【file1】日常
時は西暦2015年、同年の5月3日にある出来事によって全ての倫理的価値がひっくり返り、前より更に迫害……いや、重宝される人間がうまれることになった。
これは世界の秩序が乱される序章に過ぎないのだ。
ブス。または不細工ともいう。
それは誰もが影で笑う孤高の存在である。
生まれた時から決まってしまった、運命とも言える醜い容姿。
美醜に拘る年齢になったとき初めて、自分の人生が絶望ではじまったのだと気付かされる。
しかし顔は悪くとも同じ人間であり、自分が持っている一生モノの肉身をバカにされるのは、腹が立つものだ。
そうして溜まっていったフラストレーションは誰に放出されるでもなく、死ぬまでブスの心の中で蠢いていた。
そのエネルギーは、暴発すれば世界を滅ぼすほどに巨大に育っていって行くのだ。
「嫉妬と憎しみをエネルギーに……??」
早朝。
いや、決して早いとは言えない朝に起きた上原は、付きっぱなしになっているテレビのニュースを見て首を傾げた。
テレビのニュースキャスターが、感情のエネルギー化に成功した博士の事をしきりに報道している。
シナプスやらなんやら難しい単語ばかりであまりよくわからない。
まあ、つまるところ知能の高い動物の脳に特殊な電極をぶっ刺すと取れるエネルギーがあってそれがすごいらしい。
「…。」
確かにその研究自体はすごいが、全く世界に貢献できる様なものである気がしない。
そもそも倫理的に大きなバッシングを受けるだろう。
大の大人が何やってんだかと、さして興味もなさげに朝の支度に戻る。上原は眠い目を擦りながら洗面所に向かった。
こんな風にたらたらと準備をしているがこの男、すでに学校には遅れている。
「やばい!遅れる!」
数年後、同じ部屋で毎朝行われるルーティンがあった。
そして彼は、以前のように学校に遅れそうになっているわけではない。
まず起きてから必ず素早くトイレへ向かう。
いかんせん弱いお腹は戦闘において弱みに、だが時に強みになる。ただこの必殺技は自分を捨てる特大の範囲攻撃のため、使うなんていうのはとても恐ろしい話だ。
そして、朝ごはんは食べずに歯も磨かず顔も洗わずに仕事の支度をする。
学業とは違い一寸でも遅れてはいけない。つまるところ、人の命がかかっているのだから。
黒のフェイスマスクやヘルメットに戦闘服、それに『特殊な』強い刺激に耐えるためのタクティカルゴーグルを装着して狩りに出かける。
そう、この戦いは肉眼で見たら命取りなのだ…。
「東京A-1地区ブス1体横行、部隊C上原追っています。」
上原は、勤務時間にほんの多少遅れながらも任務を遂行していた。まあほんの少しなら誤差というものだ。
今日はパトロールのみだったが、突如としてBクラスのブスが現れ自体が急変。
眠気なまこで戦闘入りした上原は、少しうんざりしていた。
普段ブスは安易に人を攫えるように夜に現れるので、こんな朝から姿を見せるのは非常に珍しいことだ。
白光に照らされたブスは死ぬほど醜く、見ているだけで悲しくなる。
陽の光は非常に残酷だ。
「くっそ、逃げ足が早いヤツめ。」
強力な麻酔銃を手に、250㏄のバイクを乗り回し瞬足の化け物を追う。
中途半端に手入れされた髪を振り乱して走るその姿はクリーチャーそのものだ。ゾンビゲームに登場すると言われても遜色ない。むしろこちらの方が現実味がある分気色悪いと言えるかもしれない。
メーターは法定速度をとうに振り切っているのにも関わらず、ターゲットとは僅かしか距離が縮まない。
「おかしい……」
ブスは非常に好戦的なのでこちらが敵意を向けていると分かれば、あちらも戦闘を仕掛けてくるはずである。
これはブスならではの習性と言っても過言ではない。
ブスはブスのくせにクソみたいにプライドは高い為、煽られると大体ブチギレるのだ。
そうやっていきり立っている所をご自慢のエイム力でぶち抜くのが、上原の仕事での唯一の快感だった。
脳天を弾き飛ばした瞬間溢れるどす黒い体液と自身のアドレナリン。
このために仕事をしているといっても過言ではない。どうせ魔改造されて死ににくい体ならデコイのように張り付けにして撃ちまくってみたいもんだ。
それが出来ない状況で上原は一層うんざり、というか苛立っていた。
「ブスが調子に乗ってんじゃねぇよ…。」
そう言ってゴーグルの解像度を最低まで上げる。
そして激しく逃げ回るブスにしっかりエイムを合わせて、麻酔銃を2発放った。
1発はブスの肩に、もう1発はふくらはぎに命中し、想像より高い呻き声を上げる。
狙いが若干外れてしまい小さく舌打ちをする。この個体は確実に弾の射出位置を分かったうえで逃走しながら避けていた。
何かがおかしいと思いつつもいまだ逃走するブスを追う。
だが麻酔弾が命中した手前、走りながら足がもつれブスの動きは確実に遅くなっていった。
上原は、こんな真っ昼間に人を攫いもせず、公道で暴れ回って何が目的なんだと考えつつも、中ランクのブスがこんなに楽に捕まえられて昇進まったなしなどと考えていた。
実際、増援部隊が来る前に捕獲することが出来たと言うのはかなり名誉な事なのだ。
ブスはドーピングをした状態ならば低ランクでも人間のおよそ3倍の筋力を持っているため、並大抵では敵わない。
多人数でもなければろくに相手をすることも出来ないくらいだ。
5分程経つとブスは立つこともままならなくなり、ビルの隙間にフラフラと入るとそのまま倒れ込んだ。
威嚇をするでもなく逃げるだけ、そんな異例な状況だがブスを被害者無しで捕獲できたことに安堵していた。
「中途半端なブスのくせに、それが自分で認められないからって暴走しやがって…」
横たわったブスは苦悶の表情を浮かべていて、より度し難い顔になっていた。
「なんでこんなことになったかな」
上原はピクリともしない死骸とも言えるそれを見て呟いた。
負の心が強ければ強いほど膨大なエネルギーが採れる。
それらはあらゆるものの代わりに使えるという。例えばガソリン、電気、兵器などや挙げればキリがない。
何年か前に見たその時のテレビではそういったことを科学者が話していた。
その負の感情というのは一時的な怒りなどではなく、蓄積された嫉妬心や怨みや絶望。
これらを常在させていて、且つ増やし続けている人種は何か。
それを権力者が総力を挙げて調査した結果、1番の抽出元がブスだったという訳だ。
ブスが国の大きな財源に代わるまでそう時間はかからなかった。
そこからだ。壮絶なブス狩りが始まったのは。
無抵抗なブス達を金欲しさに狩るハンターが街に蔓延り、ブスはたちまち一掃され、その全ての個体が多数の目的のために利用されることになった。
ブスから取れる資源の量は今のところ限度がない為、抜け殻となって死ぬ事も出来ずに苦しみ続ける。
そんなブスは、あっという間に万を超える人数に達し、そのための施設なんてものも数多く建設された。
そして半年も経たずとも標準以上の顔面を持った人間だらけになった世界は、快適極まりない街に変化を遂げたのだ。
テレビにうつるのはもちろん最上級の顔の人間だけ。
今まで世間でお茶の間で笑いをとっていた下世話なブスネタも消失し、整形業界は間もなく潰れていった。
ブスへの人権はしっかりと無くなり差別が顕著に可視化される。
ブスは家畜やそこらの虫よりも酷い扱いを受け、見つかれば囚われキツイ拷問の末、未来へのエネルギーに変換されていった。
そんな世界になってしまったのだ。
良いのか悪いのか顔が全ての価値へと変貌した世の中の前では学力なんて塵に等しいものであり、学業に勤しむ人間など誰一人としていなくなった。
上原が学校をやめて働いているのも、こういったことが原因だ。
そしてその騒動から二年程たったある日、奴らは現れた。
マスクとサングラスで顔をすべて覆い隠していることと、少し格好がみすぼらしい以外は普通の人間だったそうだ。
「あのすいません。ブスのエネルギー変換所ってどこですか?働きたいのですがどうも場所が分からなくて……。」
そう道を歩く人に尋ねては、常人のような丁寧な対応をしていた。そのせいで誰の不信感も買わなかったのだ。
これが間違いだった。
彼女はその後施設にしっかりたどり着いて、そしてしっかり変換機を盗んでいった。
それから数日後、突如として生き残りのブスが自らの負の感情で拵えたドーピング剤を自身のからだに打ち、最強の力を手に入れ次々と反撃をしかけてきたのだ。
多くの人が攫われた。
悲鳴は絶えず聞こえ続け、家の中も安全といえる状況ではなかった。
ブスはあの時から法律的に人権を失ってしまい働けないために金もなく、スーパーなどでものを買うことが出来ずに飢えて続けている。
そんな奴らに捕まった人間の末路など、深く考えなくても容易に想像がつく。
ブスの大群が襲ってくる、その様子はアンデッドを連想させるほどの狂乱だった。
瞬く間に人を喰い、人口はこれまでの3分の1まで減ってしまった。
その地獄の発生源の1人に今眠らせたブスも、もちろんはいっている。
このブスは見たところ非常に痩せ細っていて、飢えの限界だったのだと推測できる。
ボロきれのように擦り切れたワンピースの襟からは、青白く肋が浮いて見える。
皮肉なことにこうやってブスがもっと不幸を蓄積することによって、上原が所属している組織は儲かっているのだ。
道中かなりの劣等感を感じたはずの彼女は、きっと優秀な財源になってくれるだろう。
上原は到着した輸送部隊によって雑に運ばれるブスを冷ややかな目で見送ったあと、「はー、だりーな」と一言だけつぶやいて、まただらだらとパトロールを再開した。




