子 フィリップ・フォン・エルツバイン」
アランは深く息を吐いたあと、机に手を置き、静かに笑った。
「了解いたしました、殿下。」
-完