001 裏側世界(ガールズトーク)
今日こそは。今日こそは言わねばならないのです。
私―猪口未桜は、この時をずっと待っていたのです。
ようやく私も連絡用にと携帯端末を配布され、初めてのインターネットにうきうきわくわくしておりました。
もちろん、知識としてそれを認識はしていましたけれど、実際見るのとは訳が違うのです。百聞は一見に如かずとはよく言いますが、私はこのことわざは最も現実味あることわざの一つだと思っています。
そんなこんなでフリースペース。
この当時、私は皆がどうして人前で端末をいじれるのかがさっぱり分かりませんでした。ただでさえ情報量が多い端末をいじりつつ、周りを注意しなければならないのですよ? 私やうてなさんならともかく、一般人ができるとは到底思えませんでした。
しかし、使ってみると意外とそんなこともなく。むしろ、周りの情報の方が多く入ってきてしまって端末に集中できないくらいでした。
なので、私は端末を開くときは必ずフリースペースに移動しています。
これが、基本的にフリースペースにいる理由です。例えば、クラスでいじめを受けているとか、いられない事情があるとか、逆に授業以外で忙しいとか、何もそう言った理由ではないのです。
人前で弄れないから、『孤独世界』を作り出して一人こそこそとしているのです。
閑話休題。
今日と言うのはtodayということで、つまりは昨日の翌日で明日の前日なわけなのですが。
昨日を具体的に示すなら、4月26日。
子村明奈との再会を果たした日。
そして、彼女がBL作家として花開いたと知った日。
彼女はあの芸術同好会で、こんなことを言っていました。
『私は、BL作家かGL作家になりたいです』
その夢が早速叶ってしまっているのだから、これは彼女の実力はすごいと言わざるを得ないです。
たとえ、それが彼―瀬川十哉の功績だとしても、努力したのは紛れもなく彼女です。
その彼女に、私は一言言いたいのです。
完璧な構成。ギャグとシリアスの描き分け。確立しているキャラ。どれも素晴らしく、創造をはるかに超えるものでした。
その感想を告げられたのは、本当に嬉しかったし、楽しかったです。
しかし、今回は違います。
ちゃんとした、これからの為の仕事を果たさないといけないのです。
かの楽園を取り戻すため、今日はちゃんと言わないといけないのです。
「……ふぅ」
あれ、これってこんなに緊張するものだっけ。
私は、静かにその時を待ちます。
先ほど彼女のクラスまで歩み寄り、とうやに見つかることなくさっと呼び出す。
ここまでは何の問題もありません。
しかし、これはなぜか緊張するなぁ。
「仕事だと思うからなのでしょうか」
それとも。
その時。フリースペースのドアは静かに開きました。
「未桜先輩? なんか用ですか?」
少し猫背になるせいで、彼女の耳に乗った髪の毛は降りてしまう。その姿がなんだか色っぽかったです。
そうか、あんな風に色気を出せるのはこれが要因なのか。
全知を手に入れた私ではあるが、全能を手に入れられなかったのを悔やみます。
彼女の色気さえあれば、私だって一哉さんを。
そう考えて、首を振ります。
「今日の用は、あれだ。簡単な話だ」
「と言いますと?」
彼女は静かにドアを閉じ、そのまま紅茶を淹れ始めました。手慣れた手つきから、彼女はこ婚常連であることを悟ります。
「連絡先を訊きたい」
たったそれだけのことです。どうしてこんなにも緊張したのか、自分でも分かりません。見知らぬ相手というわけでもないのに。
否。
見知らぬ相手じゃないからこそ、緊張したのかもしれないですね。距離が近い友達だと、名前を呼ぶのがこっぱずかしくなったり、呼び方を変えるのが照れくさくなったりします。
どういった理由でそうなるのか知らないですけれど、きっとそういった理由があるのでしょう。
彼女は私の顔をじっと見つめ、少しずつ降格を上げ、やがてプスッと吹き出してしまいました。
「先輩、それだけですか?」
にやけながら彼女は私に問いかけます。余計に恥ずかしくなりました。たぶん、頬も赤らんでいたことでしょう。火照った感触があります。
「良いだろ? これから、たぶん連絡を取り合うんだし」
彼女は優しく「良いですよ」と返してくれました。
あの日。
唯一世界に関わらなかった少女。
唯一の、一般人。
それ以上の犠牲者関係者を増やさないために、意に反して切り離してしまったという罪悪感が無かったとは言いません。
私達の選択が正しかったのかは定かではありませんでしたが、とりあえずこの笑顔を心に刻もうと思います。
心温まる、その笑顔を。




