92話 国境の向こうへ
レーヴァテインには保有する孤児院がある。そこは新島 瑞希によって手入れされた小さな畑や手製の遊具が立ち並んでいた。孤児達が笑顔と元気な声をあげながら陽気な空気を作る中、小屋の中では一人の人間が縛られていたのだった。
「命だけは助けてください。なんでもはしません」
「ヒジリ……縛る必要まではないんじゃないのか。ほら、海白だって半泣きだし、ちょっと可哀想なんだが……」
「キョウ、君は自分の事をもう少し分かって欲しいね。君の力はとんでもないんだよ。それを他国の人間が見るなんて……本来なら即処刑だ」
「誰にも話しませんからァァァァァァ!!」
事情を知らない者が傍から見れば事案である。だがここではどうだろうか。龍奈とシルフィーはファッション誌を共有した視点を通じて団欒していた。
月宵 秋、月宵 終、この兄妹は椅子に座って目を閉じている。瞑想ではなく、仮想空間にてゲームをしているのだ。つまりはほとんどが海白に対する尋問に疑問と異常性を感じていない。
「神谷……!あなたからもなんとか言ってよ!!レーヴァテインって善行集団なんだなぁ……なんてしみじみ思ってたのに普通に鬼なんだけど!!」
「同国の人間ならまだしも、他国の……それも最近過激的なオリオンの人間だからな……」
ヒジリが。
「正直なことを言うとレーヴァテインの管理下に置きたいくらいだよ。そうすれば記憶消去という不安定な口封じも、殺すこともしなくて済むからね」
「上皇様裏切るとか後が怖すぎ……それに私だけ国籍を移しても意味ないわ。家族を放っておけないし」
「だろうね。個人にはそれぞれ守りたいものがある。そうだなぁ……」
「おい、なんでこっちを半笑いで見てくるんだ。絶対ロクな事考えてないだろ」
「仕事の話をしようと思っていたんだ。よくよく考えるとついでに海白さんの件も片付けられるかと思ってね」
最早隠す気もない押し付けに神谷はため息を零す。だが実際問題ユーリからも観測者は野放しにするなと言われていた。一時的とは言え手を組んだ存在だ。神谷なりに情もある。
「分かったよ。俺と同行してもらう。良いな?海白」
「わかったってばぁ……解いてぇぇぇ」
出現させた短剣で彼女を縛る麻縄を切り落とし、洋服を直す様子から再びヒジリへと視点を戻す。仕事内容についてだ。
「此度の一件で正式にカニスミノールの保護関係を解消したそうだ」
「それはまぁ……危うくカニスミノールの兵器で滅亡しかけたしな」
カニスミノールはケーニスメイジャーとは比較的親交的な関係だった。メーバーを自衛兵器として扱う、その条約を破ったのだ。例え此度の一件が国の知らぬ事でも関係は無い。メーバーによってケーニスが揺らいだ事実のみが重要なのだ。
「保護解消によってオリオンがカニスミノールに侵攻を始めている。今まではケーニスメイジャーの睨みがあっただろうから必然だろうけど」
「なるほど、カニスミノールはともかく……オリオンにメーバーが渡ればまずいな」
「上皇アルミスは野蛮人だからね。それはもう政略に脅しに、これ見よがしに利用するだろうさ」
「うわぁ……自国のトップがめっちゃディスられてるぅ……」
海白はなんとも複雑な顔をしていた。だがどこか共感の気持ちはあるのだろう。強く庇えていない、それどころかそう言われても仕方ないと諦めている、そんな表情だ。
「他国同士の戦争でも止めるのか?毎度ながら言うが……絶対めんどくさい任務だよな」
「いいや、戦争の行方はどうでも良い。というより……この任務が上手くいけば勝手に停戦するはずだ」
「そういうことか……」
心底めんどくさそうな表情で投げ捨てるように椅子に腰掛けた神谷。同行が義務付けられた海白は理解出来ていないようであり、神谷とヒジリを交互に見る。そしてヒジリは任務の全貌を告げたのだった。
「戦に乗じてカニスミノールに潜入だ。メーバーの中枢装置の略取、これを行う」
「……偽造国籍は?」
「ある」
「…………プランの用意は?」
「大筋なら八パターン、状況に応じて別作戦へと移行できるいつものやつだ」
「…………………………異能神装の使用は?」
「目処が経つまではダメだ。特にキョウは使用場面を慎重に選ぶように」
「てめぇ随分とレスポンスが良いな?さてはずっと前から練ってただろこの任務。あぁ?なんとか言ってみろ」
「流石長い付き合いだね。仕事は前倒しが可能な時にやるもの――」
神谷の怒りの拳が空を切る。首だけを傾けかわしたヒジリの表情には汗ひとつない。それどころか左手の指をスワイプし、大雑把な作戦内容が送信された。
「頼むよ、キョウ」
「……まぁ、学生ごっこよりはマシか」
「異能神装の使用制限にはもう一つ理由があってね。実を言うと傭兵として戦へと小遣い稼ぎに出てるアトック生がいると思うんだ」
「はぁ?あいつら遊びと戦争の違いも分からないのか?」
「力というのは手にしてしまえば試したくなるものだよ。元来より人間とはそういう生き物じゃないか」
そこでようやく神谷はヒジリの作戦、その見えない中枢部分の片鱗を感じ取った。戦争の締結、その達成速度によっては顔見知りが死ぬ可能性があるのかもしれないと。
「誰か死ぬかもしれないのか」
「可能性の話だ。まだ先の未来を推測しても意味は無い。一つだけ言えることはオリオンの手にメーバーが落ちる、この未来だけは阻止しなくてはならない」
「オリオンに奪われる前に……ケーニスメイジャーがメーバーを奪ってしまおうってか。カニスミノールには同情するよ」
「全くだ。じゃあ僕は少し席を外すよ。海白さんの偽造国籍も用意しなくてはならないしね」
転送するヒジリを見送り、神谷は部屋に備え付けてあるモニターへと二本の指を突き出した。領域内にある媒体へと任意の外部情報を表示させる。自身の視界だけに出力も可能だが、今は仲間内での共有が目的だった。
『速報です。突如発生したテロによる大量虐殺、その真犯人が発見され、身柄を確保したようです。容疑者だった四学年の少女も身柄を解放され――』
「随分と仕事が早いな」
海白が。
「こんなの見る人が見たら捏造だって疑いそうだけどなぁ」
「だろうな。けど関係ないんだよ。何も知らない一般人は……殺された肉親や友達、恋人、それらの憎しみをぶつける相手がいれば良いんだ。例えそれが嘘でも……時間がある程度は解決してくれる。傷は残るだろうけどな」
「……弔いができる、それだけでも違うものだよね」
「……海白、ヒジリはああは言っていたが最初から君をどうこうするつもりはない様子だったぞ」
理解不能と言わんばかりの怪訝な顔つきを返してきた海白に対し、神谷は軽く鼻で笑ってこう言った。
「そもそも処分するなら話なんか聞いてないだろうし……だがヒジリにしては珍しくもある」
「そりゃあお前の小判付きの女だからだろ。キョウ」
「シュウ、ゲームはもう良いのか?」
月宵 終、神谷とほぼ同じ背丈の黒髪の男性だ。旧知の仲であり、レーヴァテインの骨組みとなる部隊の創立メンバーの一人でもある。そして相も変わらず、引くほどシスコンだった。
「秋が連敗続きで拗ねちまった。そういうとこも可愛いよな。わか――」
「聞いてない。改めて海白に皆を紹介しよう」
「お、お願いします」
ファッション情報に騒ぐ龍奈とシルフィー、そして膝を抱えてベットの上で拗ねている秋、最後に肩を組んでくる終の順で紹介を済ませ、今後の任務の話へと発展した。
「きょーくん!次の任務は?」
「カニスミノールへの潜入、それからメーバーの中枢を奪う」
「俺と秋も任務終わったし、フリーなら手伝うわ〜」
「お前がいると心強いな。前向きに頼むよ」
「神谷……私も…………行きたい」
「シルフィーの力を借りないと不安な気持ちもあるが……流石に他国に行くとなると厳しいだろうな」
「直結者だけじゃ思い切った行動しか取れないわ。私も同行する方が安牌だと思う」
「秋が来るとなるともれなくシスコンも着いてくるからな……二人も人員を増やすとなると他が回らなくなる。一応ヒジリに検討はしてみるよ」
仲間一人一人へと会話をしながら話を進めていると、ふとぽかんとした海白に目が止まった。どこか意外性と呆気を感じる表情であり、神谷が謝罪をしながら声を掛けた。
「悪い。置いてけぼりだったな」
「い、いや……それは良いんだけど?なんか……レーヴァテインってヒジリさんがリーダーだと思ってたんだよね」
「そうだぞ?」
「でもさ……?なんか、こう……人望というか、なんて言うんだろう?神谷は周りに自然と人が集まってくる体質なの?え?」
返答に困っていると再び肩を組んできた終が言う。それはこれまでに神谷が築いてきた仲間との信頼関係を意味するものだ。
「神谷だからみんな集まるんだ。自分を鑑みず、仲間と人の命を最優先する、そんな危なっかしい奴だからほっとけもしねぇし」
「褒めてるのか?それ……」
そうして次の任務へと着手するまでに、レーヴァテインの一同と海白 透華はしばしの平穏な日々を過ごす事になる。今度は自国の庭がフィールドでは無い。多くの人々が死んでしまう未来を回避するため、神谷はスパイ作戦の開始までに準備を進めたのだった。




