ようこそ月影女学院へ
かなり長いです(汗 一話以降は短くする予定です。これりゃキツイ、と思ったら簡易版を待って下さい。
~~プロローグ~~ 。
―――――私が知る全ては、何も知らざることなり。
『ソクラテス』。
我々人類は、とある時、魔術の歴史に終止符を打った。
政治を苛む毒虫を、もしくは虐げる為の羊を求めて。もしくは、純然なる世界の流れの一環として。
だが、我々の住む世界の常識は、どうやらもう一度終止符を打つ時がきたらしい。
世界に、もう一度革命が起こるだろう。我々の考えていた常識をもう一度土台から作りなおさなければならないのだから。
その後の事は予想し難い。
ただ、私が、読者に確信を持って言える事がある。
――――君が知っている全ては、君が何も知らないと教えているに過ぎない。
『十三人目の訪問者』本文一章より抜粋
灰色の雲が巨大な天幕を張って、太陽を完全に隠してしまっていた。
すっと、地平線まで続いていそうな平坦な二車線の一本道が左右を雑木林に囲まれながら、無造作に置かれている、そんな場所。
人気もないそんな場所で、ただ黙々と歩くだけ、というのは予想以上に精神にくるものがあった。歩き出して、早、一時間。
俺は、このまま歩き続けるか、それとも全てを忘れてタバコを吸って休憩するか、という誘惑の間で、半ば本気で揺れていた。
葉山 晋太郎、二十七歳、独身。中央の学校を小中高大とエスカレーター式で進級、進学。
その後、……………そんなことはどうでもいい。
調子が狂う。どうも、無駄な想像や回想が頭の中で幅を広げる。
俺は、自分の胸元を眺めた。黒光りする髑髏のネックレスが何時の間にか己の上がった体温で熱を篭らせていた。銀色の細かいチェーンに、重厚にニスで塗装された髑髏を模った金属のミニチュアが文句を言いたげに、ゆらゆらと揺れた。
マジックアイテム、俗に言う魔導具というやつだ。
ただし魔導具という言葉は間違いではないが、俺のような人種は嫌って使わない。元々、昭和時代に無難に造られた造語であって、正しい訳ではないからだ。
俺のような人種であって、俺個人のこだわりはない。好きに呼べばいいと思うけどな。
これは、黒曜石で出来た儀礼用のマジックアイテムだ。
黒曜石はテスカポリトカの伝承のように意志や五感を込める触媒として高い性能がある。
特に骸骨は、人の器を模しているため形も重要な魔術の一つだ。ただの悪趣味なアクセサリーではない。
一般人に販売されているような人工知能の精霊ではなく、それなりに強力な奴だ。魔術師らしく。
俺のは『使い魔』だ。ただし寝ている。
先程、暇すぎる、といって勝手に昼寝を始めてしまった。全く従順ではない使い魔だ。通常、使い魔が主人の命令を聞かずに行動する事は有り得ない。
まして、主人がこうして肉体的精神的に疲労している時に自分一人で惰眠を貪る使い魔など、絶対に有り得ない。
―――――大事な事なので二度言うが、絶対に有り得ないぞ。
しかも、俺は魔術師だ。
魔術器師、ではなく、正真正銘、国に認証してもらいライセンスも取得している。
そう、俺は魔術師なのだ。
その俺が。
―――何故、肉体労働に従事せねばならないのだろうか。
俺の不満メーターは殆んど振り切れ寸前、額に血管が浮き出ていてもおかしくはない。
針がぎりぎり留まっているのは、もう少しすれば、俺が行きたい場所へ辿り着けるからだ。
今時、交通機関の殆んどが、魔道機関の恩恵に預かれるというのに旧時代運搬機(ガソリン式モーター車)すらないなんて、どうなってるんだろうな?
『日本』ってのは、旧時代のこの州の名前だ。その時代の呼び方をするならば、ここは『東京』の『三宅島』という島で、箒で一時間程度の沖合いにある半径八キロ程度の小さな島だ。
『統合政府』はここを『スピカ』と呼称し、また俺らもそう呼ぶ。
スピカ(最先端)とは名ばかりで見渡す限り、木、木、木の明らかな未開拓地。旧世代然とした二車線の道路だけがひたすら島の東端に、まっすぐ伸びている。島内での箒の類は一切禁止らしく、俺は島に来るや否や自前の箒を回収されるという憂き目にあってかなり気分を害した上に、数キロ徒歩というこの仕打ち。
もちろん、迎えの車などあるわけもなく。
……俺は、恨まれでもしてんのか、と、疑いたくもなる。
歩くのには慣れているので、苦にはならないものの、酷く釈然としない気持ちに俺は成らざるを得ない。感謝すべきことは重い荷物の類(といっても俺はそんなものほとんどないわけだが)事前に運んでくれた事だけ。
歩く。
ひたすらに歩く。
「………………………」
さっきから、俺はとある衝動に駆られていた。
ようは、一本、タバコ吸いたい的な気持ちになっている。
だが、正直に言って時間はない。その理由の大半は俺の箒が没収された事による時速の大幅ダウンという至極真っ当な内容なのだが、時間がない事には変わりない。
何の時間かって?
俺の初出勤の時間までだ。
「まぁ………いいか」
勤労精神の低い俺は、近くの木の陰に寄りかかった。
もういい、遅刻してやる。俺はタバコに火を付ける事にした。
指だけで。
術式なんて適当だ。基本四大でも五行でも、神話体系でも何でもいい。たかだが、4=7(プロセファー)程度の魔術師に魔術の国籍なんておこがましい。
ぼっと、指先の炎でタバコに火を付ける。
落ち着く、これから行く場所を考えるとオチオチタバコも吸えないような状況も十分に考えられるので、今のうちに堪能しておくに越したことは無い。
―――にしても、俺が、定職になんて付くとはな。不意につい最近までの自分を思い出して、少し笑う。
想像もしなかった。こんな自分の姿。
がさがさっ。
突然、隣の茂みが風も無いのに揺れた。一瞬、熊か、と思ったが、当たり前だがこんな島に熊はいない。
「ぷっはあ」
茂みから豪快に、ぼばっ、と顔を出したのは、茶髪の女の子だった。
「やー、葉っぱが一杯ついちゃったよー」
少女は、枝を掻き分けて公道に出た。黒っぽいローブに、魔女の尖がりハットを脱いで手に持っている姿。帽子は恐らく茂みの中では被っていられなかったのだろうが、そもそも、何でこんな場所にいるのだろうか。俺は疑問を抱かずにはいられない。
ショートの茶髪で軽くパーマな身長百六十前後の日本人(推定)少女は、俺に気が付いていないのか、自分の服に付いた葉を一生懸命取っている。頭に葉っぱが乗っている事を教えるべきだろうか。
しょうがねえな。俺はひそかに構えていた杖を、こっそりしまい、少女に言ってやった。
「おい、ガキ、頭に葉っぱついてんぞ」
「あ、本当だ。ども、ありがとうございます」
少女はこっちを見て、ぺこりと頭を下げた。
「………………………………………………………………?」
「………なんだよ」
目が合った。じっとこちらを見ている。
せっかくだし、自己紹介しておくか。
「あー、俺は今日からこっちに配属された葉山 晋太郎だ。よろしく」
「あ、……あたしは」
少女もつられて名乗ろうとしたのか口を開け、そしてはっとした顔になった。自分の持ったビニール袋にさっと視線を向けて、それから俺に再び視線を向けた。
なんだ一体。
「…………あの、あたしの事、見ました?」
は?
「意図が分からんが多分見たと思う」
「……だよね」
少女は、顔を真っ青にして俺を上目遣いに見た。うつむいてる、とも言う。可愛い顔つきの少女だが、明らかに落ち込んだ視線を向けられると、俺でも戸惑う。
意味が分からないが、どうも落ち込んでいるらしい。
俺に見られたから?
……………初めて知ったが、俺が見つめるだけで異性は著しく気分を害するらしい。
知りたくない衝撃の事実。
なるべく一生知らないままでいたかった。それとも、この少女だけが特別なのか。とりあえずまだそっちの方がいいが、どちらにせよ気分が最悪になる事は否めない。
―――というか、そんなわけあるか。
「あ、あの」
「ん?」
「…………、もしかして新しい先生、ですか」
先生。…………なんかくすぐったいな。ガラじゃないっていうか。
「――だったら?」
「……………どうか私を見逃してくださいお願いしますお代官様!」
「……?」
オダイカンサマって、なんだ?
どうもここの「州」を離れて長いせいか、こっちの文化がよくわからん。どうやら偉い人物らしいが。正直に言うべきだろうか。
「……」まあいいか。
「あたしを待っている幼い子供と、病気の夫が!」
「それは嘘だろ」
「でも待ってるのは本当なんです!」
俺はタバコをたゆらせた。
っていうか、そもそもこの子が誰で、何したのか俺には分からないんだがな。まあ、前者は予想つくけど。俺は頭に葉っぱを乗っけながら真剣にこっちを見ている少女に苦笑しつつ、頭の葉っぱをどけてやった。
「あ」
「いや、葉っぱがね」
「あ、ありがとございます」
戸惑っている少女に俺は言った。
「いいよ別に」
少女は目を丸くした。
「……ほんとに?」
ああ、―――どうでも。
「つまり、俺は誰とも会わなかった。それでいいんだろ」
深く踏み入っても、面倒なだけだしな。俺は真面目な“教師”になるつもりなんてこれっぽっちもない。好きにすればいいんだ。別に。あータバコうまい。
どう解釈したかは知らないがぱっと少女は顔を明るくした。
「どうもありがとー! ―――ええっと」
「葉山 晋太郎」
「ありがとう! シンタロー先生!」
少女は俺の手を掴むとぶんぶんと上下に振って満面の笑みを浮かべた。
良く見れば、ローブの中は薄緑のブレザーにシャツ。学院の制服だ。
「本当にありがとうっ。すっ―――ごくっ感謝してますっ! 感謝感激雨あられ」
「わはった。わはったから」
俺は揺さぶられて咥えたタバコが口の中で縦横無尽に動き回るのを必死に止めた。
「あ! ごめんなさい!」
「……」
「じゃあ、あたし行きます。先生も早く行った方がいいよっ!」
「…………そういや、お前、名前は何ていうんだ」
「名前?」
俺の言葉を聞いて少女は、何故か悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「あー、《学院》で会った時に言います」
「?」
「だって次が〝初対面〟じゃないですか!」
少女は、いきなり現れたように、あっという間に反対車線の茂みに消えていった。獣のような奴だ。
俺は少しだけ、笑った。結局、何をしていたのか聞けなかったな。
「ん? …………時間?」
俺は、視線を左腕に落とした。
「……げ」
時刻は丁度、八時を指していた。
「…………完全に遅刻だなこりゃ」
俺は、また笑った。たぶん今度は苦笑いになっていた。
結局、俺が目的地と思しき場所に着いたのは八時から十分後だった。車線は突然開けた場所にたどり着く。そこは茶色の石畳の半円状の広場だった。目の前には巨大な門と、二対の悪魔の像。円柱状の柱の上に鎮座する悪魔はじっと来客者を睨んでいるようにも見える。悪魔ってのは昔は悪いイメージがあるが、西洋のガーゴイルとかは日本の鬼瓦みたいなものなので、逆にありがたい代物で全然問題ないのだが、物々しい雰囲気は否めない。その横は完全に塀で覆われ、中の様子は伺えない。門の脇には小さな駐車場があって、いくつか古いが品のいい自家用車が並んでいる。流石に凄いな。ここは。
塀の向こうに行かなくちゃいけないんだけどどうやって入ればいいのだろうか。
やっぱり、遅刻したのはマズかったろうか。いやマズいだろうけど。
俺は『月影女学院』と彫られた門の周りをうろうろと探索してみる。インターホンとかはないのか。
「……しかし、流石にでかいな……」
俺は巨大な門に圧倒されるように上を見上げた。俺の身長の倍はありそうな大きな門。俺はこれからこんな所で、やっていくのか。
ふと、俺は門に彫られた文字に目が行った。学のある人間がやりそうな、横文字の羅列。門のエンタブレチャー(正面上の部分)にお洒落な感じに、そっと添えてある。
妙に、俺はそれが気になって目で追った。
「………これは」
どこかで見たような言葉。どこか、懐かしい。
「True wisdom comes to each of us when we realize how little we understand about life,
ourselves, and the world around us.
Socrates」
かろやかな、淀みのない流暢な発音に俺は聞き惚れ、しばし呆然とした。それが、自分の背後から聞こえた声だと気がついて、振り向くのに不覚にも数秒かかってしまった。
ざざあ。いつの間にか、天気は晴れて、太陽の光が雲の隙間からゆっくりと地面を照らし、まるで照らし合わせたかのように、レンガに染み渡っていく。イチョウの葉が、舞い上がり、世界を彩る。
まるで、気配を感じなかった。
彼女は、まるで初めからそこに居たかのような自然さで、当たり前のようにこちらを見ていた。
「初めまして。理事長補佐をしております。フランジェリカ、と申します」
完璧な日本語だった。
それよりも特記すべきは、彼女の、フランジェリカと名乗る彼女の格好だった。
―――メイド服だ。
白と青のモブキャップに、黒を基調としたパフスリーブの服にフリルをふんだんに使った黒いレースのスカート。そして白い手袋と、白いエプロン。メイドだ。完璧なメイドがここにいる……! 俺は何故だか強い衝撃を頭に受けた。どうも上位の存在が俺という媒介を用いて語りたがっているかのようだ。……いかん少し混乱したようだ。
染めた金髪ではなく、恐らく純粋な金色の髪を後ろでモブキャップで束ねて、じっとこちらを見る碧眼の相貌。
「私が知っている事は、私が何も知らないという事だ」
「……?」
「そこの碑文の内容でございます。ここで何かを学ぶ者は、自分に驕ることなかれ、という戒めに基づいて刻まれたものです。………じっと眺めていらしゃったので。差し出がましいまねでしたか?」
「いや、………ありがとう」
確か、有名な哲学者の言葉だったな。成るほど、こじゃれた人間の書きそうな事だ。
「あー………初めまして、ミス・フランジェリカ。俺はシンタロウ・ハヤマ」
「はい」
つい『向こう』に居たクセで俺が差し出した手をフランジェリカは握った。手袋越しにも分かるひんやりとした冷たい手だった。
フランジェリカは冷たい目で俺を見ていた。
しまった。こっちだと、呼び捨ては失礼だったか。
「あー、えっと、フランジェリカ、さん?」
「はい」
彼女はことさら冷たい目をしている、ように見える。
俺は何を言っていいか、考えあぐねた。もしかして、俺が遅刻した事を責めてるのだろうか。うーむ。
「………申し訳ありません」
「へ?」
彼女はぺこり、と俺に頭を下げた。
「私はどうも笑う事が苦手なのです。どうか、私の事はお気になさらないで下さい。誤解なさらないよう最初に初対面の方にはそう伝えるように理事長から仰せつかっておりますので」
そう言って、顔を上げたフランジェリカ、さんはやっぱり無機質染みた表情をしている。
いや、見方によっては申し訳なさそうに見えなくもない。
「私の事は気軽にフランと呼んでくださって構いません。学院の方は皆、そう呼んで下さいますので」
「じゃあ、遠慮なく……」
俺も、敬称付けで呼ぶのが苦手だし、好意に預かろう。彼女は、表情は変わらないまま、もう一度ぺこりと頭を下げた。
「では、案内しますが何か質問がありますか」
俺は押し黙った。というよりも、さっきから突っ込むか突っ込まないべきか、考えてる事が一つあった。
「フランは、理事長補佐、なんだよな」
「はい」
「………だったらさ」
「はい」
「何で、メイド服なんだ」
「……えっと」
彼女は何故か小首を傾げた。
一秒、二秒、時間がたつ。彼女は、困惑した(ように見えなくもない)表情で、じっと考え込んでいる。何だが、ちょっと愛嬌がある。
やがて、ぽつりと呟いた。
「………趣味、です?」
「………………………………そうか」
「質問は他にはありませんか」
「………ああ」
ないな。なにも。俺は何故か満足感いっぱいだった。
「それでは。………少し待って下さい」
「?」
彼女は俺の前に立つと、スカートの前で腕を組んで丁寧なお辞儀をした。
そして上げた顔は、やはり無表情だったが、勘違いかもしれないがどこか微笑んでいる顔に、見えなくもなかった。
「ようこそ、――――月影女学院分校へ」
読んで下さりありがとうございます。次は短めにするので読んで欲しいです。




