007 一対一(テータテート)
「そんなこと言ってもいいんですか? あなた、今の状況分かっていますか?」
私は―外村うてなは、動じない。
「私もあなたも、同じ境遇だというのに。あなたは、どうして私に楯突くんですか?」
私は、耳を貸さない。
額に当てられている『水龍』は、彼女の勘上に応じて大きくなったり小さくなったりしている。まともに受ければ即死だろう。いや、まともに受けなくとも、かすっただけでも死ぬかもしれない。
それくらいの代物だ。
「……取り戻してほしくない、そういうことですか?」
「……そんなんじゃ」
瞬間隙が見えた。上を見上げたタイミングで、私は彼が落とした刀を手に取り、突きつける。
「無駄です。微分」
私が掴んでいた刀は、一瞬にして粉々になった。そのスピードは音より速く、その衝撃波によって、私の手首は逆方向へと曲がった。
「……!?」
驚くのもつかの間、彼女は海底に向かって「積分」と呟いた。すると、海底に影が生まれた。
インテグラルの曲線を描いたそれは、まるでウミヘビのようにうねうねと動き、私の体に巻き付いた。
「……うぐっ」
体中の力が抜ける。
毒か。それもかなりの。
「大丈夫ですよ、死にません。殺したところで、無駄死にですから。私達は、交渉したいのです。助けてほしければ、彼を差し出せ。悪いことはしない。私達の能力を、返すだけ」
「……そんなこと、させない」
彼女の瞳は鋭くなり、応じて、私に巻き付くウミヘビも強くなる。
「……ぅう」
「なぜそこまでこだわるんですか? 彼は、取り戻したいと思っているんじゃないんですか?」
「……」
彼の能力を返すわけにはいかない。
だって、それは。
彼の願いを、無駄にすることになる。
「私は、彼を守るの」
「……そうですか」
彼女は冷笑し、そして『水龍』を私に向けた。
「……あなたの大好物は何ですか?」
諦めた。私の力ではどうにもならない。
「もしかして、気を引こうとかそういうことですか? でしたら、答えませんけど」
違う。私はもう、ここで死ぬ決意をしたんだ。
「いいえ、単純にです」
「……そうですね。強いて言うなら、お肉ですかね、牛肉」
「……魚じゃないんかい」
ズタボロの体で、突っ込む。
「魚は家族ですから」
「そりゃごもっとも」
私は睨み続ける。それが、私の最後の抵抗。
「にしても、やっぱりひいき目なしに可愛いですね」
途端、彼女の頬は赤くなった。
「……うるさい」
「あれ、照れてる」
「照れてなどおらん!」
「口調変わった」
「遊ぶな!」
水龍の回転速度を上げる。
「悪かったって。おチビちゃん」
「チビって言うな! 気にしてるのに!」
「でも、まだ幼女でしょ?」
「違うわ! 同い年よ」
「……え?」
素直に驚いてしまった。
「え? じゃないわ! ったく、どいつもこいつも」
「それは、まじでごめん」
「謝るな! 余計に惨めじゃない!」
「……あ、あの人」
はるか後方で佇んでいるまどか先生は、にやにや笑っていた。
「後ろに誰かいるんだな。あとで殺す。その前に、まずお前を」
「鍋パーティーしようとしてる」
「え?」




