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9-過去が嗅ぎつける

 応接室で、冬馬は政党幹部たちの視線を受けていた。


大衆の支持は上々。番の存在も好印象。

このままいけば、次期当選はほぼ確実――

そのはずだった。


「……ただ、ひとつ懸念がある」

政党の広報責任者が口を開いた。


「天城遥――彼の過去について、どう説明するおつもりですか?

 一部の彼の熱狂的ファンは、SNSで毎日大騒ぎですよ」


一瞬、時間が止まった気がした。


「……過去?」


「ええ。元俳優。四年前、未成年スキャンダルで芸能界を引退。

 彼とあなたが“いつ出会ったのか”を、ある週刊誌が追っているようです」


「……あれは、でっちあげだったと聞いている」


「噂の真偽は関係ありません。問題は“票”です。

 もしも“あなたがその関係者と番契約をしていた”と疑われたら――

 倫理観に傷がつく」


冬馬は視線を伏せた。

遥の事件の詳細を、自分は知らなかった。

知ろうとしなかった。

あの夜の記憶が“かすれている”せいで、敢えて目を背けていた部分がある。


(彼は、俺を見て、あんな目をしていたのに……)


    *


「天城遥――現在は消息不明だったが、柏木冬馬の“番”として再登場」


カフェでノートPCを開いていた記者・堀江は、小さく口笛を吹いた。

かつて遥のスキャンダルを追っていた一人だ。

あのとき、確かに感じた違和感。あれは「潰された真実」だった。


「柏木と遥……まさかな」


だが、調べていくうちに見えてきたのは、

四年前の“ある夜”に、同じ高級ホテルの出入り記録に名前が残っている二人の存在だった。


「これは、当たったかもしれない」


堀江はファイルを開いた。

そこには、まだ世に出ていない一枚の写真があった。


――薄暗い通路で、遥が見知らぬ男と並んで立っている写真。

男の顔はぼやけている。だが、身長と輪郭、背広の襟元から柏木冬馬と類推できた。


    *


 冬馬が帰宅すると、邸宅には遥の姿がなかった。


「散歩に出る」とだけメモを残して、夜の街へ出たようだった。


冬馬は書斎で、一枚の書類を見つめていた。


契約解除届――遥からの草案


内容は簡潔だった。

“報道リスクを考慮し、契約を前倒しで終了したい”

冷静で、どこまでも他人行儀だった。


(彼は……守るために、俺から離れようとしているのか)


その瞬間、不意に胸の奥がざらついた。

ただの契約相手に、こんなにも感情が揺れる理由が分からない。


ドアが開く音。


「帰ったよ」

遥の声。


冬馬は立ち上がり、彼の腕をつかんだ。


「俺にとって君は……票のための存在じゃない」


遥は静かに答えた。

「でも、君にとって“俺が誰だったか”は、まだ思い出せないんだよね」


言葉の刃は鋭く、けれど悲しげだった。


「それなら、終わらせた方がいい。

 ――俺は、もう一度忘れられるのが、いちばん怖いんだ」


遥は、冬馬の手を振り払わなかった。

でも、自分からも掴み返さなかった。

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