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交錯世界の日章旗  作者: 名も無き突撃兵
間章1
32/46

第3話

 





 2034年8月15日。この日、戦後日本の国家方針における最大の転換点となった。

 1945年8月6日、同月9日において、それぞれ広島と長崎に落とされて以来、日本国民に刻み込まれてきた核兵器への忌避。89年間もの間、日本人が守り続けてきた非核の意思を棄てるか否か、それがこの日に問われようとしていた。


 政府がこの核兵器保有の是非を問う国民投票を行うことを開示してからこの日に至るまで、日本国内では様々な事件が発生していた。様々なところで極端な賛成派と反対派が衝突し、暴力沙汰に発展することも珍しくなかった。

 最悪だったのは、反対派の市民団体がデモ行進中に賛成派の若者が「売国奴」などと罵倒し口論になり、一部の市民団体メンバー複数人が若者に暴行を加え重傷を負わせ、暴行された若者は意識不明になってしまった事件が発生したことである。その報復として賛成派の団体が市民団体メンバー(暴行したメンバーとは全くの別人)に集団暴行を加え、重傷を負わせる事件が発生した。

 これが報復の連鎖を呼び、結果、政府が機動隊を動員してデモを見張ったり、そもそもデモを許可しなかったり、いくつかの団体に対して活動を停止することを求めたりするほどであった。


 他国も日本の動向に注目していた。日本の核兵器配備は同盟国であるリーデボルグ共和国やエルスタイン王国、リテア連邦にアーカイム皇国にとっては重要な懸案事項であったのだ。日本が核兵器を配備するということは、日本が核の傘を形成することに他ならない。バルツェル共和国の脅威に怯える大陸諸国としては、日本の核兵器配備は非常に望ましいものであった。


 無論、バルツェル共和国も注目していた。彼らからすれば日本が核兵器に忌避感を抱く理由が分からないが、現に日本は核技術が高いと目されているにも関わらず核兵器を保有していない。その唯一のアドバンテージ(になりうる可能性)が失われることを大いに警戒していた。




 全世界がこの日を注目していると言っても過言ではない。この日の決断が日本の、いやこの新世界の有り様を変えるものであるからだ。




「はてさて……大丈夫でしょうかね?」


 首相官邸にて、そう呟く長谷川 総理。今回ばかりはさすがの彼も大きな不安を感じるようだ。首相官邸の一室にて内閣閣僚の多くが集まり、国民投票の結果が出るのを待っていた。


「大丈夫だ。日本人はこういうときの選択を間違ったりはしない。俺はそう信じている」


 そう断言する大岸 防衛大臣。彼は核武装推進派の中でも最もそれを望んでいる政治家として有名だ。それ故、彼は力強い言葉を言い放つ。


「そうだといいのですが……」


 いまいち、長谷川 総理は自信が持てないでいた。

 バルツェル共和国が大陸侵攻を行ったことで、この世界は前世界に比べて平和には程遠い世界であることを日本国民は実感したはずだ。しかし、自衛隊がバルツェル共和国軍を相手に快勝してしまったことから、一部では『バルツェル共和国、恐るるに足らず』といった声も聞かれるようになっていた。

 快勝のおかげで同盟国を救い、さらに日本の力を世界に知らしめることができたのであるが、その弊害として敵対国であるバルツェル共和国に対する評価が実態よりも低くなりがちとなっていた。無論、政治家、官僚、自衛隊上層部などはそんなことはなかったが、一般市民はそうもいかない。『核兵器など無くともバルツェル共和国には十分対応できる』というある種の楽観論を展開している核武装反対派がいるくらいなのだ。元々心情としては核武装を望まない者達にとっては、靡く対象としては十分な意見であろう。


 つまるところ、この国民投票の結果は誰にも分からない。各新聞社が出す事前の予想すらも結果が割れてあまり信用できず、各社のスタンスに別れて言いたい放題の状態であった。


 たった今も日本中でデモが行われ、互いの主張をぶつけ合っている。戦後日本において、転移時に次ぐ大混乱が国内で発生しているのだ。


 長谷川 総理も含め、内閣閣僚達は国民投票の結果が出るのを祈るように待っていた。







 集計が始まり、そして結果が出たのは真夜中にまで達した。世界中が注目する中、結果が発表される。その結果は……



 賛成:54%

 反対:44%



 というものであった。

 つまり、日本の核武装は国民投票の結果、可決されることになったのだ。


「ふぅ……どうにか、この政権も、日本も息を繋げることができたようですね」


 長谷川 総理はホッとしたようにそう言った。一方の大岸 防衛大臣は堂々としていた。


「言っただろう、総理。日本人はこういうときの選択を間違ったりはしないと」


「防衛大臣の言うとおりでしたね。本当に良かった……」


「だが、我々としてはこれからが本番だ。核武装に向けた法整備や予算案、その他諸々……大仕事になりそうだな」


「それは覚悟の上ですよ。日本が主導する秩序(パクス・ジャポニカ)の実現のためには、必要なことですから」


 長谷川 総理は、おどけるように笑った。しかし、その目は笑ってはいない。どこか遠い未来を見つめ、そこまでの道筋を睨んでいるような、そんな雰囲気すらあった。






 国民投票を終えた8月20日、日本政府は核兵器保有に関する法整備の発議と特別予算案の計上を行った。その予算規模は年間1兆円規模にも及び、核兵器保有に対する日本政府の本気度が窺えた。


 日本政府と防衛省は2036年末までに核兵器を戦力化することを目標とした。それにいくつかの野党が「結論を急ぎすぎる」と反対したが、政府側は「国民投票の結果を尊重し、国際情勢を鑑みて、可及的速やかに行う必要がある」として取り合わなかった。


 こうして、新世界は新たな局面を迎えようとしていた。日本とバルツェル共和国という核保有国による冷戦……その第一歩へと。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 神暦845年2月17日

 ネルディス大陸 西部 フソウ皇国

 皇都オノゴロ

 16:45 現地時間





 フソウ皇国はネルディス大陸の東にあるフソウ島を国土とする国家だ。人口はおよそ150万と、ネルディス大陸における大国と比較するとやや少ないものの、独特な文化と技術に支えられた国である。

 その皇都オノゴロは人口10万人を数え、ネルディス大陸東部でも大都市の末席に数えられる都市となっている。人々には活気があり、港町であるために交易品の売買が盛んで、商人達の熱き戦いが日々繰り広げられている。


 しかし、そんな平和な日常にも暗い影が忍び寄っていた。耳の良い貿易商やその取引相手、旅人からも漏れ伝わり、オノゴロの民の間にも染み渡るようにその話が広まっている。


「我が国も岐路に立たされたか……」


 フソウ皇国の皇帝であるクオン皇帝は苦みを隠せない表情で夕焼けを眺めつつ、そう呟いた。

 ここは皇都オノゴロの中でも奥地にある城である。皇都オノゴロは西に海があり、南と東を山で囲まれている。この城……オノゴロ城があるのは、南東の端であった。背後は山に囲まれ、そして皇都を一望できるような位置に建設されたこの城は軍事拠点としてではなく、むしろ皇都の象徴としての意味合いを重視して建設されている。

 そこの天守閣にて、クオン皇帝は数日前に届いた書簡の内容を思い返していたのだ。




 このネルディス大陸は今、二つの巨大な勢力に二分されようとしている。


 一つは西にある大国、ガルガンティル帝国とその属国群だ。ガルガンティル帝国は強大な軍事力と魔法技術力によって周辺国を制圧し、属国化して勢力圏を拡大しつつある強国だ。人口は単独で2000万人にも達し、属国も含めると3000万は超えるとも言われている。

 この国の最も恐ろしいところはその軍事力。強力な魔法師団と騎士団を保有し、走竜部隊や飛竜部隊の規模も大陸一、そして大規模な海軍力も備えている。単独国家としては間違いなく世界最強と言えよう。


 そして、そんなガルガンティル帝国と肩を並べる勢力が、東の聖ルナソール連合である。ルナソール教という宗教の繋がりが根本にあり、そこから大きな軍事・宗教同盟へと拡大していったのがこの聖ルナソール連合だ。

 その中でも大きな影響力を持つのがルナソール教の総本山のある聖ルナソール教国と、純粋な国力が連合内で最も高いクラウディア王国、そして魔法技術がガルガンティル帝国にも匹敵、または凌駕するとも言われるマーギニア王国である。

 連合の人口は約3500万人にも達し、その力はネルディス大陸東部を席巻していた。




 フソウ皇国にとって問題なのは聖ルナソール連合の方だ。

 フソウ皇国があるのは聖ルナソール連合の影響力の強い大陸東部側である。ここで問題なのは、ルナソール教が白人至上主義的な一面があることなのだ。フソウ人は別大陸から渡ってきた者達の末裔で、非白人種である。それ故、フソウ人は同じヒューマン種であってもルナソール教圏内では非差別階級に位置づけられてしまうのだ。

 そして現在。フソウ皇国には聖ルナソール連合から「恭順せよ、さもなくば滅ぼす」という脅迫が届いていた。フソウ島と大陸の間には海があり、フソウ島への上陸作戦は困難であると予想されるが、そんな有利は国力差で容易に押し潰される。

 よって、生き残るには恭順する必要がある。だが、それは同時にルナソール教を受け入れることであり、自らを非差別階級へ置くことにもなる。


 フソウ皇国以外にも聖ルナソール連合に所属しない大陸東部の国家はある。ベスタ連邦と商業都市国家連合だ。ベスタ連邦は獣人種が多数を占め、商業都市国家連合は多様な人種が暮らす。両国にとってもルナソール教は受け入れがたい。

 それ故、フソウ皇国は両国との関係を深めようと努力しており、実際、両国も聖ルナソール連合の脅威を感じていたためか、この三国の協調は進んでいた。


 しかし、この三国がまとまったところで聖ルナソール連合に比べると大した力はない。

 確かにフソウ皇国には十分な規模の水軍と優れた武術と独自の魔法を扱える武士団と呼ばれる常備軍が存在するし、ベスタ連邦には魔法こそ扱えないものの獣人の優れた身体能力を活かした戦士団が存在する。

 しかし、それらの規模は聖ルナソール連合の連合海軍や聖騎士団に比べると心許ない程度でしかなかった。フソウ皇国とベスタ連邦は国力の割には強力な軍事力を保有していたが、それでも連合を相手にするには力不足である。商業都市国家連合に至っては傭兵任せという体たらくだ。

 戦えば負けるのは必至。しかし、恭順すれば奴隷のような扱いしか待っていない。そんな絶望的な状況に彼らは置かれていた。


「私はどうしたらいいのだ……」


 誰も答えてくれないことは理解しつつも、クオン皇帝はそんな声を漏らす。この国の、そしてそこに住まう民の命運は己が双肩にかかっているのだ。それを理解しているが故に、彼は苦悩する。


「ガルガンティル帝国に助けを求めるのも……」


 ガルガンティル帝国が助けに入れば、聖ルナソール連合も容易に手は出してこないだろう。

 しかし、この場合はフソウ皇国がガルガンティル帝国の属国となるのは目に見えている。聖ルナソール連合の支配下に入るよりはまだマシだろうが、それでも容易には頷けない案件だ。

 そして、そもそもの話なのだが、ガルガンティル帝国がフソウ皇国に対して助けるだけの価値を見出だすかも分からない。ガルガンティル帝国からはフソウ皇国は遠すぎ、防衛も支配も容易ではない。そもそも興味を持たれないかもしれないのだ。


「八方塞がりか……」


 どれだけ悩んでも答えの出ない悩み。それがクオン皇帝を苛んでいた。


「お父様……」


 そんな父親の姿を襖の隙間からこっそりと盗み見る少女がいた。艶やかな黒髪を背中まで伸ばし、大人への一歩を踏み出したばかりな年頃のように見える、着物姿の美しい少女である。

 ここは皇族とその御付きの者しか入れない区画。よって、彼女も皇族だ。

 クオン皇帝を父と仰ぐ彼女はフソウ皇国の第一皇女のヒトハ皇女である。


 彼女は自分が大して聡くないことを自認していた。父を苛む苦境はある程度聞き及んでいるが、それに対処する術も思いつかない。


「姉様、姉様。お父様はどうして困ってるの?」


 覗き込んでいるのはヒトハ皇女だけではなかった。ヒトハ皇女と同じく艶やかな黒髪を持ち、それをショートボブのような長さで切り揃えた幼女がヒトハ皇女と共にいた。まだ10歳かそこらだろう。彼女も可愛らしく、将来が楽しみなほどに容姿が優れている。

 彼女はヒトハ皇女の妹、フタバ皇女だ。その愛らしさから皇族の皆に可愛がられている。その分、彼女自身も甘えたがりな一面があり、それがまたその愛らしさを高めていると言える。


 幼いフタバ皇女にはクオン皇帝の悩み事など理解できるはずもない。


「お父様はこの国を良くしようと悩んでいらっしゃるのよ。お邪魔しないように向こうに行きましょう?」


 ヒトハ皇女はそう言うしかなかった。自分では何も手助けできないのだ。その事実を噛み締めながら、その悔しさを笑顔で上から塗り固め、フタバ皇女にそう言った。


 そんな中、脳裏で自らの‘力’が見せてくれたモノを思い返す。


(あんなもの、見たことなかったわ……。不吉でもなければ吉兆でもなく、それでも波乱をもたらすモノ……。鋼鉄の怪物達……)


 ヒトハ皇女には昔から力が備わっていた。昔から稀に皇族の血筋で発生すると言われている‘未来視’の力だ。遥か昔には強力な未来視の力を発揮していた者がいたようだが、時代が進むにつれて弱体化し、今はぼんやりとしたイメージしか分からず、さらには的中率(と言えるかも微妙だが)も半分以下になっている。

 こんな力でも無いよりはマシだ。しかし、ほとんどの場合は何の役にも立たないことが多く、ヒトハ皇女がこの力を発現しても、クオン皇帝がその力を当てにすることはなかった。そんなあやふやなもので右往左往するくらいならば、純粋に論理的な思考によって施政を行う方が良いと考えているのだ。


 そんなわけでヒトハ皇女も未来視……これはほとんど眠っている間の夢や白昼夢のような形で突発的に起きるのだが、それが起きても特にクオン皇帝に報告することもなかった。しかし、今回はいつもの未来視とは違っていた。


(いつもはハッキリとは見えないけど、今回のはハッキリ見えた……。ほとんど記憶に残らないはずなのが、ハッキリと覚えてる……。これは何かの予兆なのかしら……?)


 妹を連れて廊下を歩くヒトハ皇女はそんなことを思う。しかし、その答えはこの世界の誰もが持っていない。そして、そんなことはヒトハ皇女も百も承知であり、そんな疑問はすぐに忘れていくのだった。






 ……もっとも、その2週間後、ネルディス大陸及びその周辺地域で星の位置が様変わりするという事件が起き、ヒトハ皇女は再びその未来視のことを思い出すことになるのだが。


 そして、それがネルディス大陸の波乱の始まりでもあった。これが良い結果を残すのか、それとも逆か。神ならぬ人間には分かるはずもなかった。






そんなわけで次章の舞台はファンタジーテイストです。


ここで皆さんにはハッキリしておきます。本作品では

科学文明>越えられない壁>魔法文明

となります。魔法要素が大好きな方はお気をつけください。

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