蔓延る恐怖
残酷描写と流血描写があります。ご注意下さい。
こんにちは、なっちゃんです。
今回は前置きを省略したいと思います。別にレパートリーがもう無いわけではありません。べ、別にレパートリーがもう無いわけじゃないんだからね!
一応大事なので二回言いました。かなり大事なので二回目はツンデレ口調で言ってみました。
大事なのでも結構大事なので二回言ってみました。あ、合計四回か。
とりあえず、現在の状況を説明すると、五百人の勇敢な戦士達は、三つに別れています。
一つ目は街を襲撃してくる魔物を街の外で迎え撃つ第一陣。任されたのは体が大きく、数の暴力に耐えることが出来るであろう三百人。全員が盾を装備して戦いに臨んでいます。
二つ目は第一陣が取りこぼした魔物を街の中で片付ける第二陣。身軽で小回りが効いて素早く魔物を処理することが出来るであろう百五十人。その内の五十人は弓を装備しています。
最後に負傷した人を救助、搬送し、治療を施す救護部隊。少なからず医療の知識がある五十人。
そして、この中で俺は第二陣で配置され、合図があるその時まで待機しています。
今ごろ、第一陣では戦闘が開始されているでしょう。
俺を含めた第二陣の全員は緊張の面持ちで第一陣の仲間達の健闘を祈っていました。
第一陣の中にはマスターを含めたいくらかの知り合いがいます。
彼らなら心配ないでしょうが、やはり不安は拭えません。無事だといいのですが。
第一陣が魔物と戦闘を開始してから一時間が経過しました。
未だ第一陣は奮闘しているようで、俺達のところに魔物は一体も来ていませんでした。
──このまま持てばいけるんじゃないか。
第二陣にこのような考えが徐々に広がっていきました。
俺も少し安心して肩の力を抜いたその時でした。
「お、おい、あれなんだ……?」
突然誰かがそんな事を口に出しました。
「あ? 何がだよ」
「空見ろって、空!」
「本当だ! 何だよあれ!」
「嘘だろ……。おい」
仲間達が口ぐちに言うので、俺も空を見上げると、空に無数の黒い影が浮いていたのです。
影は徐々にこちらに向かってきます。
段々と近づくにつれ、大きくなる影それは──
「ガーゴイルだ!」
黒い肌に尖った尻尾。耳まで裂けた口に鋭角の翼。
聖書の物語に出てくるような悪魔然とした魔物約五十体が第二陣に向かって飛んできていたのです。
「弓矢班、放て!」
第二陣のリーダーは冷静に対処します。
引き絞った弓から放たれた矢は弧を描いて、ガーゴイル達に向かって飛んでいきます。
しかし、命中したのは十体程。運良く翼に当たって落下したのはその半分以下の三体。
ガーゴイル達に決定打を与えるには距離が離れすぎていたようです。
「手を止めるな! 狙いを絞って、一体ずつ仕留めていくんだ! 放て!」
断続的に矢を射かけるのですが、空を飛ぶガーゴイルの数は中々減りません。
それでも、根気よく粘って三十体程まで減らしたところで、第二陣は敵の接近を許してしまいました。
全員剣で応戦しようとしますが、
「う、うわあああああああああ!!」
一人の仲間が飛んでいたガーゴイルに攫われました。
ガーゴイルは空高く舞い上がると、高い高いと子供もあやすような仕草をした後に、仲間を抱えた両腕を振り下ろしました。
直後。ごっ、と鈍い音が地面から鳴り響きます。
俺はガーゴイルが飛んでいる真下を見る事が出来ませんでした。
仲間達から短い悲鳴や動揺が伝わってきます。
ガーゴイルは腹を抱えてケタケタ笑うと、次の獲物に目星を付け、再び飛来してきました。
「怯むな! 敵の策略だ! 弓矢班矢を射続けろ! 他の奴らはガーゴイルに捕まる前に切り伏せるんだ!」
他の仲間達は恐怖に体を引きつらせながらも必死に剣を振るいながら、矢傷で地面に落下して苦し気にもがくガーゴイルに止めを刺していきます。俺もガーゴイルが近づく度に剣を振り回して、遠ざけながら地面に這いつくばるガーゴイルの首を落とします。初めて魔物を殺しましたが、特別何かを感じる余裕なんてありません。俺が今感じているのは、カイン君の時と違った別の恐怖。ガーゴイル達に捕まれば死ぬという恐怖よりも残虐な殺され方をされるという具体めいた恐怖が俺を含めた第二陣の人間全てに伝播し、支配しました。
第二陣は死力を尽くして、ガーゴイルに立ち向います。
弓矢班の働きで少しずつですが、ガーゴイルは数を減らしていきます。しかし、ガーゴイルも俺達の人数を減らすべく、今まで無差別だった対象を弓矢班だけに絞ったようで、執拗に弓矢班の仲間を狙ってきました。
「全員、要である弓矢班を守れ!」
リーダーの声にほとんどの数の仲間が動きます。恐怖で頭が真っ白なので言われた事に反射的に従ったという事もありますが、弓矢班の人員が減れば、自分が死ぬ確率が上がる事を頭の片隅で理解しているからです。
俺も弓矢班の元に駆け寄り、今弓矢班の一人の青年を連れ去ろうとしているガーゴイルを背中から斬りつけます。
「ギャアアアアアアア!」
ガーゴイルは断末魔の叫び声を上げて倒れ、地面でのたうち回るところを剣で突き刺し、息の根を止めます。血が俺の服に飛び散りました。
「あ、ありがと……」
「礼はいいから、矢を! 早く!」
俺の声に青年は慌てて持ち場に戻っていきます。
俺は次に仲間を攫おうとしているガーゴイルに向かって走り出そうとすると、後ろから衝撃が襲いました。
なっ、しまった!?
俺は油断していたところをガーゴイル捕まりました。
自分の体が持ち上がり、宙に浮きます。
まずい。何とかしないと。
剣は衝撃の際に落としてしまったため、俺はすぐに腰から予備のナイフを抜くと、ガーゴイルの腕に突き立てました。
「ガアアアアアア!」
ガーゴイルは悲鳴を上げます。傷の痛みで腕の力が緩んだところを俺は強引に振りほどきます。
浮遊感はすぐに終わって、俺の全身に激痛が走りました。
まだ、俺は五メートル程の高さにいたので、大事には至らなかったようです。
現状の怪我は腕とあばらの骨の数か所の骨折。かなりの重症ですが、回復魔法ですぐに治りました。
俺は起き上がって、落とした剣を拾いに行こうとしたその時、一体のガーゴイルが俺に狙いを付けて飛来してきました。腕にはナイフが刺さっていて、先程の個体が逃がした俺を再び捕まえようとしてきたのです。
俺は今丸腰です。捕まったら今度こそ数十メートル先の上空から地面に叩き付けられるのでしょう。回復魔法はどんな怪我でも治す事が出来ると思いますが、即死だとどうなるか分かりません。多分、死ぬでしょう。
俺はこんなところで死ぬのか? まだ誰も守り切っていないんだぞ。死んでたまるか。
そう思ったところで、現実は変わりません。眼前に迫るガーゴイルは勝ち誇った顔をしていました。
俺に触れようとした瞬間、ガーゴイルの表情が歪み、突然右に逸れて、地面に激突しました。
一体、何が? 俺は振り向くと、ガーゴイルの側頭部に投擲用の投げナイフが刺さっていました。
誰かが俺を助けてくれたようです。
俺は辺りを見回しますが、投げナイフを持ったその人は見当たりません。
「すみません、ありがとうございました!」
俺を助けてくれた誰かは分からない方に礼を言った後、剣を拾い、戦闘へと戻りました。